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二人は一つに

 女は自身の下腹部の傷痕を撫でると、悲し気な表情で語る。


「ここに、命が宿っていた。今は名残りだけ。名前の無いこの子は、この世に生を受ける前に死んでしまった」


「……どうして、死んでしまったんですか?」


「出れなかったの。開いたそこに眠るこの子は、私のへその緒に巻かれていた。外に出されたのは、器となる肉体だけ。だから、この子はまだここにいる」


 帝王切開をしても、既に赤子は死んでいたのか。母子共に運が悪かったと言うしかない。


 しかし、女が語った「まだここにいる」という言葉が引っ掛かる。肉体を器呼ばわりしてる事から、魂はまだ子宮に残っていると考えているのか。出産出来なかった負い目からくる現実逃避。


 それならば、何故アオと関係を持つんだ? 子宮に赤子が残っていると考えているのなら、苦しめる思いはさせたくないだろ。


「水瀬さん。今更ですけど、アオとはどういう関係なんですか?」


「とっても好きな人。可愛くて、愛しくて、守ってあげたい子」


「行為は? その……」


「したわ。何度も。その度に、この子が喜ぶの。取り上げられた自分の器がまた手に入れられそう、と」

  

「……気に入りませんね。それではアオが道具同然ではないですか」


「いいえ。今はまだ、あの子は私とセックスしている時でしか繋がっていません。しかし、再びこの子が器を得て、無事に産まれてくれば、私達は繋がる事が出来ます」


「アオと産まれなかった赤子を同一視するな……! アイツにはアイツの人生がある! それをアンタの狂った思考で台無しにするつもりか!」


「人生とは、ただ時間を浪費するだけの徒労ではありません。あの子はとても口がお上手だけど、寂しがり屋でもある。だから、あの子とこの子が一つの器に収まれば、寂しくありません」


 とんでもない思考だ。


 つまり、アオと性行為をする理由は愛情からではなく、アオを自分の子供として産みたい願望。体を器と呼ぶ人間だ。魂の移行という非現実的な事が可能だと信じ切っている。


「実はですね、私……」


 女は下腹部の傷痕を愛おしそうに撫でると、深く深呼吸し、とびきりの笑顔で報せた。


「妊娠してるんです!」 


 血の気が引いた。この女の話を聞いてしまった以上、妊娠という言葉がどういう意味を持つのか分かってしまう。


「……アオは……アオは、どうするんだ?」


 女はニコニコと笑うだけで、俺の問いに答えない。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ……アオはまだ、生きてるんだよな?」


「生きてますよ。ここに……」


 そう言って、女は下腹部を撫でた。


 まるで、そこにアオがいるように。


 心臓が冷たくなっていく。視界が朧げになっていく。自分の呼吸が、よく聞こえる。


 いや、まだ確定したわけじゃない。この女が嘘を言ってるのかもしれない。嘘をつく意味は無いかもしれないが、意味の無い嘘だってある。だってアオとは、ついこの間まで話していた。俺の馬鹿な悩みに付き合って、軽口だって言い合った。約束も―――


 ―――そうだ、約束したんだ。一日中、俺と遊ぶ約束。友人との、約束。友人なら、約束は守らなきゃだろ。   


「……どうして、泣いてるんですか?」


「……ここから俺を出してくれ」


「嫌です。だって、君は私とよく似た人。今まで誰にも理解されなかった私にとって、唯一の理解者になり得る存在」


「同類にするなよ。いいから俺を出せよ。アオに会いに行くんだ」


「私を理解してくれた。だから、君はそんなに焦っているのでしょう? あの子が死んでしまったのではないかと、不安なのでしょう?」


「……死んでない。アイツとは約束を交わしたんだ。だから、まだ死んでない」 


「そうよ、死んでないわ。あの子はこの子と一つの存在に―――」


「そういう非現実的な話はいいから! アンタは自分が殺してしまった赤子に申し訳なくて、都合の良い妄想をしてる! アンタは取り憑かれてるだけだ! 都合の良い妄想が生んだ赤子に!」


「そうよ! 私は取り憑かれてるの! やっぱり、君は私の理解者!」


「ッ!?」


 檻から手を伸ばし、女の首を掴んで引き寄せた。勢いよく檻にぶつかったのに、痛がる素振りを見せず、尚も嬉しそうに笑う女の顔が憎たらしかった。顔の皮を剥いでもまだ笑っていられるか確かめたいが、それよりも腹を引き裂いた方が女にとって効果的か? 空洞の腹の中を見せてやれば、少しはマトモになるかもしれない。


「わ……たし……ずっ、と……独り、だ……ったの……」


 女の目から、涙が流れた。とめどなく流れる涙に、情けなくも首を絞める力を緩めてしまった。


 膝から崩れ落ちて咳き込む女の姿に、俺はもう分からなくなってしまった。


 殺すほど憎いのに、心の底から寄り添いたい。


 ただ「独りだった」という言葉に、同情してしまったんだ。

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