バカップル
始業式が終わると、昼前に下校となった。
一年の教室に向かうと、リンを取り囲む女子達が先に俺の存在に気付いた。いつか見たような反応でリンを茶化すが、リンは慌てる素振りを見せず、教室の扉前にいる俺の手を握った。
その瞬間、まるで応援していたチームが優勝したかの如く、教室内は拍手喝采の嵐。女子は涙を流しながら喜び、男子はハイタッチを交わしている。祝福してくれるのは嬉しいが、反応が過剰だ。
歓声が耳に残ったまま靴を履き替えて校舎から出ると、先に校舎から出ていたリンが俺の手を指を絡めて握った。
「行きましょうか。先輩」
「……ああ。帰ろう」
純粋に微笑むリンとは違い、俺は自然と微笑む事が出来なかった。リンを好きな気持ちは変わらない。むしろ、また増した気がする。
だからこそ、罪悪感を覚えてしまう。不意打ちだったとはいえ、俺は花咲さんにキスをされた。拒む事も出来たのに、花咲さんを抱きしめてしまった。以前までなら記憶の片隅に残る程度の話だが、今はリンの事を考えると一緒に花咲さんの事を思い出してしまう。
「先輩」
「ん? どうした?」
「何かありました?」
「……いや」
迷った。リンとタケシには隠し事はしたくない。それに一人で悩むよりも、リンやタケシに相談した方が早く解決した事が……まぁ、あったと思う。
ただ、友人から彼女になったリンに話すのは駄目な気がする。恋人が他の異性とキスをしたなんて話、例え事故だったとしても聞きたくない。俺だってリンから聞きたくない。
でも、じゃあ俺はずっとリンに隠したまま恋人でいるつもりなのか? この罪悪感を抱えたまま、死ぬまでリンに隠して一緒にいるつもりか?
「……先輩。ルールを作りましょう」
「ルール?」
「絶対に隠し事をしない。後ろめたい事は全て相手に打ち明ける。どうですか?」
「別に、俺は……」
「してますよね?」
「……してる」
「苦手ですもんね、隠し事。遠慮せず僕に打ち明けてくださいよ」
「でも、聞いて嫌な気持ちにさせたくないんだ」
「隠し事されてる方が嫌な気持ちになりますよ。だから、遠慮しないでください」
リンは俺の前に立ち、ジッと俺を見つめた。その表情には母性が溢れている。これではどっちが年上か分からないな。
「……じゃあ、言うぞ?」
「はい。どうぞ」
「本当に言うからな? やっぱ無しにしてもいいんだぞ!?」
「くどいですね。男の子なんですから、パッと言ってください!」
「同級生にキスされた!」
リンが倒れた。膝から崩れ落ちるのではなく、柔道の投げ技を喰らったような勢いで。
「おい、大丈夫か!?」
「ダ、ダイジョブデス……それで、隠し事はもう無いんですか?」
「え、続行するの?」
「僕のダメージは気にせず、全部打ち明けてください! 初っ端キスされた事を打ち明けられたのは予想外でしたけど、それだけで僕は揺るぎませんよ!」
「そ、そうか。じゃあ、引き続きいくぞ?」
「よし来い!」
「その子をなんか抱きしめちゃった!」
リンが倒れ―――お? 耐えてる耐えてる。歯を噛み締めて、膝に手を置いて足に力を入れて踏ん張ってる。プロレスラーが相手の投げ技に抵抗してる感じだ。
「さ、さぁ! 続けて!!」
「まだダメージ喰らってる途中でしょ?」
「乙女の力を舐めないでください!! さぁ、どうぞ!!」
「……実はその人、その……ファーストキスの相手、だったりするんだ」
「グッ!? ググッ……ガハッ……!?」
足が左右に震えている。ノックアウト寸前だ。下手に触れるとその瞬間爆発しそうで、手助け出来ない。
いや、出来る。目には目を。歯には歯を。言葉には、言葉だ。
「リン! 隠し事はもう無いから! 鎮まってくれ! 鎮まりたまえ!」
「先輩の彼女は僕先輩の彼女は僕先輩の彼女は僕先輩の彼女は僕先輩の彼女は僕先輩の彼女は僕!!」
「クソッ、祟り神になりかけてる! あ、そうだ! リン聞いてくれ! 俺はその子にキスをされても、なんか抱きしめちゃっても、別に好きになったわけじゃない! 俺はお前が好きなままだ!!」
「せ、先輩……!」
「俺はその子を悲しませたくないだけなんだ!」
「それ脈アリー!!!」
獰猛な猪が如く、リンは俺の腹部に突進してきた。今まで溜めていた力が解放された突進は、一瞬だけ俺の体と魂を分離させた。




