前振り
リンを家に送り届け、自分の家に戻ってきたのは午後の七時過ぎ。ファミレスに長居した所為ですっかり遅くなってしまった。
そうして自分の家に着くと、玄関前で花咲さんが扉を背に座り込んでいた。
「花咲さん……」
「あ……カナタ君」
花咲さんは立ち上がると、手に持っていた封筒を俺に渡してきた。
「この前のバイトのお給料」
「もう貰えるんだ。これを渡す為に?」
「うん。でも、ちょうどカナタ君がいない時に来ちゃって。待ってたんだ」
俺がリンと家を出たのは午後の五時。その後来たという事は、最長で二時間ほど玄関前で待ってたという事になる。
「連絡くれれば良かったのに。それか後日改めて渡しに来るとかさ」
「そうだけど……待っていたかったんだ」
さて、どうしたものか。ただこのまま帰すのは気が引けるし、だからといって家に上げたくもない。あまり乗り気にはなれないが、花咲さんを家まで送ろう。
「花咲さん。ちょっと待っててくれる? これ置いてきてから、花咲さんを家まで送るから」
「え? でも……」
「夜中に女の子一人帰らせるわけにもいかないでしょ」
「そっか……優しいね、カナタ君」
花咲さんが何かしてきそうな雰囲気があったので、その前に花咲さんの横を通り過ぎて家に入った。自分の部屋の机に給料袋を隠し、再び花咲さんのもとへ戻ると、花咲さんは携帯を見て表情を歪ませていた。苦虫を嚙み潰したような表情とはまさにこれだろう。
「花咲さん」
「ッ!? は、早かったですね?」
「置いてきただけだからね。さぁ、行こう」
花咲さんの家へ向かう道に歩き出すと、後から来た花咲さんが俺の隣に来ると手を握ってきた。振りほどこうとしたが、浮かない表情をしており、どれほど落ち込んでいるのかは俺の手を握る力に表れていた。
お互い一言も口に出さず、街灯が照らす道を進んでいく。あと少しで花咲さんの家に辿り着くといった所で、俺はつい口を滑らせてしまった。
「……何かあったの?」
「アオからメッセージが届いたんです。夏休みに入ってから、初めて」
待ってましたと言わんばかりに、花咲さんは言い淀む事なく話し始めた。あまり彼女と親密になりたくはないが、悩みを聞くくらいなら友人の範疇か。
「アオは、合宿が終わったら遊びに行こうって言ったんですよ」
「デートのお誘いじゃないか。あれ? でも、合宿が終わったら夏祭りに行く約束はしてたよね?」
「……忘れたようです」
言葉が出ない。親しい人との約束を忘れる人間がいるなんて。これは恋人どうこう関係なく、人としてどうかと思ってしまう。
名前と姿しか知らないが、アオという男は人付き合いが苦手なタイプなのだろうか。タケシから聞いた話でも、部員と上手く付き合えていないらしいし。
俺は考えた。花咲さんに掛ける言葉は何が適切なのかを。アオを庇おうとすれば火に油を注ぐだけだろうし、思い切って別れろと言えば本末転倒。どちらの側についても、悪化するだけだ。
「……まぁ、どんまい」
自分で言っておいてなんだが、かなり馬鹿な発言だ。だが俺が花咲さんに掛けてあげる言葉としては、これ以上もこれ以下も無い。花咲さんとはその程度の仲でいたいから。
「……カナタ君は、夏祭りに行くんですか?」
「俺? まぁ、暇だったら行くかな」
「そうですか……あの、もしですよ? もし、アオが忘れたままだったら―――」
その時、花咲さんの携帯に通知が入った。届いたメッセージを確認した花咲さんは、不満気にため息を吐いた。
「……思い出したようです」
「そっか。良かったじゃん」
危うく夏祭りに誘われそうだったが、彼が思い出してくれたおかげで間一髪の所で助かった。まぁ、元はと言えば、忘れていたアオの所為だけど。
花咲さんの家に辿り着き、帰ってきた花咲さんを迎えようと母親が顔を出してきたが、俺を見るや否や怪訝な顔になっていた。変な誤解をしなければいいが。
二度目の帰路につき、夜空に浮かぶ星空を眺めながら歩いていると、携帯にメッセージが届いた。リンからの夏祭りの誘いのメッセージだ。花咲さん達と鉢合わせになる可能性があるが、案外混み合っていると気付けないものだし、行ってもみてもいいか。




