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厳しさは愛情の裏返し


「おかえりカナタ君! 新しいガラガラ買ってみたよ~! 面白い音するでしょ~!」


 そう楽し気に語る花咲さんは、赤ん坊をあやすガラガラを片手に俺とリンを出迎えた。世界広しといえど、ガラガラを見せびらかしてくる人間は花咲さんだけだろう。


 リンに視線を移すと、困惑半分怒り半分といった表情を浮かべていた。困惑以外の表情が出るなんて凄いな。


「あれ、リンちゃんだ。なんか凄い汚れてるね。髪もボサボサだし」


「……色々と聞きたい事はありますが、とりあえずお風呂借りますね。お二人共、リビングで待っててください」


「え、俺も?」


「カナタ先輩もです」


 二十分後。入浴を済ませたリンはさっきまでのズボラが嘘かのように元のしっかり者に戻っていた。そうしてリビングにやって来るや否や、有無を言わせず花咲さんを正座させた。花咲さんは何故自分が正座させられたか分かっていない様子。


「カナタ先輩もそこに正座してください」


「え、俺も?」


「当然です。はい正座」


 何故だ。母親気取りの花咲さんはともかく、俺が正座させられるいわれは無いはず。だからといって拒否すれば、ゲンコツを放つ気迫がリンにある。花咲さんよりよっぽど母だ。


「まず、そうですね……何故、こうなってしまったんですか?」


 至極当然な問いだ。以前までの花咲さんを知る者なら、誰だって問いたくなる。


 花咲さんは答えようと口を開いたが、すぐに口を閉じ、微妙な表情を浮かべて俺に目を向けた。おそらく、あの雨の日の俺の様子をリンに教えていいかどうか委ねているのだろう。


 正直言って、あの状態になった自分を誰かに知られたくない。恥ずかしさとかではなく、優しくされるのが嫌だからだ。あれは一時の精神不安定から来る異常であり、日常的なものじゃない。それを気に掛けて優しくされるのは、ある種の場違いというもの。


「映画か何かの影響だろ。なにしろ花咲さんは家に引きこもりだ。必然的にこうなる」


「そうなんですか?」


「え? いや、えっと……まぁ」


「……とりあえず、そういう事にしておきましょう。次に、花咲先輩はそのガラガラで何をしようと?」


「だって、赤ちゃんってガラガラであやすものでしょ?」


「赤ちゃんとは?」


「カナタ君の事だよ!」 


 色々と誤解が生まれる発言だ。見てみなよリンの表情。もれなく俺まで異常者扱いしてるよ。


「カナタ先輩。普段、花咲先輩とどういう接し方してるんですか?」


「どういうって、普通だよ。特に変わった事はしてない」


「これが変わってないと? 同級生にガラガラで赤ちゃん扱いされてるのが普通だと?」


「ちょっと待って。勝手に確定させないで。俺は一度だって赤ちゃん扱いされてない」


「そうだよね。まだ、だよね」


 その含みのある言い方をした花咲さんに、若干だがイラッとした。これがタケシなら、顔が腫れるまで張り倒していたところだ。


「……最後の質問です。家事はどうしてますか?」


「家事? どうして家事の事なんか聞くの? まぁ、分担かな。自然とやってるって感じだね」 


「分担? ほとんど俺がやってない?」


「お風呂は私が準備してるよ!」


「風呂だけだろ」


「ぐっ……! あ、あと、ほら! ほら、ね?」


「……花咲先輩。アナタがご両親から酷い目に遭っていたのは知ってます。住む家も、援助してくれる親戚さえいないのも知ってます。だからといって、花咲先輩はカナタ先輩に甘え過ぎです」


「それは……その通りです」


「カナタ先輩。キッチン借りますね」


「え? あ、はい。どうぞ」


 リンはエプロンを着けると、冷蔵庫を開けた。冷凍食品や飲み物といった物で埋められた冷蔵庫には、食材と言われる物は一つも無い。


「花咲先輩!!」 


「は、はい!!」


「メッセージで必要な物を送るので、今から買い出しに行ってきてください!!」


「わ、分かりました!!」


「それじゃあ、俺は荷物持ちで―――」


「カナタ先輩は正座継続!!」


「なんで?」


「いいですか花咲先輩。三十分以内に戻ってきてくださいね。もしも三十分以上掛かったら、先輩とか関係なしに怒りますから」


「三十分って……ここから一番近い所でも、歩いて二十分は掛かるよ」


「誰が歩けって言ったんですか。走って行くんですよ! はいヨーイ、ドン!!」


 熱血コーチが如くリンが合図を出すと、花咲さんは慌てて買い出しに出掛けた。


「リン。ちょっとやり過ぎじゃないか?」


「先輩があの人を甘やかすからですよ。それとも先輩は、ずっとあの人の面倒を見るつもりなんですか?」


「そりゃ、いつかは自立してほしいとは思ってるけどさ」


「なら甘やかすだけじゃなく、適度に厳しくしてください。他人を頼る事が当たり前になってしまっては、自分で自分の事さえ決められなくなりますから」


「厳しく、ね。自分では結構厳しくしてたつもりだったんだけどな」


「それは表面上だけですよ。心を鬼にしなければ。とにかく、花咲先輩が戻ってくるまでの間、僕は他の事をしておきますから」


 そう言うと、リンは一度エプロンを脱ぎ、花咲さんにメッセージを送った後、冷蔵庫の中を整理し始めた。俺の家じゃなくてリンの家に住まわせた方が、花咲さんにとっても良かったかもしれない。


 それにしても、あと三十分か。もう既に足が痺れてきた。  

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