1章①
携帯のアラームが鳴るのは6:30。そのアラームに負けじと6:28に目を覚ます。このアラーム競争は1日が始まる中でのささやかなひとときだ。障子越しに入ってくる薄い光が、部屋の空気をゆっくりと温め始めている。閉じかかっている瞼にまるで針を刺されるかのような日差しを浴びるのも日課である。耳をすませば、遠くで鳥の声。それを遮るかのように6:30のアラームが鳴る。
アラームを止め、洗面所へ向かった。鏡に映る自分の顔を眺める。この時間はあまり好きではない。
顔を洗って歯を磨きながら、蓮は心の中で今日の予定をなぞった。学校に行き、授業を受け、昼休みに友達と軽く話して、塾に行く。それを思うとまた眠くなる。でも、その気持ちを言葉にできるような相手も、理由もなかった。
キッチンに入ると、母が味噌汁の蓋を開けたところだった。湯気がふわりと立ちのぼり、リビングに染み付く。
「おはよう。目くそついてるわよ。ちゃんと顔洗ったの?」
母は僕の顔を見るなり少し目を細め言った。
「うん、洗ったよ。」
蓮は短く答えて椅子に座る。
「そんなんじゃ女子にモテないよー。顔だけはいいんだから。」
「綺麗に産んでくれてどうもありがとうございます」
といつも通りの返事をした。
母はいわゆる親バカで身だしなみに関しては特に気にかけてくる。
父は新聞をめくりながら「今日は寒くなるらしいぞ」と言う。父は市役所の公務員で朝も早い。
「あなた、豊を起こして」と、母は味噌汁を盛り付けながら父に言った。
「はーい。起きろーゆたかー。朝だぞ」
と豊が寝ている和室に向かって叫んだ。
「んだよー、起きてるよー。うるさいなー」
豊は逆ギレしていた。豊は小学5年生。いわゆる思春期手前である。
どれもいつもの風景だ。蓮はこの空気が嫌いではない。だけど、自分だけ数ミリ程度ズレた世界で過ごしているような微妙な違和感がある。
それでも蓮は、今日も「何も問題ない顔」をして朝食を終える。
食器を片づけ、鞄を肩にかけて玄関に立つと、皆から「いってらっしゃい」の声が聞こえた。いつも通り「いってきます」と答えた。
家を出ると、外の空気が清々しく広がった。11月半ば、この時期は家の前に聳え立つ山の頂に雪が積もり始める時期である。まるでほこりかぶるかのように白い新雪が積もっていた。
蓮は空気を吸って、学校へと歩み始める。
今日もいつもと同じ朝が始まる。




