理想と現実
正座開始から一時間経過。まだ花咲さんは帰ってこない。やれる家事全てやり終えたリンは、暇潰しに俺の痺れた足を何処からか取り出した棒で突っついて遊ぶ始末。大抵の痛みなら表情に出さずに我慢出来るが、足の痺れは別だ。嫌でも反応してしまう。
「ね―――エッ!!! 一度花咲さん―――ニッ!!! 連絡―――ヲッ!? ちょ、ちょっと一回俺で遊ぶのやめて!」
「……確かに、遅いですね。近場のスーパーはまだ開いてるはずなのに。メッセージで送った食材も、何処にでもあるような物でしたし」
「心配だな」
「まぁ、でもあの人も高校生。おつかいくらい出来ますよ」
「そりゃそうだけど……財布、忘れたとかじゃないよね?」
「忘れたとして、携帯を持ってるのですから電子マネーがあるでしょ」
「花咲さん現金主義だよ?」
リンが花咲さんの部屋へ確認しに行くと、財布を手に戻ってきた。
「……本当に電子マネーやってないんですか、今時」
「そもそも銀行口座が無いんだから意味無いでしょ。ちなみに俺もやってない。なんかありがたみが薄れる気がしてさ」
「……これ、届けてきますね」
「俺が行こうか? 痺れが無くなるまで数分掛かるけど」
「もうこの際五分も十分も変わりません。合流したら伝えてください。問答無用で罰は受けてもらう、と」
「厳しいね。大目に見てあげたらいいのに」
「そんなんだから、あの人は先輩の甘さに付け込むんです。甘さばかりでは堕落するだけ。厳しさも必要なんです」
リンから財布を受け取り、足を伸ばした。
足の痺れが無くなり、俺は花咲さんのもとへ向かった。急ぐ必要は無いが、少し駆け足で向かった。
近場のスーパーに着き、花咲さんを捜すと、雑誌が置かれてるコーナーにいた。カートには買う物が揃っており、後は会計を済ませるだけのようだ。
「花咲さん」
「カナタ君? あ、私の財布! わざわざ届けに来てくれたんだ! カナタ君は優しいね!」
「その言い方は少し癪に障るな。子供扱いしてるみたいだし、リンを悪く言ってるように聞こえるよ」
「だってリンちゃん、突然言い出すんだもん! 焦って財布も忘れちゃうよ!」
「じゃあ連絡入れなよ」
「言ったら、リンちゃん怒りそうだし……」
だからってそのままだと本末転倒だろうに。バレるミスをバレないと言い聞かせて隠す様は、小学生のようだ。
ふと、花咲さんが立ち読みしていた雑誌に目がいった。俺が読むはずも無いジャンルだが、開かれてるページには洋服を着せた幼児の写真が掲載されていた。
「……精神的にだけでなく、身体的にも俺を子供扱いしてるのか?」
「え? 違う違う! 別にそういうんじゃないよ。ただ読んでただけ」
「ふ~ん。それの何処が面白いのさ」
「可愛いじゃない。様々な服を着るのに慣れた私達と違って、小さい子はどれも特別感がある。これなんか凄く可愛い。まるで絵本に出てくるお姫様のよう」
「俺はそう思わないな。幼児をマネキン代わりにして商品を売ろうとしてるようにしか見えないよ」
「そういうの、つまらないよ?」
「そういう風に見えるし感じるんだ。仕方ないだろ。とにかく、さっさと会計を済ませて帰ろう。立ち読みしたんだから、それもちゃんと買ってね」
「お金……」
「……雑誌代だけ俺が出すよ」
会計を終え、スーパーから出た。雑誌代だけ渡すのも面倒なので、結局俺が全部払った。五百円くらいの無駄な出費だが、読むだけ読んで買わないよりもずっとマシに思える。
帰り道でも、花咲さんはあの雑誌を見ながら歩いていた。何がそこまで惹きつけるのだろう。
「花咲さん。ながら歩きは良くないよ」
「ちゃんと前も見てるよ。それより、カナタ君は将来産まれる自分の子にどんな名前をつけたい?」
「唐突だね。そういうのって、頭を悩ませるものじゃない?」
「私は男の子ならナツキ。女の子ならフユミちゃんにする」
「自分の名前に連ねたのか。それでいけば、秋はどうする?」
「三人目はそうしようかな? 春夏秋冬。家族の絆が否が応でも強まるよ」
「それでいけば、パートナーは仲間外れだね」
「カナタ君、夏か秋か冬に関連した名前に改名しない?」
「親から貰った大事な名をそんな理由で捨てないよ。他をあたって」
「じゃあ別の名前を考えるか」
「なんで俺と花咲さんが子供を作るの確定してるのさ……」
子供か。欲しい欲しくないの前に、俺のような人間が親になれるとは到底思えない。あの父さんと母さんから産まれたというのに、俺はどっちとも似てない。良い意味で馬鹿になれずにいる。それでは子育ては務まらない。子供を育てるのは、本を参考に植物を育てるのとは訳が違うのだから。
「ああ、そうだ。リンから伝言。曰く「帰ったら地獄を見せる」って」
「……映画でも観ていく?」
「また今度ね」




