セミの鳴き声と汗
突然訪問してきたリンに付き合い、宿題は後回しにした。
思えば、友人を家に上げた事は無かったな。まさか初めて上げたのが一番付き合いが長いタケシじゃなく、リンになるとは。
「先輩。今、何を考えていますか?」
「初めて友人を家に上げたのがタケシじゃなく、リンな事にちょっと驚いてる」
「え? 僕、先輩にとって初めての女なんですか?」
「語弊があるぞその言い方。それで、何かするか? ゲームは一応あるが、外に遊びに行ってもいいぞ」
「先輩、もう忘れたんですか? 僕が今日先輩の家に来たのは、先輩に女心を学んでもらう為です! という事で、早速始めましょうか!」
「始めるって、何を?」
机の椅子に座っていたリンが腰を上げると、ベットに腰を下ろしてる俺の隣に来た。
「はぁ、暑いですね~」
「え? クーラー点けてるはずなんだけど?」
傍に置いていたクーラーのリモコンの画面を見ると、電源は点いていた。それにリンの格好は俺よりも薄着だし、暑いはずがないんだが。
頭を傾げていると、リンは俺の手からリモコンを奪い取り、クーラーの電源を切った。
「ヴン……! はぁ、暑いですね~」
「いや、自分で電源切ったじゃ―――」
「はぁ~! 暑いですね~!」
リンはパーカーをパタパタと煽りながら、横目で俺に何かを訴えかけている。クーラーをもう一度点けようと、リンの手からリモコンを取り戻そうとしたが、リンは自分の太ももの下にリモコンを隠した。
多分、俺は適切な言葉を求められているんだろう。リンがわざわざ同じ言葉を繰り返しているのが証拠だ。
しかし、パーカーを煽るのはやめてほしい。下に着ているのがタンクトップな所為で、華奢な彼女の肌が見え隠れしている。さっき胸が若干見えてしまったが、下着と思われる物を着けていなかった気がした。
「……暑いな」
リンを見ないようにしながら、俺はとりあえずリンの言葉に乗った。マズい事になりかねないから目を背けたが、それはそれで布が擦れる音やリンの汗が混じった匂いを感じてしまい、劣情は依然として変わらない。
「パーカー、脱いじゃおっかな?」
「え!? いや、着たままの方がいいんじゃないか!?」
「暑いから仕方ないじゃないですか」
リンがそう言うと、俺の足元にリンが着ていたパーカーが脱ぎ捨てられた。足の指に触れているパーカーには、布からは発生しない温もりがあった。
今、隣にはタンクトップと短パン以上の短パン姿のリンがいる。パーカーを脱いだ所為か、リンの匂いが更に色濃くなった気がする。アイスコーヒーを飲んで落ち着こうとしたが、氷が溶けて薄味になっていた。
「あーあ。暑くてもう動けないな……」
ベッドが軋んだ。顔を俯けたまま横目で隣を確認すると、リンの足だけが見えていた。見えているリンの足を辿っていくと、リンはベッドで横になっていた。
正直に言って、リンの体は世間一般からしたら発情するには華奢過ぎる。胸が大きい訳でもなく、肉付きが良い訳でもない。
でも俺は、俺のベッドで横になってるリンの姿に目が離せずにいた。
はだけたタンクトップから見える細い腹部とへその穴。
力なく広げている両腕。
汗で光る白い肌。
額にくっつく前髪。
口を少し開け、目を細めて俺を見る眼差し。
クーラーの音の代わりに、セミの鳴き声が聞こえてくる。閉じた窓の向こうから聞こえるはずなのに、どうしてか耳元で鳴いているように感じる。その鳴き声が俺を急かし、焦りを生む。汗が出てきた。呼吸も少し荒くなっている。
「先輩……」
リンの声に、胸が締め付けられた。これ以上はマズい。
その時、リンが太ももの下にリモコンを隠した事を思い出した。リモコンでクーラーを点ければ、劣情の熱を冷ます事が出来る。
俺はリンの太ももの下からはみ出ているリモコンを取ろうと手を伸ばした。
リモコンを取る寸前、俺の指がリンの太ももに触れてしまった。
「ん……!」
セミの鳴き声が大きくなった。
俺の右手はリモコンから離れ、太ももに触れていた指先を徐々に滑らせ、やがて右手全体で太ももに触れた。少し撫でてみると、柔らかさがありつつも、汗で少しジットリとした手触り。指に少し力を入れてみると、ビクンと反応を見せた。
すると、視界の端から伸びてきた左手が俺の右手に重ねてきた。その左手を辿っていくと、頬を紅潮とさせたリンが切なげな眼で俺を見つめていた。
『先輩』
リンは声に出さず、口だけを動かして俺を呼んだ。
体を覆い被さるようにして、リンと見つめ合った。俺の汗がリンの唇へと落ちる。リンは唇についた俺の汗を舌で舐め取ると、艶めかしい吐息を吐いた。
セミの鳴き声だけが聞こえる部屋の中。俺とリンは、互いの汗を混じり合わせた。




