自問自答
互いの暴力行為を水に流し、温かいコーヒーを飲みながら会話を始めた。それでも女は明らかに俺を恐れている様子で、檻から手を伸ばしても届かない位置に座っている。そんな彼女に危害を加えない事を示す為、俺も壁に背を預けて檻から離れた。
一口、二口と、コーヒーが進む。しょうがない事だが、ブラックコーヒーではない。砂糖が二つほど入れられたやや甘めのコーヒーだ。
「……アオ君とは、どうやって友達になれたんですか?」
ようやく喋り始めた女の初めの質問は、やはりアオの事だった。
「どうやって、ですか。話している内に、なんとなく互いの事を知って、俺のとある過去に惹かれたのが一番のキッカケですかね?」
「どんな?」
「アイツの幼馴染の父親を殴り飛ばした」
「……それが、どうして?」
「アオから聞いてませんか? 過去の事」
「……知りません。話してくれるのは、ほとんど君の事ばかりでしたから」
「まぁ、アイツの性格上、俺以外にマトモな友人いませんし」
「それって、どういう意味ですか? あの子はとても優しくて、いつも欲しい言葉をくれるんです。それであの容姿。女の子が妄想する王子様みたいじゃないですか」
女の子を自称できる歳でもないだろうに。そういう人なのだろうか。過去にロクな経験が無く、そのまま体と歳が大人になってしまって、精神面は未だ少女のまま。それでアオのような方便に惹かれたのか。
この場合、アオの情けない所を語るのは止した方がいいな。失望して関係を絶つなら良いが、俺の言葉を信じられず、事実を確かめようと妙な事をするかもしれない。なにしろ一度アオを階段から突き落とした前科がある。次は殺しかねない。
「えっと……すみません、名前なんでしたっけ?」
「水瀬―――」
「水瀬さんでしたね。ありがとうございます」
「……名前は、知らなくていいんですか?」
「俺は別にアナタと親密になりたいわけじゃない。ただ会話をする以上、苗字ぐらい知っておかないと。お前とか、コイツなんて言われたくないでしょう?」
女は何か言いたげだったが、口を堅く閉ざし、更にコーヒーを飲んで口を塞いだ。
「言いたい事があるのなら、言ってください」
「……先に、君のお話を聞くよ」
「俺が聞きたい事なんて一つですよ。いつ出してくれるのか。聞いても意味の無い事ですよ」
「私が、君の事を知れたら出すよ」
「知れたらって、どこまで? 俺に感じた何かを知るまでというのなら、それはもう永遠に出られないと同義です。何か、という不確定で不明瞭な事を知れたとして、それが何かの正体だと気付けますか? それが答えだと自信を持てますか? 言ってしまえば、今アナタがやってる実験擬きは無意味な事なんですよ。それにこうしている間に、事態は重くなる一方。俺がいない事に誰かが気付いたら? アナタの行動の変化に誰かが不信感を抱いたら? 檻に閉じ込められた俺は不自由ですが、アナタはそれ以上に不自由だ。身辺調査もせずに、他人の会話から興味が湧いて行った突発的行動故、今のアナタは過去の突発性を悔いている。現に、頭にコブが出来てしまった。それによって俺に対する恐怖と、コブが出来た嘘の台詞。本題の何かを知る余裕が無くなってきている。馬鹿なんですよ、アナタは」
口の渇きを潤すようにしてコーヒーを飲んだ。
そうして反省した。女の言葉に引っ掛かった所為で、言わなくてもいい事まで喋り過ぎてしまった。自分で言った事なのに、もうほとんど憶えてない。
以前、カフェでタケシにやってしまった時の事を思い出してしまった。他人というものに敏感になって、自分の常識と違った行動や思考に対して、キツく問い詰める愚行。
そういえば、アオと知り合って間もない頃、アイツに言われたな。
『自分が優位に立たないと気が済まないタイプだ』
その通りなのかもしれない。優位に立ちたいかどうかは関係なく、自分の正しさを正当化させたい。その為に今まで聞きかじった言葉や経験を使い、自分が正しいと証明したいんだ。
いや、違う。それは単にムキになったからだ。悪口を言われて反論するように、反射的な言動だ。現に俺は、他人の言動から物事を考える事があるじゃないか。だからアオに言われた事が、必ずしも自分自身だとは限らない。当たっているとしても、それは限定的な一面。風野カナタという人間の全容ではない。
だが、その擁護こそ、正しさを証明する為ではないか。お前はこうだ、という結論に対し、適当な出来事から事実を捻じ曲げ、自分が証明したい正しさとして修正する。真実味のある嘘で自分自身を守っている。現に「しかし」や「だが」を多用しているじゃないか。
だが、それは―――
―――ほら、やはりそうじゃないか。結局俺は、心の底に沈む本性を吐露出来やしないのさ。矛盾しなければ正気を保てない子供なんだよ。
「―――! ―――タ君! カナタ君!」
「ッ!?」
「どうしたの? さっきまで、その……変に、なってたよ?」
「……変?」
「笑ったり、悔しそうにしてたり……」
「……監禁されてる所為で、少しおかしくなってるのかもしれませんね」
「……なんだか、分かった気がする。君から感じた【何か】の正体」
すると、女は自ら檻に近付き、シャツのボタンを外し始めた。
「私が君に感じたのは、恐怖でも、ましてや好意でもない……」
シャツのボタンが全て外れると、女は何の抵抗感もなくシャツを脱いだ。
「君から感じていたのは、親近感だったんだ……」
露わになった女の下腹部には、特徴的で目立った傷痕があった。
その傷痕が何で出来たのかは、語らずとも察せられた。




