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三途の川

 季節外れの道を進んでいくと、最奥から水の音が聞こえてきた。辿り着くとそこには、川が流れていた。川を跨いだ先には山が存在し、巨大な壁となっている。どうやらここで道は途絶えているようだ。


「なんだか、変な場所だね」       


「なにが?」


「だって、トンネルの先がここなんだよ? 普通、トンネルって通れなかった場所に造られる物でしょう。ここで道が無くなってたら、なんていうか、意味が無いような気がする」


「確かに、トンネルを抜けてから人が居た気配が一つも無かった。ここから先の道を作ろうとして、結局は断念したって事じゃないかな」


「そんな計画性の無い事、大人がするかな?」


「理由があったんだろ。投げ出す理由が」


 川の近くへ行き、流れてきた方へ目を向けた。長い傾斜を目で辿っていくと、頂上に鳥居らしき物がそびえ立っていた。形は限りなく鳥居に似ているが、何処か違う。形がややアンバランスだ。


 この川を辿っていけば、あの鳥居の先に何かがある。寺か、神社か、あるいは別の何か。


「カナタ君?」


 花咲さんに呼ばれ、自分が川に浸かっている事に気付いた。足首より少し上までの浅い川だが、気を抜けば川の中へ溺れてしまうような不気味さがある。頂上に見える鳥居からして、ここは立ち入るべきではない場所なのだろう。


 岸に上がろうとした瞬間、足首に違和感を覚えた。見ると、透明な糸が足首に絡まっていた。それは瞬く間に数を増していき、太い束となって俺のバランスを崩した。 


「カナ―――」


 溺れる寸前、花咲さんが血相を変えて駆け出したのが見えた。


 深く、そして暗い。見えていた水深からは想像も出来ない程、俺は沈んでいる。不思議と息苦しさは無い。むしろ息を吸って吐いていた時より軽やかだ。


『―――!!!』


 沈んでいく先から、大勢の声が聞こえる。何を言っているのかは分からないが、俺を呼んでるようだ。


 瞼が重くなっていく。

 瞼を閉じようとしている。 

 夢の更に夢へと、堕ちていく。


「どうして下へ下へと進む」


 重く閉ざされようとしていた瞼が開いた。


 目の前には、自己否定がいた。その表情はこれまでの挑発的で小馬鹿にしたようなものとは違い、憐れみがあった。


「下ばかりに進んで、上を見ようとしない。だから俺なんてものを生み出す」


 自己否定は俺の手を掴み、未来を夢見る少年のような笑みを浮かべた。


「さぁ、そろそろ目を覚ませ。不安に満ちた今の中で、確かにある明日を目指すんだ!」


 自己否定は力強く手を引き、自身の位置と俺の位置を入れ替えた。


 浮かんでいく俺の目には、暗い水底へと沈んでいく自己否定の姿があった。最期に呆れ気味な笑顔を俺に見せると、自己否定は水底の闇に飲み込まれてしまった。


 


 目を覚ますと、俺は川岸で横になっていた。体を起こすと、腹の奥から湧き上がる吐き気に襲われ、躊躇う事なく全て吐き出した。溺れていた時に体内に入った川の水が吐かれ、全て吐き終えると、頭と心がスッキリとした。まるで憑き物が祓われたように。


 いや、実際そうなのかもしれない。川の中、死に行く俺の代わりに、俺の自己否定が沈んだ。奇妙な事だが、俺が生み出した感情のはずの自己否定には、一人の人間としての意思が宿っていた。あの瞬間、確かに彼は人間だった。


 しばらく川の流れを眺めていると、花咲さんが慌ただしく駆け付けて来た。


「カナタ君!! だ、大丈夫なの!?」


「何が?」


「何がって……だ、だってカナタ君、溺れたんだよ!? それでずっと下の方まで流れて行って―――それで私、追いかけて……!」


「……あれは、三途の川だったのかな?」


「え……?」


「……ここを離れよう。この場所、良くないよ」


 立ち上がり、川に沿って下っていった。花咲さんは俺の体調を気にしているようで、再び川に落ちないように、自分の方へ引っ張りながら手を握っていた。


 川に沿って進んだ先には、小さな村があった。そこは以前、花咲さんと来た電車の終点にある村だった。雪で真っ白に染まった村は、寂しくも何処か温かい風景だった。


 後ろに振り返ると、そこにはトンネルがあった。立ち入り禁止の立て看板やロープがあるだけでなく、トンネル内で起きた崩壊の残骸で中が埋め尽くされている。


 何時から、何処から、俺達は存在しない道を彷徨っていたのだろう。

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