恋は盲目
シャワーを浴びながら、俺は自分の両手を見つめた。その手にはリンと握り合った温もりが思い出される。
雑誌やビデオで女性に発情する奴とは違い、俺にはそういう欲が無いと思っていた。だが、俺は例外ではなかった。ただ発情する機会が無かっただけで、ちゃんとそういう欲を持っていた。別にガッカリしたわけではない。むしろ、嬉しいまである。十代の男子が異性に劣情を覚えるのは健全な証拠だ。
ただ問題は、劣情を覚えた相手が友人だった事だ。しかも、つい最近まで男だと思っていた後輩相手。元々仲が良かったのもあって好意自体はあった。劣情を抱いてしまったのは、リンを女性として意識し始めたのが原因だろう。俺が頭を悩ませているのは、リンとの関係にある。
俺は今、リンを友人として認識しているのだろうか。リンとは何気ない会話も、何かで遊ぶ事も、何処かへ出掛けるのも好きだ。両親が共働きであまり関わってこなかった事もあって、俺にとって友人とは家族以上に思い出を作ってきた関係だ。だから俺は、タケシもリンも同じくらい好きだし、大切な存在だ。
だが、今の俺は明らかにリンを特別視している。
「リンの事が好きになった……のか?」
口に出してみて、納得半分、疑問半分。確かな答えにはならなかった。
これが仮に、リンとは高校生になってからの知り合いだとしたら、迷いなく恋愛感情を抱いたと言える。だが、中学から友人として接してきた時間があるせいで、ハッキリと恋愛感情とは言えない。もしこれを恋愛感情と言うのなら、俺はタケシにも恋をしている事になる。
違いがあるとすれば、タケシは同性で、リンは異性である事。リンを異性として認識した俺は、リンを欲の捌け口として利用しようとしているのだろうか。そうならば、改めなければいけない。自分の命よりも大切な友人を失いたくない。
シャワーを浴び終えてリビングへ行くと、先にシャワーを浴びてリビングで待っていたはずのリンが、キッチンに立っていた。
「先輩。アイスコーヒーで大丈夫でしたか?」
そう言って微笑んだリンには、ぎこちなさがあった。俺と同じように、さっきまでしていた事で悩んでいるのだろうか。
俺とリンはリビングのソファに座りながら、静かにアイスコーヒーを飲んだ。俺のと違って、リンのコーヒーにはミルクと砂糖が入っているようだ。
「……悪かった」
「え?」
「その、さっきまでの……俺、どうかしてたよ……」
「……先輩は、僕の事をどう想ってるんですか?」
「大切な友人だ!! 他に替えが効かない大事な存在だ!」
「……僕は先輩の事、友達以上に想ってますよ」
リンは不安げな表情で呟いた。俺もきっと同じような表情を浮かべているだろう。
「先輩にとって、友達という存在がどれほど大切なのかは理解しています。僕が先輩を想う気持ちと同じか、それ以上かもしれない。でも、それでも僕は、先輩が好きです」
リンは俺に断言してみせたが、やはりどこか不安げだ。俺にとって友人という存在がどれほど大切なのかを理解している故だろう。
自分が情けない。リンは想いをちゃんと口に出したのに、俺は未だに悩んでいる。
「……俺、前に柄にもなく恋愛漫画を読んだんだ。どうしてヒロインの好意を素直に受け取らず、悩む必要があるのだろうと思った。でも今、俺はその主人公と同じだ。お前にちゃんと返事をしたいが、ハッキリと出来ない……」
「先輩……」
「だから、少し待っててくれないか?」
「……え?」
「時間は掛かるかもしれないけど、必ず伝える! 俺がリンを好きな気持ちを!」
「……フフ」
困惑した表情を浮かべていたリンは、笑い声と共に表情を緩めた。呆れさせてしまっただろうか。
「カナタ先輩って、タケシ先輩に負けず劣らずの馬鹿ですよね」
「え? 俺、アイツと同じくらい馬鹿なの?」
「そうです! お馬鹿さんです! フフ!」
「そ、そうか……アイツと同等か……」
「でも、僕も同じくらい馬鹿なんです。もう答えが分かってるのに、問題の解き方に悩んでる人を律儀に待ってあげてるんですから」
「リン……」
「でも、出来るだけ早くしてくださいね? 先輩方には言っていませんでしたが、僕って凄くモテるんです。先輩方と知り合った中学以前から、男の子達からしょっちゅう告白されますし、遊びにだって誘ってくれるんですから」
「そう、だったのか……」
「良かったですね先輩。僕が先輩にベタ惚れで。ちょっと好きなくらいじゃ、今の今まで他の男の子の誘いを断ってきませんでしたよ」
リンはモテるのか。それはそうだ。外見だけじゃなく内面まで良いのだから、好きになる男は少なくはないだろう。俺の友人って、モテる奴しかいないのか?
「それにしても先輩。ちょっと大袈裟過ぎではありませんか? 僕達がしたのってキスだけで、それ以上の事はしなかったじゃないですか」
「大袈裟? いや、だってキスするって事は、その……恋人同士がする事じゃん……」
「初心ですね~。僕は先輩とキス以上の事をしたいんですけど。まぁ、でも? さっきみたいに誘惑が効くのなら、キス以上も出来る日はそんなに遠くないかもしれませんね」
「俺がハッキリとするまで待つんじゃなかったの!?」
「せんぱ~い。恋は食うか食われるか。肉食側の人間が、草食側の相手を貪り喰らう時を常に見極めてるんですよ? 今この瞬間にも」
リンは俺に迫ると、キスすると見せかけて、首に噛みついてきた。痛みは無かったが、くすぐったくて声を漏らしてしまった。
「もちろん、先輩が肉食側になってもいいんですからね?」
耳元で囁かれたリンの挑発的な言葉に、俺はグッと堪えた。




