人生は映画のように
暗くなる頃、道から外れた場所に放置された車を見つけた。タイヤはパンクしているが、ガラスにヒビは無く、ドアも開け閉め出来る。車内も汚れが少なく、埃が舞う程度。
ある程度車内を綺麗にしてから、この中で朝を迎える事にした。
助手席にカバンを置き、運転席を少し後ろに倒そうとしたが、固くなって動かない。鍵が挿しっぱになっているが、こちらも固まって捻る事も抜く事も出来ない。放置されて時が経ったこの車は、本物によく似た模型と化してる。
バックミラーから後部座席の様子をうかがうと、花咲さんは横になっていた。頭をつける場所にカバンを置いているとはいえ、よくもまぁ抵抗無く横になれるものだ。自分はともかく、女性は他に清潔感を求めるものだろう。
「自動販売機の次は放置された車。この先に人がいる村か何かがあるのかな?」
「かもね。幸運が続くね」
「どっちのおかげかな?」
「俺は運が無い」
「私もそうだよ」
「じゃあ……神様とか仏様の情け?」
「そうだとしたら、なんだか悪いね。世の中には、救わなければいけない人がいるのに」
「俺達は救われる価値が無いと?」
「救う必要が無いの。だって今、幸せじゃない」
幸せ、ね。廃車で冬の夜を凌ごうとする今の何処に幸せがあるのだろう。
すると、横になっていた花咲さんが起き上がり、運転席と助手席の間に身を乗り出してきた。
「この車、動かないの?」
「そうみたいだ。鍵がうんともすんとも言わない」
「じゃあさ、運転するフリしてよ」
「なんでさ」
「カナタ君はどういう風に運転するの?」
「どういう風にって……普通だよ」
「普通って?」
「だから……」
右手でハンドルを握り、左手で変速させるギアを握った。
「客人。何処まで逃げればよろしいか」
「え、そういうシチュエーション? もっと親密なのにしてよ」
「だって花咲さん、悪役に追われるヒロインが似合ってるから」
「ヒロイン……そっかヒロインか! エッヘヘ! そっかそっか! カナタ君にとって私はヒロインなんだね! 納得納得!」
「それでこの後、悪役が運転する車に銃撃されて死ぬのさ」
「そんな簡単にヒロインを殺さないでよ……え、カナタ君演じる主役とのラブシーンは?」
「開始数分で死んでるよ」
「……どういう映画なのさ」
「主役とヒロインが序盤で死んだらどうなるかに挑戦した映画だよ。凄い作品だったよ、色々と」
忘れもしない。製作費が信じられないくらい安くて、エンドロールに流れる関係者の名前の列が数秒で終わった。序盤から役者を次々と退場させていって、映画の残り一時間は安いカメラで撮った街の様子や何処かの風景が穏やかに流れていく。もちろん音楽なんか無い。
世間ではクソ映画とすら呼ばれない無に等しい作品だけど、俺はなんだか好きで、友人が出来るまでよく見ていたな。
「カナタ君って、変な映画好きだよね」
「その甲斐あって、捻くれた性格になれたよ」
「私は恋愛映画が好き。中世の時代で繰り広げられるロマンチックなの。身分とか世間体とか。そういう縛りから解き放たれて、好きな人と結ばれる。素敵じゃない」
「でもその後、二人はどうなるんだろうね。一時の劣情を生涯悔いるか、策略によって引き裂かれるか」
「どうだろうね。カナタ君の言う通りかもしれないし、もしかしたら意外と幸せに暮らしたかも。先の事なんて誰も分からないんだから、その通りになるか分からない未来より、確かな今を選ぶよ」
「……そうだね。家出した俺が言えた事じゃなかったね」
「全部を好き勝手に生きるのはどうかと思うけど、たまには衝動に身を任せても良いと思う。楽しくない人生に、生きる意味は無いからね」
そう言うと、花咲さんはまた後部座席で横になった。しばらくしても無言のままだったので、眠ったのだろう。
「楽しくない人生に、生きる意味は無い……」
その通りなのかもしれない。何の心配も不自由も無かったとして、楽しいが無い世界で生き続けられる気がしない。そう考えると、あの映画を幼い頃に観て映画が好きになったのは、重要な分岐点だった。
今は映画も観れなければ、景色にも変化は無い。幸いなのは、花咲さんが一緒に居る事。そう思うという事は、俺は生きていたいという意味なのだろうか。
ならば何故、まだ遠くへ行こうとしているのだろう。




