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残酷な優しさ

 始業式が始まるまで、教室では友人間で夏休みの間に起きた事を共有及び振り返っていた。基本的に良い事や笑い話で会話に花を咲かせている。


 そんな中、俺と花咲さんだけは別世界にいた。楽し気に語るクラスメイトとは裏腹に、会話が一つも生まれない。俺はそれで構わないが、花咲さんの方は俺に聞きたい事があるようだ。頻りに「あ」だの「その」だの聞こえてくる。おそらく、校門前で見た俺とリンの関係についてだろう。


 花咲さんは友人と恋人の違いを分かってる人。それなら、俺とリンの関係がどちらなのかは分かっているはず。それでも確かめたいのは、信じたくないからだろう。


『カナタ君を好きになってしまったんです』


 あの言葉、やっぱり嘘じゃないんだ。あの後、お互いに気まずくなって、ロクな返事も出来ずに花咲さんは帰ってしまった。告白した相手から返事を有耶無耶にされ、再び会った時にはその隣に恋人がいる。字面にしたら、俺は最悪な人間だ。 


 でも、どっちにしろ俺は断るつもりだった。花咲さんの事情が何であれ、俺は花咲さんを救うヒーローでもなければ、しがらみから抜け出してくれる怪盗でもない。つい最近まで恋を知らずにいた男だ。そんな俺がどうやって花咲さんの想いに応え、両親の縛りから解き放たせるというのだろう。凡人に出来る事じゃない。


 始業式が始まる時間を確かめようと携帯を見た。時刻は午前九時二十分。あと十分だ。


 すると、携帯にメッセージが届いた。送り主は、隣にいる花咲さんだ。


【カナタ君。リンちゃんと何かあった?】


 口で言えないくせに、直球で聞いてきた。花咲さんには悪いが、事実を伝えよう。


【恋人になった】


 そう返信すると、五秒もしない内に花咲さんからメッセージが届いた。


【私の告白の返事は? 一週間待ってた。カナタ君から返事が来るのをずっと待ってた】


 やはりそこで攻めてきたな。実際不誠実だ。今は離れた場所でもコミュニケーションが取れる携帯電話があるんだから、こうしてメッセージで返事を送るだけで済むのに、俺はしなかった。 


 今更だが、断りの返事を送ろう。そう思って文字を入力している間に、花咲さんから連投でメッセージが届いた。


【ひどいよ】

【待ってたのに】

【本当に好きなのに】

【私が嫌いなの?】

【ならどうして思わせぶりな事ばかりするの】

【好き】

【好き】

【好き】

【好き】


 まるでホラー映画のワンシーン。よくこんなに早く文字を入力出来るものだ。


 携帯から視線を外し、隣の席にいる花咲さんを見た。俯いている所為で髪が横顔を隠し、花咲さんがどんな表情でメッセージを送っているのか分からない。


 このままでは埒が明かない。俺が返事を送る頃には、花咲さんから届くメッセージは数十件になるだろう。そもそも俺が返事を送ったとして、それを素直に受け止めるのだろうか。


 尚も届く花咲さんからのメッセージを眺めていると、チャイムが鳴った。教室にいるクラスメイトが続々と体育館へと向かっていく。


「……花咲さん」


 声を掛けてみたが、花咲さんは聞こえていないのか、俺にメッセージを送り続けている。


 廊下にいるタケシが、中々来ない俺に手を振っていた。俺は指で【先に行ってろ】と伝えた。


 そうして、教室には俺と花咲さんだけが取り残された。全校生徒が一ヵ所に集まるんだ。二人ぐらいいなくても、誰も気付かないだろう。


「花咲さん」


「……」


「……俺は花咲さんとは付き合えないよ」


 その瞬間、花咲さんからのメッセージが止まった。


「……私の両親の所為ですか?」


「関係ない」


「……私がアオの許嫁だからですか?」


「それも関係ない」


「じゃあ、なんでなんですか……! カナタ君はいつも私を助けてくれた。傍にいてほしい時に傍にいてくれた! 私のワガママを叶えてくれた!! 私がキスをしても受け入れてくれた!!! なのに……酷いよ……」


「そうだね。嫌いになったでしょ。俺の事」


 花咲さんの感情を利用するようで悪い気はするが、彼女の口からハッキリ「嫌い」と言わせる必要がある。それでお互いスッキリだ。


 俺はリンと。


 花咲さんはアオと。


 花咲家の事情を知った所為で心苦しいが、リンを捨てて花咲さんを選ぶよりも、リンと別れたくない気持ちの方が強い。


 だから―――


「嫌い……にはなれない……!」


「―――は?」


 想定外の言葉に、俺は思わず花咲さんに顔を向けた。


 その瞬間、花の香りに包まれた。すぐ目の前には花咲さんの顔があり、どうしてか口呼吸が出来ない。


 花咲さんの顔が少し離れ、涙目で見つめる彼女を見て、俺はようやくキスされた事に気が付いた。


「私は、カナタ君が好き……! この恋を……初恋を……捨てる事なんて出来ない……!」


 泣き崩れそうになりながら告げられた花咲さんの想い。それを聞いても、俺はリンを捨てる選択肢を思い浮かばなかった。


 けれど、花咲さんを突き放す事が出来なくなってしまった。目の前で涙を流す彼女を見捨てる事が出来なかった。


 花咲さんを胸に抱き寄せた。俺の胸で泣く彼女の頭を撫で、背中をさすり、泣き止むその時まで離せずにいた。


 これは優しさなんかじゃない。選ぶ事は出来ても、捨てる事が出来ない俺の弱さだ。

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