前兆
「先輩! 昨日、風邪ひいてたんですか!?」
「え、うん」
「どうして教えてくれなかったんですか!? 一緒に帰ろうと教室に行っても、先輩がいなくて……僕、嫌われたんじゃないかって……!」
廊下に呼び出されて何事かと思ったが、昨日休んだ事か。確かにリンには毎日弁当を作ってきてもらってるから、その点については申し訳ないと思ってる。
しかし、怒るなら分かるが、泣くのは想定外だ。見た目も制服も女子っぽい所為か、周りがリンを女子だと思って、眼で俺を非難している。お前達が女子と思ってるコイツは女子っぽいだけの男子だ、と言ってもそれはそれで、泣かせた俺がやっぱり非難されるだろう。
「リン。俺はお前の事を嫌いになったりしないよ。連絡しなかったのも、連絡する必要が無いと思っただけ」
「お弁当、作ってたのに……」
「それはもう本当にごめん! お詫びにお前が欲しい物買ってやるからさ。機嫌直してくれよ」
「……なんでもいいんですか?」
さっきまでの泣き顔は何処へやら。リンの目は期待を帯びて大きく開いていた。
「可愛い後輩を泣かせてしまった罰だ。一万円以内ならいいぞ」
さて、何を望むのだろうか。リンが高い買い物をしてる所を見た事が無い。やはり服だろうか、女物の。
少しの沈黙の後、リンは突然俺に背を向けた。
「……じゃあ、僕を遊びに誘ってください」
顔が見えないせいか、どこか自信の無い声色に聞こえた。俺からすれば拍子抜けだ。遊びの誘いなんて、いつでもいいのに。
「そんな事でいいのか?」
「ッ!?」
俺の言葉が気に食わなかったのか、振り返ったリンは怒った様子で詰め寄ってきた。
「なんでもいいって言いましたよね!? 今日は終業式でお昼前に帰るんですから、忘れないでくださいね!? それでは失礼します!」
まくしたてるように言葉を言い放った後、リンは一階にある自分の教室へと戻っていった。人差し指で突かれた左胸が痛い。俺やタケシと違って、リンは爪も女子みたいに長いんだな。
その後、体育館で終業式が行われ、実際の時間よりも長く感じる一時間を耐えた後、教室に戻って担任から夏休みの日程を改めて聞かされた。
頬杖をつきながら聞いていると、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。担任に悟られないよう慎重に携帯電話を確認すると、花咲さんからのメッセージが届いていた。姿勢良く真面目に担任の話を聞いているようにして、手を入れている机の中でメッセージを打ったのか。女子って感じだ。
【夏休みも一緒に遊びましょうね】
(返事に困るな)
担任の報告も終わり、これで一学期の学校生活は終わりを迎えた。みんなが早く帰ろうと下駄箱へ向かう中、俺はリンがいる一階の教室へと足を運んだ。
一階では帰り支度を終えた一年生が廊下に出ていた。教室に残っているのはほんの数名で、リンがいるクラスを探すのは簡単だった。リンは窓際の席に座っていて、その周りには四人の女子が取り囲んでいた。
「リン」
教室の扉前でリンの名前を呼ぶと、俺の声に反応したリンが勢いよく振り向き、それに続くようにして周りの女子も俺の方へ視線を向けた。
すると、四人の女子は一斉に甲高い声を上げ、リンの肩や頬をベタベタと触れ始めた。どうやら俺とタケシだけじゃなく、同級生、しかも女子からも可愛がられている。クラスメイトがリンの女装をどう思っているか不安だったが、あの様子からして杞憂だったようだ。
リンは周りの女子のイジリを振り払うと、小走りで俺のもとへ来た。
「珍しいですね、僕の教室まで迎えに来てくれるなんて……!」
「いつも玄関先で集合だったもんな。それじゃあ、帰るか」
「はい!」
「「「「リンちゃん頑張れー!!!」」」」
「頑張れ? 何を応援されてんだ?」
「ま、まぁ、気にしないでくださいよ!! さぁ、早く帰りましょ!」
リンは俺の疑問をはぐらかすと、逃げるように先へ行った。釈然としないが、無理に聞き出す必要も無いか。
下校途中、いつも通りに商店街の肉屋に寄ってコロッケを買った。最近は休みの日でも買いに来ていたおかげで、リンよりも俺の方が顔馴染みになり、昼飯用にとコロッケを四つオマケしてくれた。実際にオマケしてくれると嬉しいものだ。
ちょうどコロッケを食べ終わる頃、リンの家に着いた。
「じゃあ、ここで……」
「おう」
「……」
「ん? どした?」
「……あの……何か、言い忘れた事とか、ないんですか……?」
「言い忘れ? ん~……あ、そうだ。連絡先の交換。俺のやつ中学のと変わってさ、改めてお前と連絡先を交換しておきたい」
「……そうですよね」
「考えとけよ。遊びに行きたい場所」
連絡先の交換が完了した音と共に、俯いていたリンが顔を上げた。唖然として固まっていた表情が、雪解けのように徐々に変わっていき、やがて満面の笑みを浮かべた。
「はい! 楽しみにしてますね!」
「俺も楽しみにしてるぞ」
「え~、何処に連れてってもらおっかな~! 水族館―――動物園も良いな! ちょっと遠出して海とかも!」
「あぁ、海は今度連れてくよ」
「本当ですか!? アハッ! ますます楽しみです! 先輩との夏休み!」
そう言って後ろ手に組んで笑うリンの姿に、不覚にもドキッとしてしまった。コイツの笑顔は男女問わず初恋キラーになりかねない。本当に可愛い後輩だ。




