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白衣の彼女は天使か悪魔か

 家庭科の授業では、たまに三階の家庭科室で調理実習が行われる


 今日作るのは、簡単なクッキー。生地を作って、好きな型抜きで形作り、焼き上げる。正しい手順に従えば、ある程度美味しく仕上がるらしい。


「なぁ、カナタ」


「なんだ?」


「自分が食うクッキーを作るのって、虚しいもんだな」


「クッキーに限らず、みんなそうだろ。だからインスタントって物がある。はい、これもう使わないらしいから洗って」


「型抜きの型もハートだったり星だったり。虚しいよ……」


「じゃあ全部丸でいいか?」


「何個かハートにしてよ」


「キモいんだよ。あとちゃんと洗剤使え。水洗いで済ますな。お前ん家の物じゃねぇんだぞ?」


 型抜きを終え、後はオーブンに入れて焼くだけ。他の班では焼き上がりまで袋やらラッピングやらで盛り上がっているが、俺の班は俺とタケシの二人。家庭科に似つかわしくない男二人が袋なんぞに拘るはずもない。クッキーを作れただけでも大したものだ。


「なぁカナタ! このピンクの袋にお互いのメッセージカードを入れて交換しようぜ!」


 クッキーが焼き上がった。出来栄えは良くも悪くも普通。味はクッキーというよりは、非常時に仕方なく食べるような味。甘くなると嫌だからといって、砂糖とバターはケチらない方が良かったな。


 袋に四個ずつ入れ、三袋分出来上がった。


「三つ? もう一袋はリンのか?」


「いや、別だ。俺とリンは今、絶交中だしな」


「お前らが? 珍しいな。じゃあ、それは誰に渡すんだ?」


「弟だよ」


「弟」


「そう。弟」


 放課後になり、帰り道とは逆方向にある病院に寄った。受付の人に病室を教えてもらい、道中にあった販売機からコーヒーの無糖のと微糖のを買っていった。


 病室の扉を開けると、目当ての人物であるアオが窓際のベッドで横になっていた。記憶違いだろうか。アオは腹部をカッターで刺されて入院していたはず。


 だがベッドで横になっているアオは、左腕と頭に包帯が巻かれていた。


「なんで病院で怪我増やしてんだ?」


 アオはドアを背に立ち止まっている俺に気付くと、パッと表情が明るくなり、枕に頭を預けながら安堵のため息を吐いた。  


 ベッド横にある椅子に腰を下ろした後、自販機から買った無糖のコーヒーを開けた。


「微糖ならあるが、飲むか?」


「……久しぶりの見舞いの品が、コーヒーだけか?」


「クッキーもある。しかもお手製だ」


「君が作ったのかい? なら、味は最悪だろうね」


「だからコーヒーを買ったんだよ。ほら、食った後にコーヒーで口直ししろよ」


 家庭科で作ったクッキーと一緒に微糖のコーヒーをアオに渡した。アオは片手でコーヒーを開けようとするが上手くいかず、何度かチャレンジした後、諦めて俺にコーヒーを向けてきた。


 普通に開けて渡す事も出来たが、久しぶりのアオに嗜虐心が湧いてしまう。非力な上に片手が使えない状態のアオの目の前でワザとらしくコーヒーを片手で開けてしまった。饒舌な罵倒を吐かれると思ったが、アオは俺を睨んだだけで特に何も言わず、ため息を吐いて素直に受け取った。


「……それで、今更何で来たのさ?」 


「何でって、見舞いだよ」


「だから今更だよ……まぁ、今だから逆に良かったか」


「どうしたんだ。お前、確か腹の傷で入院してたよな?」


「それは完治したよ。今は見ての通り、左腕と頭の怪我で入院してる。顔が良いってのも考えものだね」


「というと?」


「前に見舞いに来た時、一人の若い看護師とすれ違っただろ。まぁ言ってしまえば、良い仲になってたわけだ。最初こそ互いに良い関係を築けてたんだが、彼女が本気になってしまってね。退院予定の前日。階段から突き落とされた」


「それだけで、そのザマか?」


「君のように丈夫じゃないんだ。不幸中の幸いで、左腕の骨は折れていない。頭からは血が流れたけどね。それで、僕は間違った事をしてしまったんだ。毎日のように会う彼女に情けが働いて、彼女が僕を突き落とした事を隠してしまったんだ。君のように、自己犠牲で終わらせようとしたのさ。ところが彼女は反省するどころか、ますます僕に執着するようになって、今では決まった時間に来ては、恋人のように接してくる」


 会わない間に、アオもアオで女性関係に苦労してたのか。沢山の女性と接してきたアオなら、俺に光明を与えてくれると思ったが。


「……相談相手間違えたな」


「相談? なんだい、君は僕に頭を下げるつもりだったのかい。なら下げろ。今すぐに。君の無様な姿を見られたのなら、しばらくはウキウキだ」


「別に頭くらい下げるけどさ。ちゃんと相談に乗ってくれるか?」


「僕は君と違って誠実な男だ。どんな相談であれ親身に受け止め、適切な言葉を送る事を約束するよ」


「じゃあ、言うけどさ。一つの作品として好きな女性をどうすれば人間扱い出来るようになるかな?」 


「……何を言ってるんだ君は」


「つまり二次元から三次元に引っ張り出したいわけで」


「君の言語化が下手なのか、それとも滅茶苦茶な悩みなのか。どちらにせよ、そろそろ彼女が来る時間だ。また後日来てくれないか? それまでに、少し考えておくよ」


「……本当に考えてくれるのか」


「言っただろ、ちゃんと相談に乗るって。僕は君の事が気に入らないが、一人の人間として好きなんだ。好きな人の相談は尚更真剣に考えるさ」


「そうか……なら、また来るよ。次は事前に連絡する」


「ああ、そうしてくれ」


 椅子から腰を上げ、病室から出ようとした時、ちょうど病室に入ってきた看護師と出くわした。看護師は愛想の良い笑みを浮かべながら俺に軽く会釈すると、アオのもとへと行き、ベッド周りのカーテンを閉めた。


 帰り道の途中、看護師の愛想の良い笑みをふと思い出した。とても階段から突き落とすような人には見えなかったが、愛想の良さだけでその人を判断出来る程、愛想というものは便利なものじゃない。


 困ったな。悩み事を解決する為に行ったのに、逆に悩み事が増えてしまった。

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