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親の心子知らず

 土曜日。今日は父さんから花見に誘われ、車で少し走らせた場所の公園にやってきた。まだ四月の中旬だが、桜が一番綺麗な時期が過ぎ去っていた。咲いてはいるが、地面に落ちた花の方が多いくらい。


「今年の桜はえらく散るのが早いな」


「学校の桜もだったよ」


「まぁ、こういう儚さも風情だよな。母さんも連れてきたかったが、母さんの方の仕事が今忙しそうだし」


「だからここ最近、父さんが家事やってるのか。いっそ専業主夫になったら?」


「いやぁ、決して自慢じゃないんだがな? 父さんって意外と仕事場で頼りにされてて、辞めようにも辞めれないんだよ」


「二人共、今の仕事でもう二十年のベテランだもんね。それでいてバリバリの仕事人間」


「いつも留守ばかりになってごめんな」


「いいよ。頑張ってるのは分かってるし」


 実際気にしていない。二人は俺が幼い頃から仕事ばかりで、学校の行事に一度も参加した事がない。他の親は子供より仕事を優先する駄目な親だと言うが、俺にとっては忙しい中でも家事や俺との会話を欠かさない良い親だ。


 昔こそ、寂しさや疎外感を覚えたが、日々を生きる為にお金が必要な事を理解してからは、早く自立したいと思ってる。それでいつか、俺を育ててくれた時間分、父さんと母さんを世話してあげたい。それが出来るのは、まだ先の話だろうけど。


「カナタ。あそこのベンチで待っててくれ。父さん飲み物買ってくるから。何飲みたい?」


「いいよ、ジュース代くらい自分で出す」


「父さんに買わせてくれよ。格好つかないだろ?」


「……そっか。じゃあ、無糖のコーヒー」


「お前は格好つかなくていいよ」


「コーヒー飲めるだけで格好つくのは子供の考えだって」


「え? あ、あぁ。じゃあ、コーヒーな」


 去り際、父さんが少し驚いていた。高校生がコーヒーを飲むのがそんなに意外だろうか。


 父さんが買ってきた飲み物を手にして、俺と父さんはベンチに座った。座った先にはちょうど桜の木があり、他のと比べて花が散っているせいか、痩せ細った印象があった。


「そうか……お前、コーヒー飲めるようになったのか」


「まだその話する? 別に、普通だと思うけど」


 買ってもらったコーヒーを一口飲んだ。味は可もなく不可もなく、自動販売機で売ってる缶コーヒーらしい味だ。風に揺れる桜の木を眺めながら、もう一口コーヒーを飲もうとした矢先、父さんが鼻水を啜った。


 見ると、父さんは泣いていた。普段見せる穏やかな表情からは予想出来ない程に表情を崩し、少し開いた口を震わせては、涙を流していた。


「え? なんで泣いてんの?」


「……僕は、カナタの事をなんにも知らない……! そうか……コーヒー、飲めるようになってたんだな……!」


「そんなピーマン食べれた子供に感動するみたいな……」


「僕はカナタが初めてコーヒーを飲んだところを見ていない……見れなかった……! くそっ!!!」


 こんな事で本気で泣くとは思わなかった。中学の夏休み中の俺が、本当は何をして過ごしていたかを話したら土下座しかねないな。


 でも、そういうものなのか。子供のちょっとした成長を見逃しただけでも、親にとっては取り返しのつかない事なのかもしれない。こればっかりは、まだ子供の俺に理解出来る事じゃないな。


「とりあえず泣き止んでよ。父さん」


「うぅっ!! お前は優しい子だな!! こんな駄目駄目な父さんを励まそうとしてくれるなんて!!」


「いや、公園にいる人が奇怪な目で俺らを見てるからだよ。何か事情がある家庭かもって勘繰るだろ?」


「……否定出来ない!!!」


「否定出来るよ。え、酔ってんの? それ苺牛乳だよね?」


 それから数分経って、ようやく父さんが泣き止んだ。これじゃあどっちが子供か分からないな。


「悪いな、カナタ。歳のせいかな? 父さん、すっかり涙腺が緩々だ」


「ぜひとも鍛え直してほしいものですね」   


「ホントにごめん……」


「……父さん。その……恥ずかしいから、今日しか言わないけどさ。俺、父さんと母さんの事、自慢の両親だと思ってるから。確かに周りの家族と比べれば、俺達は交流が少ない家族かもしれない。でも、仲は良いだろ? 父さんと母さんが喧嘩した事も無いし、今日みたいな休みの日でも、自分の為よりも俺と何処かへ出掛けようとしてくれるし。母さんだってそうしてくれるし。家に帰ってこれない日は確かに多いけどさ、その分、今日みたいに一緒にいれるのが、嬉しい、し……よ、要するに! いつもありがとうって事!」  


 一言感謝を伝えるはずが、変に話を膨らませてしまった。ちゃんと伝わっただろうか?


「カナタ……!」


『ガナダァ……!!!』 


「また泣きそうになってんじゃん。今度は母さんもか……ん? なんで母さんの声が―――」


 父さんの方へ振り向くと、いつの間にか父さんが携帯電話で母さんとビデオ通話をしていた。画面に映る母さんは、およそ女性とは思えない程に男らしい泣き方だった。


「父さん決めた! 専業主夫になるから!!」


「はぁ!?」


『ガアザンモギメダ!! ゼンギョウジュブジダル!!』


「母さんに至っては何言ってんか分かんねぇな……」


『アダダ!! アダダバジゴドヅヅゲダザイヨ!!』


「いいや! いくら母さんでも、こればかりは譲れない! カナタのおはようからおやすみまで面倒見るのは、僕だ!!」


『ヤジャ!! バダジガバブバブザゼルド!!』


「ワガママ言わないの! それに、君にだってメリットはある。想像してみて。仕事から帰ると、愛する夫と息子が出迎えるんだ。遅く帰ってきても、夫が出迎えて、そのまま寝室へと……」


『やぁね、もう……! 私達、もう若くないのよ……?』


「幼い日、約束したじゃないか。何歳になっても、僕達は変わらず愛し合おうって」


『トオルさん……』


「マキ……」


 良かったベンチから離れてて。あんなのと家族扱いされるくらいなら死んだ方がマシだ。今年で四十後半だろ。確かに見た目はまだ三十代くらいだけど、それにしたって若々し過ぎる。


 早く自立しないとな……。

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