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 頭の圧迫感。目の奥が痛い。殴られたのは、後頭部か。布のような感触がある事から察するに、手当てはされている。 


 鉄格子で塞がれた窓から差し込む月の光が、この暗い部屋の微かな明かりだ。窓側にいるという事は、檻の内側。


 檻をどうにか抜け出せないか色々試してみたが、通り抜けられる隙間ではなく、未だ拭えぬ脱力感に力も入らない。服はそのままだが、持ち物は全て没収されている。


 自分が置かれている状況を理解し、次に片隅にある毛布の膨らみが気になった。俺が気絶する前、あの毛布は動いていた。おそらくアオが包まっているはずだ。そう思いながら毛布をめくると、そこには形容しがたい謎の生物を模した人形があった。


 人形に触れた瞬間、関節部分が軋む音と共に手足をバタつかせ、壊れた音声装置が奇怪な泣き声を流した。


 確かに位置情報はここだった。そしてあの女もここに住んでいる。一階は全て探し回ったし、ここでなければ隣の鍵が掛かった部屋。あそこにアオがいるのか?


 人形の泣き声がうるさいので電源を切ろうとスイッチを探していると、部屋の扉が開いた。


 現れたのは、あの女。アオに執着している看護師だった。


「……良かった。目を覚ましたのね」


 彼女の声は力が無いというか、生気を感じない。まるで幽霊のようだ。貼り付けたような愛想の良い笑顔や、自宅でもピシリと整った髪と服装。姿そのものが他人行儀な様子から、この人は本当にここに住んでいるのだろうか、と疑ってしまう。


「ごめんなさい。アナタがとっても強いって、あの子がよく言ってたから。少し、乱暴にしてしまったの」


 そう語る彼女だが、俺はどうしても事実を受け入れられなかった。不気味な感じはあれど、一見清楚な彼女が、アオを階段から突き落としたり、俺を後ろから襲ったとは思えない。そういう暴力的な思考を持っていないように見える。

 

 だが、人の本性は必ずしも表に出るとは限らない。特に分かり易い人相というものがあるが、この人の場合、人相は意味をなさない。


「……アオは、どうしたんです?」


 すると、彼女は二台の携帯を俺に見せてきた。一方は俺ので、もう一方はアオの携帯。


「あの子、滅多に携帯を触らない子だから」


「……博打な計画ですね。俺が複数人で、あるいは警察に通報していたらどうするつもりだったんですか?」


「アナタはそういう事はしない。こういう危機的状況の時、真っ先に体が動く。そうアオ君が言ってたの」


「……アイツ、喋り過ぎだろ」


「フフ。好かれてるのね、彼に」


 やはり不気味だ。彼女は今【普通】に会話が出来ている。自分が異常だと気付けていないんだ。アオを階段から突き落とした事も、俺を襲ったのも、少し悪い事をした程度だと思っている。どちらも下手をすれば命に関わる事は、看護師である彼女なら分かるはずなのに。


「アオは、何処にいるんです?」


「病室よ。今頃、私が贈った本を読んでる頃かしら」


「……じゃあ、なんでこんな事を?」


 彼女は携帯をポケットにしまうと、檻の前でしゃがんだ。真っ直ぐと俺を見つめながら、何度も言おうか言わないかを繰り返し、遂に言葉を吐いた。 


「君に、何かを感じたから」


 それは俺をここへ誘き出し、檻に入れて監禁するには、あまりにも不明瞭な動機だった。


「君と初めて会った時、普通の子だと思った。何処にでもいるような十代の男の子だと。でも、アオ君から聞かされる話は、どれも普通の子とは思えない事ばかり。私の中で、君に対して矛盾が起きた。真実は、どっちなのだろう。君は普通の子なのか、それともある種の英雄的存在か。次第に君の事ばかりを考えるようになって、二度目に君と会った時、最初の時とは別の何かを感じ取ったの」


「何かって、何さ……」


「……分からない。目で見た君は普通の男の子なのに、頭に思い浮かんだ君は……とても恐ろしい存在だった」


「恐ろしい? 俺が? 俺は恐ろしい人間なんかじゃない。アナタが目で見た通り、普通の人間だよ」


「……今の君は、目でも頭でも、恐ろしい存在に映ってるよ。檻の中にいるのは君なのに、私が檻の中にいるように思える」


 監禁しといて勝手に恐れられるのは理不尽だろう。でも確かに、彼女はいつの間にか膝に置いていた手を握るようになっている。表情には現れていないが、緊張しているようだ。

 

「……俺はこれから、どうなるんです?」


「しばらく、ここに居てほしい」


「居てほしいって……曖昧だな。警察沙汰になったら、アナタの人生は終わりますよ。未遂とはいえ、未成年二人に危害を加えたんですから。まぁ、俺の場合は未遂で終わるかどうかですが」


「……君、怖くないの?」


「怖いって? まさか。ジェットコースターと同じですよ。乗る前は怖いけど、乗ってしまえば何とも思わない。これから来る事に恐怖は抱いても、今を怖がる必要なんかありませんから」


「……やっぱり怖いよ、君……私、水瀬アキコって言うの。しばらくの間、よろしくね」


 そう言うと、彼女は部屋から出ていった。


 部屋に一人きりにされると、人形のうるささを思い出した。全身見渡してみたがスイッチらしき物は見当たらず、少し心苦しいが、縫い目から引き千切って中の装置を無理矢理取り出した。心臓というべき物を取り除かれた人形はピタリと止まり、まるで死んだように静かになった。


 さて、これからどうしようか。あの人、水瀬アキコは俺を観察するのが目的だと話したが、それが本当の目的だという証拠は無い。このままここに放置して餓死させる事だって考えられる。


 まったく。花咲さんといい、アオといい、俺を面倒ごとに巻き込む疫病神だな。

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