恋愛相談
夜、テレビを見ていると恋愛ドラマの告知が入った。題材は禁断の恋との事。
「禁断の恋、ね」
後ろから母さんが意味ありげに呟いた。そんな母さんを目で追っていくと、母さんは舞台役者のような大袈裟な動きでソファを回り込み、体を弾ませながら俺の隣に座った。
「カナタは、禁断の恋……してる?」
「してない」
俺の返事が気に食わなかったのか、母さんは唇を鳴らしてオデコを叩いた。相当仕事の疲れが溜まってるのだろう。変なテンションになってる。
「カナタ。アナタは学生。それも高校生よ! 禁断の恋の一つや二つ、しても良い時期なのよ!」
人は限界まで働くと、こうも変人になるのか。さっき出張に行ってる父さんから電話があったけど、ビデオ通話でもないのに俺に変顔を披露してくれた。
あぁ、ただ単に俺の両親が変人なだけか。俺は自分の事を普通だと思ってるけど、この両親から産まれた事実からして、周りからは変人扱いされてるかもしれない。今度タケシかリンに聞いてみよう。
いや、わざわざ自分が変人かどうか聞く事自体、変人じみているのか? だとしたら、聞かない方が良いか。
でも、気になる。いっそ変人扱いされてもいいから、早くこの不安を拭いたい。
「カナタ、聞いてる?」
「え? 何が?」
「だから! 好きな子とかいないの?」
「……」
「やめて。二日酔いの気持ち悪さみたいに母さんを気味悪がらないで」
「未成年には分かんないよその例え」
「あ、そっか」
頼むから酒で酔ってるからであってほしい。これが素だと思うと、頭が痛くて割れそうだ。
俺は逃げるようにキッチンへと行き、洗い終わってる食器を拭き始めた。
しばらくすると、母さんが後ろから抱きしめてきて、俺の肩に顎を乗せてきた。まるで付き合いたてのカップルのようなやり取り。残念ながら、母さんからアルコールの臭いは無かった。
「母さん。俺、もう高校生なんだけど」
「だから何よ。親が子の可愛さに抱きしめたくなるのに、年齢は関係無いの」
「親に抱きしめられて恥ずかしくなる子の気持ちは無視?」
「ますます可愛いわね」
「変態じゃん」
「カナタも子を持つ親になれば分かるわよ。それで? カナタは今、好きな人はいるの?」
「いるって言うか……いた、かな?」
「えぇ!?」
耳鳴りがした。急に耳元で叫ばないでほしい。
「ど、どんな子だったの!? どうしてフラれちゃったの!? あぁ、ごめんなさい! 辛かったでしょう? 今更だけど、ママの胸で泣きなさい! ほら、カモン!」
「ッ!? あー、もう! うるさいよ母さん! 後で話すからちょっと座ってて!」
食器を拭き終わり、母さんが座ってるソファの隣に戻った。どうして自分の失恋話を語らないといけないのだろう。
「さぁ、話してみて。カナタを悲しませたその女の特徴を。そしてその女にどんな屈辱を与えたいか」
「笑顔で怖い事言わないでよ……えっと、去年の春。高校の入学式の時さ―――」
俺の初恋から失恋するまでを簡潔に母さんに聞かせた。話の終わりに、今はもう気にしていないと釘を打った。
俺の話を黙って最後まで聞いていた母さんは、少し考えた後、困惑した表情で俺に訊ねた。
「……それって、失恋かしら?」
「いや、そうだけど」
「……カナタは、その子の長い髪が綺麗だと思ったんだよね?」
「そうだよ。それなのに、彼氏の好みに合わせるって言って、バッサリ髪を切ってさ。最初、花咲さんが短い髪で登校してきた時は、それはもう落ち込んだよ……」
「……ごめんなさいカナタ。ママ全然理解出来ない。え? その花咲さんって子が好きだったんじゃなくて、その子の髪が好きだったの?」
「だからそう言ってるじゃん」
「……分っかんないよ!!!」
母さんは顔を両手で覆いながら叫んだ。俺の恋が理解されないのは、話す前から分かっていた事だ。俺が恋した花咲さんの長い髪は、あの日、あの時、偶然目にした俺にしか理解出来ない。
それに、今だからこそ理解出来る。風景画のように、俺はあの日見た花咲さんの長い黒髪に惚れたんだ。進み続ける時間を止めることも巻き戻す事も出来ないのなら、俺の初恋は必ず散る運命にあった。
失恋した時は絶望に打ちひしがれたけど、今は違う。あの長い髪が短くなったおかげで、花咲さんの髪以外の美しさを知れた。そう思えば、悪い初恋ではなかった。
「話し終わった事だし、母さんは風呂に行きなよ。明日も仕事でしょ」
「……カナタ」
「そう心配しなくても、俺はもう大丈夫だから」
「そうね。だからこそ、言っておきたいの。次に恋をする時は、その人の一部だけじゃなく、もっと色んな所を見てあげなさい。好きな所も、嫌いな所も。そうして長い付き合いの中で、変わらない所を愛してあげなさい」
「……分かった」
母さんは俺の頭を優しく撫でると、満足気に風呂に行った。
次に恋をする時、か。一体いつになるんだろうな。




