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罪の味

「コーヒーとオレンジジュース。どっちがいい?」


「じゃあ、オレンジジュース」


 花咲さん、すっかり落ち着いたみたいだ。人間誰しも溜め込んだ何かが、ちょっとしたキッカケで爆発するもんだ。爆発したのが俺の前で幸いだった。もし他の誰かや、人の目がある場所で爆発していたら、心に深い傷を負っていたかもしれない。


 オレンジジュースが入ったコップを花咲さんに渡し、俺は向かい側の席に座ってアイスコーヒーをストローで飲んだ。朝から何も飲まず食わずだった所為か、こんな安物のアイスコーヒーが美味しくて堪らない。


「改めて。さっきは色々と、ごめんなさい!」


「いやいや、もういいから。人間なら誰だって泣きたい時もあるし、不満を口に出して叫びたい時もある。だから気にしないでいいんだよ」


「でも、風邪をひいてる人に私は―――」


「ストップ。それ以上自分の事を悪く言うなら怒るよ? 気にしてないって言ってるんだから、花咲さんもさっきの自分の事は忘れて、いつも通りにしてよ。それに俺、風邪って言っても知恵熱だったし」


「……分かりました。もう大丈夫です!」


 花咲さんは俺に微笑むと、コップにさしてあるストローでオレンジジュースを飲んだ。本当は色々と花咲さんに聞きたい事があるけど、自分で気にしてないと言った手前、ぶり返すのはおかしい。


 俺は花咲さんが持ってきてくれた夏休みの日程表に目を向け、夏休みを話題にした。


「もう夏休みか。花咲さんは、夏休みに何かするの?」


「私は、アオが部活の合宿に行くので、あんまり予定はありませんね。でも、夏祭りはアオと行こうと思ってます。ちょうど合宿終わりにあるんですよ」


「夏祭り? あー、あの公園で」


「そうですね。あの公園で―――あ」


 俺も花咲さんも言葉に詰まった。夏祭りの会場は、何を隠そう俺達がキスをした公園。途端に気まずい空気が漂い始めてきた。


「えっと……夏祭り以外は? 夏休みは一ヵ月もあるんだし、もっと他にあるんじゃない? 例えば、実家に帰省とか、友達と海やら山に行くとか」


 かなり無理矢理な逸らし方だが、あのまま気まずい空気が流れ続けるよりはマシだ。


「海には、行きます。友達のトウカが海の家でバイトするので、その手伝いに。実家は夏休み後半に行く予定です」


「へぇ。予定が結構あるんだ」


「いえ、空いてる日もありますよ。あ、そうだ! カナタ君さえ良ければ、海の家で一緒にバイトしませんか? トウカも人は多い方が良いって言ってましたし」


「バイトか。特に予定も無いし、いいかも。じゃあ、日にちが分かったら教えてよ」


「ありがとうございます! それじゃあ連絡は……そういえば、私達って連絡先を交換していませんでしたね」


 そう言うと、花咲さんは携帯電話を取り出した。あくまで、バイトの日にちと日数を教えてもらうだけだ。個人的なメッセージや通話はしない。そう自分自身に言い聞かせ、俺も自分の携帯電話を取り出した。


 連絡先を交換すると、早速花咲さんからメッセージが届いた。


【届いてますか?】


 携帯の画面から花咲さんの方へ顔を向けると、花咲さんは顔を隠すようにして携帯電話を握り締めていた。こういう仕草は女の子の特権だな。


「ちゃんと届いてるよ」


「ッ!?」


 すると、花咲さんからまたメッセージが届いた。


【こっちで返してください!】


 可愛い反応だ。花咲さんにはタケシやリンには出来ない可愛らしさがある。アイツらとの関係に花咲さんもいれば、華のある青春になったかもしれない。


【ちゃんと届いてるよ】


【オレンジジュース美味しい!】


【果肉ありと果肉無し。どっちが好き?】


【無い方が好き!】


【最近、夏の色が出始めてきたね】


【ね! 汗の臭いとか結構気になっちゃう!】


【ビックリマーク好きだね】


【カナタ君は淡泊過ぎ!】 


「フフッ……!」    


 花咲さんは楽しそうにしているが、俺にはよく分からない。目の前に相手がいるのだから、メッセージでのやり取りじゃなく、会話でやり取りしたい。なんとなく、もったいない気がする。


「……花咲さん」


【なに~?】


「……俺は、花咲さんと直接喋る方が好きです」


 見ていた携帯の画面から顔を上げた花咲さんの表情は、恥ずかしそうにしていたが、どこか嬉しそうであった。髪をかけて露わになった耳は、頬と同じか、それ以上に紅潮していた。


「そっか。そうだよね。せっかく目の前にいるんだもん。相手の姿をちゃんと見て話さないとね」


「そうですよ。声で交わす会話には、文字では伝えられない想いがありますから」


「想い、か……今日はこれで帰るよ。海のバイトの件は決まり次第送るね。それじゃあ、また明日、教室で。カナタ君」


「また明日。花咲さん」


 俺は帰る花咲さんを玄関まで見送った。昨日に続き、今日も花咲さんと色々あったが、上手く丸く収まった気がする。


 リビングに戻ると、花咲さんが使っていたコップに少量のオレンジジュースが残っていた。ストローで飲んでいたとはいえ、花咲さんが口をつけていた物。だからといって捨てるのももったいない。ストローを使わなければ、ギリギリ間接キスにはならないはず。


 残っていた花咲さんのオレンジジュースの味は、いつも飲む味に加え、罪の味がした。初めて自分で淹れたコーヒーの強烈な苦味よりも、何倍も苦い味だ。


「……アイスコーヒーで口直ししよう」 

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