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意気投合

 部屋に戻ると、トウカさんがパンツ一丁でイビキをかいていた。咄嗟に顔を逸らしたものの、パンツ一丁の姿をハッキリと見てしまった。お互いの為に記憶から消したい。


「カナタ君。ちょっとトウカとお話したいから、その間にお風呂にでも行ってきてくれる?」


「うん、そうしよっかな……」


 花咲さんは部屋にあるバスタオルを僕に渡すと、部屋の扉を閉めた。顔を逸らし続けていたから表情は見えなかったが、花咲さんの声には静かな怒りがあった。  


 この宿の風呂場は数人分のシャワーと大きい浴槽が一つの大浴場。僕以外には中年男性と老人が浴槽の湯に浸かっている。シャワーで体と髪を洗い、俺も浴槽に浸かった。


 温泉ではないが、家の風呂よりも熱い湯はよく効く。実際には効果が無くても、浸かってるだけで日々の疲れや持病が治りそうだ。まぁ、俺に持病は無いけど。


「お兄ちゃん、海に遊びに来たのかい?」


 湯が出ている傍で浸かっていた老人が俺に話しかけてきた。その顔の通り、声色も優し気。多分、孫にお小遣いをあげ過ぎちゃう系だ。

 

「遊びにっていうか、海の家にバイトで来ました。でも、他の海の家に客を取られてばっかで、海で遊んでた方がマシでしたね」


「アッハッハッハ! あそこは毎年色んな組が白熱しとるからな! 今は、大学生の子達か。なら尚更、熾烈を極めるだろうね」


「あそこって、大学生の子達も参加してたんですか?」


 真ん中で浸かっていた中年男性も話に入ってきた。顔も声も真面目な人そうで、色々苦労してそう系だ。


「じゃあ、君も大学生なのかい?」


「いえ、俺は高校生です。今年二年生の」


「ほぉ、そうか。高校二年生ってのは、色々と大変な時期だな。お兄ちゃんは将来の事、もう決まってるのかい?」


「ハッキリとは。でも、高校を卒業したらすぐに就職しようとは思ってます。いつまでも両親に面倒見られては、申し訳ないですし」


「しっかりしてるね。僕が君の歳の頃は、就職するか進学するかも決めてなかったよ。それで色々と苦労したな~……」


 中年男性は当時の事を思い出すように目を閉じて上を見上げると、浮かべていた笑みが苦笑に変わっていった。相当苦労したんだろうな。


「それでお兄ちゃんや。コレ、いるのかい?」


 老人はいやらしい笑みを浮かべながら小指を立てた。そして老人に続くように、中年男性も期待を込めた笑みを浮かべ、俺の回答を待ち望んでいる様子だった。何歳になっても、この手の話題はワクワクするようだ。


「今はいません。その、自分で言うのもなんですが、俺って少し堅物で」


「もったいないな~! お兄ちゃん顔も良いし、ガタイも今の若者にしては良い! そのうえワシらみたいな知らない男相手に堂々と、そしてハキハキと自分の意見を言える! いやぁ、実に惜しいな~!」


「でも、そうだから良いじゃありませんか。彼は性欲ではなく、ちゃんと相手の事を思いやる優しさを持ってる。きっと一度愛した女は死ぬまで愛し抜く男ですよ」


「お前とは大違いだな! 先週も新しい女引っかけて、ミカちゃんに愛想つかされてただろ!」


「それは、お恥ずかしい……!」


 この二人は知り合いなのだろうか。今の会話で、ある程度の仲があるのが垣間見えた。仕事か何かで、よくここに泊まりに来る常連さん同士なのだろうか。なんか、常連同士で仲が深まるのっていいな。


「あぁ~、そろそろ上がるか。お兄ちゃん! ちょっとだったけど、お前と話せて楽しかったぞ!」


「僕も。懐かしい記憶が……ハハ……」


「俺も楽しかったですよ。また何処かで会ったら、こんな風に話しましょう」


「本当に可愛い奴だなお前は! アッハッハッハ!」


 そうして、二人は浸かっていた湯から立ち上がった。


 その瞬間、温かかった気持ちが、一瞬にして凍った。


 中年男性と老人の体には、和彫りの刺青があった。それぞれ背中には、中年男性が鬼で、老人は虎の刺青が彫られている。間違いなくヤクザか極道の人間だ。


「お兄ちゃん! もし就職決まんなかったら、元木組に来なさい。その時ワシが死んでても、コイツが組まとめてるから」


「まぁ、選択肢の一つとして考えておいてね」


「ハイ、アリガトウゴザイマス」


「アッハッハッハ!!」


 大浴場に豪快な笑い声を響き残して、二人は出ていった。元木組という組織は聞いた事は無いが、あの二人はその組の頭と若頭のようだ。そんな二人に俺は気に入れられた様子。


 脱衣所の扉が閉まる音を耳にした瞬間、俺は今まで経験した事の無い開放感を感じた。滅茶苦茶怖いと評判になる映画やアトラクションなんかよりも、ずっと生を実感出来た。


「……もうちょっとしてから出よう」 


 その後、若干のぼせ気味で脱衣所へ出ると、入ってから一時間が経過していた。部屋に戻るまでの道中、俺はあの二人のどちらかに遭遇しないよう、慎重に部屋へと帰っていった。

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