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他人の言葉

 昼休み。俺とタケシが屋上で昼ご飯を食べてるところに、リンがやって来た。


 そのリンの姿に俺もタケシも目を疑った。身だしなみに気を遣ってるリンは、中学の時からだらしない姿を見せた事が無い。そんなリンが、非常にだらしない姿を晒していたんだ。


「どしたリン!? 洗濯機に頭から突っ込んだか!?」


「遂に狂ったか……」


「……今さっき起きて、水を被ってきたんですよ」


「今さっきって……オメェ、昼だぞ?」


「タケシ先輩には言ってませんでしたね。僕、美術室で寝泊まりしてるんですよ」


「え、俺も知らない」


「あれ? 言ってませんでしたか?」


 リンは俺の隣に座ると、ボーッとした様子で空を見上げた。濡れた髪が気になった俺とタケシは何か拭く物がないかと探し合い、一発勝負ジャンケンで負けたタケシの制服をタオル代わりにした。

   

「……臭い」


「我慢しろ。掃除に使う雑巾よりはマシだろ」


「おいコラお前ら好き勝手言いやがってコラ。俺が使ってる柔軟剤は上物だぞ?」


「その上物の柔軟剤がタケシ先輩の臭いに負けてるんですよ……」


「え、俺そんなに臭い?」


「安心しろタケシ。男の臭さは男らしさ。同じ男として、羨ましいよ」


「そんな、褒めたって何も―――え、俺臭いの?」


 それから放課後になるまで、頻りにタケシは自分の臭いを確かめていた。別に気にするほどじゃないし、というか臭いのケアをちゃんとしてるのだから臭うはずがない。


 それでも、他人の言葉で自分を疑うのが人間だ。その事を再確認出来た。なんだか人体実験みたいで面白いな。タケシなら罪悪感も湧かないし、日を置いて別な所を指摘してみるか。


「じゃあ、俺リンの様子見てくるわ。また明日な」


「……なぁ、カナタ。俺って本当に臭いか?」


「めんどくさい。男なら気にせず堂々としろよ」


「じゃあ、お前はどうだ? 俺の臭いが嫌じゃないか?」


「なんだそれ。別に気にするほどじゃない。腐ってるわけじゃあるまいし」


「そ、そっか、ヘヘ! よっしゃ! 今日も部活頑張るか!! そんじゃな!」


 吹っ切れたのか、タケシは笑顔で教室から飛び出していった。誰か一人でも肯定してくれると満足するタイプか。若干のメンヘラ気質だな。


 美術室に行くと、リンが出来上がった絵と向かい合っていた。後ろから絵を覗き込んでみると、前に見た時よりも全体的に質が落ちていた。スランプ、というよりかは、試行錯誤の途中といったところか。


「先輩。どう思います?」


 リンは絵に向かい合ったまま俺に尋ねてきた。


「ペンの試し書きみたいだな」


「テキトーだと?」


「どんな作品にするつもりだったんだ?」


「さぁ」


「なら上手く描けてる。題材通りだ。問題はこれが価値化するほどお前は有名じゃない」


「一応、中学では有名でしたよ?」


「今じゃ埋もれてるよ。コンテストに出してみろ。真っ先にゴミと間違われて捨てられるさ」


 俺がそう言うと、リンは描いた絵を黒で塗り潰し始めた。そうして黒で覆いつくすと、霧吹きで濡らして布で適当に拭いていった。


 すると、黒の下にあった様々な色が朧げに姿を現してきた。それはまるで、暗闇の中で飛び回るホタルの群れのよう。


「マシになったな」


「ええ、そうですね。マシになりました」


「……とりあえず、今日はもう絵描き終了だ。お前の家に行くぞ」


 リンは微笑を浮かべて俺と目を合わせると、胸元を両腕で隠して俺から体を逸らした。いったい何を想像したというのか。


「リン。俺の所為でこうなってるのは重々承知してるが、だとしても寝泊まりしてまでやる事じゃない。ちゃんと家に帰って、せめてもの生活をしろ。このままじゃせっかくの可愛い顔も早々に老けてくぞ?」


「……なら、先輩のお家に行きたいです」


「別にいいけど……今、家にシングルマザーいるから」


「シングルマ―――え? シングルマザー?」


 他人の言葉で自分を疑うのが人間だ。ならば、リンが今の花咲さんに一言二言苦言を呈せば、多少はマトモになるかもしれない。

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