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一雫の涙をあなたに

昔に勢いで書き上げていた小話をアップし忘れていたらしい。。。

懐かしい、でも、未だに人気一位なのでは……という二人の超短編。

本編のいつ頃かの話かは読んで頂ければ、分かるかと。

 兄王の戴冠式以来となる正装を脱ぎ捨てて、カイが小さく息をついたのが聞こえる。

 サクラは声を出さないように笑いを零した。

 この方は、ほとほとこういった衣装が苦手なのだ。

 でも、それを今日は自ら望んで身に付けてくれた。

 サクラの大事な大事な親友を、幸せへと導くために。

「カイ様」

 薄い下衣一枚となった夫に呼びかける。

 応えて振り向こうとするのを、それを止めるために大きな背中に手のひらを当てて。

 サクラの望みを察したように止まるカイの背中にトンと額を当てる。

「……今日は、ありがとうございました」

 本当はもっと心をこめて言いたいのに。

 情けなくも、囁くような声になってしまった。

 でも、これでも精一杯で、もう何も言えない。

 だって。

「サクラ」

 カイはサクラの願いを敢えて無視するように、強引に振り返った。

 そして、すぐさまサクラの願いを違う形で叶えてくれる。

 顔を見られたくない。

 そんな願いを、その広い胸へとサクラを引き込むことで、あっさりと叶えるのだ。

 そして。

「泣いて良い」

 何もかも見透かすように。

 言われた途端に、鼻の奥がツンとして、喉の辺りが締めつけられるように痛くなったけれど、それを必死に堪えて。

「……泣きません」

 なんとか、答えたけど。

 ただの強がりだと夫には知れるだろう。

 情けないことに、もう泣いているように声が震えていた。

「大丈夫だ」

 サクラを包むカイの腕にやんわりと力が籠る。

 自らの望んで、カイの胸元に身を寄せながら、きゅっと唇を噛み締めて、目を伏せる。

「どんなに泣いたところで、ホタルには聞こえん……今夜はシキがそんな余裕を与えんだろうからな」

 それが、何を意味しているのか知れて、かあっと頬に熱が敷かれる。

「……カイ様、シキ様みたい」

 一瞬涙が引っ込んだから、頑張ってそんな風に返してみれば、頭上で小さな笑いが聞こえた。

 ほんの少し唇に笑みを戻して、サクラは目を閉じた。

 抱きしめてくれる腕の力強さ。

 同じ人が与えてくれているのが不思議なくらいに、繊細な動きで結い上げられていた髪が解かれていくのを気配で感じ取る。

 トクン、トクンと規則正しく刻まれる鼓動。

 解き終えた髪を、指先が優しく丁寧に梳いてくれている。

 何も、ない。

 幸せなばかりの筈なのに。

「サクラ」

 呼ばれて。

「意地を張るな……泣いた方が楽になる」

 そんな言葉。

 どうして?

「泣きません。だって……」

 どうして、泣く事があるだろう?

 今日は、ホタルの結婚式で。

 ホタルは愛するシキの元へと嫁いだ。

 カイ様が、ホタルの手を引いて、連れて行ってくれたから。

 誰も、きっと、ホタルを傷つけない。

 何も憂うことなんてない。

「泣く理由なんてない……もの」

 言いながら。

 なのに、目頭が熱くなる。

 一度は治まったと思ったのに。

 今度は嗚咽が漏れそうになって。

「そうか?」

 どこか、笑いを含んだようなそれに、ちょっとムッとする。

「そうです」

 だから、短く答えて。

 抱く腕から、身を離そうとしたのに。

「……サクラ」

 髪を撫でていた手のひらが、不意に顎にかかったと思ったら、上を向かされる。

 軍神と呼ばれるに相応しい端正ながらもひ弱さなど微塵もない面が近づいてきて、触れるだけの口づけを一つ。

 どうして、だろう。

 何もかも、望む通りなのに。願ったとおりなのに。

「……寂しいのです」

 気がつけば、そう零れて。

「ああ」

 頷く夫に、これがサクラの内にある想いの名に違いないのだと知る。

 そして、それをカイが受け入れてくれている事が伝わるから。

「カイ様が側にいらっしゃっても……マツリが側にいてくれても」

 甘えて。

「……寂しい」

 言葉に出せば、胸の痛みに涙が零れた。

「ああ」

 剣を握り慣れた武骨な指先が、涙を掬う。

 でも、どんなにカイの手のひらが大きくても。

 その手で、どれほどの者を救ってきたのだとしても。

 今のサクラの涙は、止められない。

「ごめんなさい」

 ハラハラと涙が零れ続ける。

 勝手な涙だと分かっている。

 サクラがカイを選んだように。

 ホタルがシキを選んだ。

 それだけだ。

 なのに、寂しくて、苦しくて、涙が止まらない。

「ごめんなさい」

 これは、カイ様に。

 こんなに、愛してくれるのに。

 こんなに、大事にしてくれるのに。

 それなのに、寂しい。

 なんて、私は欲深いのだろう。

「ごめんなさい」

 これはホタルに。

 ホタルの幸せを願っているのに、嘘はない。

 ホタルの幸せがシキの傍らにある事は分かっている。

 なのに、寂しいと心が軋んで。

 痛くて、涙が止まらない。

「……今夜だけだ」

 カイが言う。

 涙を掬う事を諦めた指先は、手のひらとなって濡れる頬を包んだ。

 促されて背の高い人を見上げれば、軽く目元に口づけられて。

「俺は独占欲が強い」

 そして、胸元へと再び抱き寄せられた。

「お前が他の者を想って泣くのを許すのは……今夜だけだ」

 サクラは頷いて、カイの背に縋った。


 今夜だけ。

 ずっと、共にあった私の半身が、愛する人の元へと旅立った今夜だけ。

 どうか、幸せに。

 そう切に願いながらも、堪え切れない寂しさに、涙を零す事を許して下さい。

ホタルがサクラの婚姻時に葛藤していたように、サクラだってホタルが離れていくことに寂しさを感じる訳です。

カイ様、また、好感度アップだな。

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