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教えてリン先生

 海の家でのバイトを終え、夏休み二週目に突入した。今までやらずにいた宿題に手をつけ始め、問題集を半分終えた午後。リンから通話がかかってきた。


「どした?」


『どした、じゃありませんよ。先輩、夏休みが二週目に入っちゃいましたよ?』


「ん? ああ、そうだな。今やらずにいた宿題を片付けてるよ」


『え!? 先輩って、夏休みの宿題を最終日に全部やるタイプじゃないんですか!?』


「それはタケシだ。俺は暇な時に片付けるタイプだよ」


『暇、ですか。暇、なんですか! へぇ~!!』


 リンはどうしてか怒っているようだ。何故か俺が暇な事を強調して。


『先輩。僕とした約束、忘れてないですよね?』


「憶えてるよ。最高の思い出を、だろ?」


『そうです! 先輩は僕と最高の思い出を作るんですよ!? なのに暇ってなんですか!? 夏休みはあと二週間ちょっと! 暇な時間なんてありませんよ!』


「今度また誘うから。今の内にお前も自分の宿題を片付けとけよ」  


『……分かりました』


 それを最後に、通話は切られた。


 最高の思い出か。約束しておいてなんだが、最高の思い出って何をすればいいのだろう。俺にとっての最高の思い出は、タケシとリンの三人で遊ぶ事だが、タケシを嫌ってるリンにとっては最高には程遠い。じゃあ俺はどうすればリンに最高の思い出をあげられるのだろう。


 しばらくその事に頭を悩ませていると、気付けば一時間が経過していた。せっかく今日宿題をやる気になったのだから、今日の内にやれる所までやっておきたい。


 再び宿題に取り掛かろうとした矢先、玄関のインターフォンが鳴った。


「やる気になったばっかりだってのに……」


 小言を呟きながら、玄関へ向かい、インターフォンの画面で訪ねてきた人物を見た。


 インターフォンの画面に映っていたのはリンだった。タンクトップの上にパーカーを纏い、半ズボンより短いズボンを履いている。髪は水族館に遊びに行った時のように後ろで結っている。


 玄関の扉を開けると、リンは俺の懐に入り込み、俺の胸に顎先を当てて見上げてきた。


「先輩! 教えにきました!」


「……何を?」


 とりあえずリンを俺の部屋に招いた。リンは興味深そうに俺の部屋を見渡すと、まるで博物館の展示を見ていくかのように、俺の部屋にある物を細かく鑑賞し始めた。見られてマズい物は置いていないはずなのに恥ずかしくなってくる。


「それで、結局リンは何をしに来たんだ?」


「ハッ! 肝心な目的を忘れるところでした!」


「忘れてただろ。というか、誰から俺の家の場所聞いたんだ? リンに俺の家を教えた記憶は無いはずなんだが」


「タケシ先輩に聞きました。僕が頼ってきた事に、泣いて喜んでましたよ」


「アイツ頼られる事に飢えてんだな。それで、俺の家を聞き出してまで来た理由はなんだ?」


「先輩、率直に言わせてもらいます! 先輩は女心を全くこれっぽっちも分かっていません!!」


「そりゃあ、俺は男だし」


「知る努力をしていないと言ってるんです!! だから僕は今日、先輩に女心を教えに来ました! どうも、講師のリンです! よろしくお願いします!」


 講師っていう服装でも柄でもないだろ、なんて言葉を口に出せば説教されかねない。


 そんなわけで、リンの意図を理解出来ないまま、俺はリンから女心を教えてもらう事になった。


「始める前に一つ聞いておきたいんだけどさ」


「敬語、使ってくれませんか? 今日の僕は講師なので」


「申し訳ございませんでした、リン先生。それでは、リン先生が飲みたいお飲み物は何でしょうか? 下の冷蔵庫から持ってきてまいります」


「百点ですね」


「百点? いや、ごめん。百点なんて飲み物知らない」


「減点ですね。九十九点」


「えぇ……じゃあ、テキトーに選んできますね?」


「よろしい。物によっては、花丸をあげましょう」


「採点があやふやだな……」


 一階のキッチンにある冷蔵庫を見に行くと、冷蔵庫には牛乳・オレンジジュース・麦茶があった。今日も暑いし、氷を多めに入れる事を考えて麦茶にしよう。麦茶は氷が多いほど美味しくなる不思議な飲み物だからな。


 氷を多めに入れた麦茶と自分用のアイスコーヒーを部屋に持っていくと、リンは俺のベッドで横になって悶えていた。俺が戻ってきたのを目にすると、リンは何事も無かったかのようにベッドから離れ、机の椅子に足を組んで座った。


「減点です」


「なんでだよ……」


「部屋に入る際は声を掛けるかノックをする。常識ですよ、先輩」


「ここ、俺の部屋なんだけど……」


「部屋に女の子を入れてる時点で、ここは先輩だけの部屋ではありません! 既にこの部屋の八割は僕のものです!」


「横暴通り越して暴君だ……えっと、リン―――じゃなくて、リン先生。お飲み物を持ってきました。麦茶でよろしかったでしょうか?」


「ほう。麦茶、ですか」


 俺が麦茶を渡すと、リンはコップに入った氷の量を確かめ、ストローで麦茶を飲んだ。ワインのテイスティングのようにしているが、それは氷が多めのただの麦茶だ。


「氷が多い麦茶。それでいて濃い味。先輩が僕に飲み物をくれた嬉しさ。全部込みで……五百点ですね」


「買収された審査員か?」


「あ、それ失言ですよ? マイナス一点」


「減点の必要性が無さすぎるだろ……」


 ふと、俺の視線がリンの足に向いた。見慣れていない所為か、はたまた異性だからか、妙な胸騒ぎを覚えた。小さい身長ながら足は長めで、細過ぎず太過ぎない。汚れの無い白い肌は、どれほど綺麗なのかを近い距離で眺めたい。自分の足と同じ柔らかさなのかを確かめたい。


 友人相手に覚えるはずもない不純な気持ちを抑えようと、俺はアイスコーヒーを飲んだ。氷で冷えたコーヒーは、ホットで飲むより苦味を強く感じた。おかげでリンに対する不純な気持ちが薄れていく。


 今日ほどコーヒーの苦味に救われた事は無い。

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