不誠実な関係 誠実な恋
花咲さんから海の家でのバイトで話があるからと、カフェに呼び出された。
「急に呼び出してごめんね。今日は時間大丈夫かな?」
「今日は特に用事も無いし、大丈夫だよ」
「そっか。良かった」
バイトの話をするだけなら、メッセージや通話でいい気がするが、それは今更な話だ。
それにしても、ここのカフェ。前々から若者に人気だったが、ますます繁盛してるな。特に俺と同年代か、少し上の女性客ばかり。女性は甘い物に目がないと聞いた事があるが、そんなにあのクリームやキャラメルで盛られたコーヒーが美味しいのだろうか。花咲さんもそういった類の飲み物を飲んでるし。
「……一口飲む?」
「え?」
「だって、ずっと見つめてるんだもの。欲しいのかなーって」
「あぁ、ごめん。いらないよ、そんなの」
「アハハ……ま、まぁ、男の人はあんまり好きそうじゃないもんね」
味は気になるが、その存在自体気に入らない。ここは一応コーヒーショップと謳っているが、肝心のコーヒーの種類は一種類だけで、メニュー表の一番端っこにアイスコーヒーと小さくあった。それ以外はやたら長い商品名の飲み物が羅列している。
ストローでアイスコーヒーを一口飲んだ。三百円の価値に見合わない味で、コーヒーというよりコーヒー風味の水だ。
「それで、バイトの件だけど。日にちは決まったの?」
「うん。今週の土曜日と日曜日の二日間。三日後からだね。私の家にトウカが車で迎えに来るの。業務内容は料理の配膳と接客。午前十時から午後五時まで。お昼休憩はあるみたいだけど、その時の混雑具合で短くなるかもって言ってた」
「そのトウカって人、俺会った事ないけど。同じ学校の人なの?」
「ううん。大学生の友達。むかし家が近所で、よく遊んでもらってたの。今でもたまに会って話すんだ」
「大学生か。なんかいいね。年上の友達がいるって」
「そうだね。色々相談にのってくれるし、アオに告白する時だって―――あっ、ごめん」
「え? 何が?」
「その……カナタ君が、聞いていて良い気分にならないと思って」
「まぁ、他人の恋路を聞くのは野暮ってもんだし」
「……カナタ君は、好きな人とかいないの? 気になってる人とか」
花咲さんはストローを回しながら、おそるおそるといった感じで俺に聞いてきた。好きだった髪はいたが、人に関しては現在進行形で不在だ。それをそのまま答えてしまえば気持ち悪がられるのは明白。
「いたよ」
「え!? その、誰かな?」
「さてね」
「え、えぇー!? 気になっちゃうよ! 同じ学校の人!?」
「実は俺にも大学生の幼馴染がいて、そんな彼女に淡い恋心を―――」
「それ絶対嘘じゃん! もぉっ! ちょっと興奮しちゃったよ……!」
「まぁ、俺の人生なんてそんなもんだよ。たった一人の為に努力したりするより、大切な人達といつまでも一緒にいたい。そんな変化の無い日常の積み重ねなんだ」
言い切った後、ストローでアイスコーヒーを飲んだ。ズゾゾッという音がすると、多過ぎる程の氷を残したままコーヒーは無くなっていた。縦に細長いコップと多過ぎる氷のせいで、見た目ほど内容量は無い。やはり三百円の価値は無いな。
椅子の背もたれに身を預け、ため息を吐いた。ちょうど真上にある天井の照明は、直視しても眩しくはないが、見ていると段々眠くなってくる。これで店内がもっと静かで、流れている音楽がジャズなら、少しだけ眠りたくなってしまう。
「……ねぇ、カナタ君。カナタ君は憶えてる? 前に私がこのカフェに誘った時、カナタ君に断られてるんだよ」
向かい側の席に座る花咲さんに顔を向けると、花咲さんは机に寝そべりながら、コップに差しているストローを回していた。カラカラと鳴る氷の音を耳にしながら、俺と花咲さんは見つめ合っていると、俺のコップで解けた氷がカンッと音を鳴らした。
「あれは今と状況が違うよ。今はバイトの話を聞く為にいるんだ」
「でも、二人っきりな事に変わりないよ」
「……はぁ。花咲さんって、見た目ほど誠実な人じゃないみたいだね」
「……私ね。別にアオが好きだから告白したんじゃないの。アオは昔から女の子にモテて、中学の頃は毎月のように告白されてた。私もアオが好きだったけど、アオに告白する子みたいな好きじゃない」
「じゃあ、どうして恋人に?」
「誰かに取られるのが嫌だったから……」
以前、俺の家にお見舞いに来た時に吐き出したように、花咲さんは自分の執着心の歪さを俺に吐き出した。それを聞いたところで、俺がその歪さを治す術は無い。
ただ、興味は湧く。自分とは全く別の考えを持つ人物が、何故そんな事をするのかを聞きたい。
だが同時に、これ以上は深入りするなと心が警告してくる。同級生の女子とは思えない魅力を放つ花咲さんは、思わず身を投げてしまいたくなる絶景のようだ。
「私はアオの恋人として努力する。努力していれば、振られていったあの子達のように、アオを異性として好きになれると思ってた」
「……思ってた?」
疑問を口にした瞬間、花咲さんの指先が、机に乗せていた俺の右手に触れた。花咲さんは俺の右手と自分の指先がもどかしく触れ合う様を愛おしそうに眺めていた。
「カナタ君。私、カナタ君に―――」
その時、俺の携帯に着信が入った。右手で携帯電話をポケットから取り出すと、リンからのメッセージが届いていた。
【クッキー焼いてみました!】
その文字と共に、クッキーが乗ったトレーを持ちながら満面の笑みを浮かべる自撮り写真が送られていた。続いて【良かったら、午後にでも食べに来てください】ともう一通届いた。
昨日の一件もあって、今度はちゃんとリンを女性として認識してはいるが、こういう可愛い後輩らしさは今までと変わらない。
「……リンちゃんから?」
「え? よく分かったね」
「分かるよ……だってカナタ君、凄く嬉しそうにしてるんだもん」
氷の音が鳴った。カンッと音を鳴らして。




