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春夏秋冬

「軍神の花嫁」の小話。超短編です。

サクラを攫って来て少し経ったの頃のカイの内面と、結ばれた後の二人の様子をちらりと垣間見る感じのお話です。

ちなみに、この話自体はまったく「R15」ではありませんが、一応全編通しての規制として「R15」を付けました。

「ホタル!」

サクラの声がする。

執務室の窓から中庭を見やれば、花束を抱えたホタルがサクラへと駆け寄っているところだった。

庭師にまとめてもらったのであろう鮮やかな束を、サクラは笑顔で受け取る。

あの侍女が来てから、サクラはよく笑う。若い娘特有の屈託のない笑み。

それは、カイには見せることのない、あの侍女にのみ見せるものだ。

カイが、サクラのために呼び寄せた幼馴染だという侍女ホタル。

サクラに侍女を一人与えるいうのは、早いうちから考えていたことだった。

マアサに告げれば、侍女を束ねる彼女は、ならばサクラと近しい年頃の者がいい、と望んだ。

ここには、サクラの気兼ねない話し相手となる者がいない、というそれはいたく納得のいくものだった。

サクラの話し相手になる者。

サクラを慰め、癒すことができる者。

そういう者が、ここに攫われて捕らわれている娘には必要だろう。

望んだことは、そのままタキにでも伝えれば良いことだった。

そうすれば、タキは然るべき者を準備しただろう。

優秀な側近は、カイの手を一切煩わせることなく、望みどおりの者を手配した筈だ。

だが、カイはそうしなかった。

タキには命じた。

ただし、それは侍女を探せ、というものではなかった。

カイが命じたのは一つ。

オードル家にいた頃、サクラの世話をしていた者を呼び寄せろ。

そう告げた時のタキの顔はなかなか見物だった。

面倒なことを命じられた。

面白いこと命じられた。

そんな感情が、常の無表情に近い意味を持つ微笑みを引きつらせていた。

今だ顔を合わせれば、サクラを返せと迫る姉を宥めるのに、タキがどれほどの労力をかけたのかは知らないが、結局のところカイが懇切丁寧な書面をオードル当主に送ることで決着したようだった。

面倒臭げにペンを走らせる間、タキがこれまた申し訳ないような、それでも、面白がっているのを隠し切れずに見ていたのを思い出す。

自分でも、何故、と思う。だが、そうまでしてホタルを呼び寄せた価値は十分にあった、とも思う。

ホタルを得たことで、サクラはこの檻の中に、心の安らぐ場所を見つけた。

「カイ様?」

呼ぶ声に部屋の中に視線を戻す。シキが、ひょいとカイの横から身を乗り出すように覗いた。

「ああ。奥方と…侍女ですか」

シキは、カイの隣でしばらく同じように庭を、そこで楽しげに談笑する娘達を眺めていた。

やがて。

「奥方を眺めてご機嫌なのは結構ですけどね。続きはこの書類に署名してからにして下さい」

何故か、いくらか不機嫌に紙を差し出した。

カイは書類をチラリと見やり、そのまま動かずに庭先の娘を眺めた。

ホタルと笑い合うサクラ。

随分と楽しげではないか。

宝石ではなく、ドレスではなく。娘が心からの喜びを添えて謝礼を述べたのは、昔馴染みの侍女を与えた時だけ。

それは、確かにカイを満足させた。

何かを与えることでしか娘の健気さに報いる術を知らないから。

何を与えても、礼は述べるものの…それが心からのものだったとしても、そこに歓喜がないことにカイは不満を抱いていた。

だから、これで良い筈だった。

だが、侍女の傍らで、カイといる時とは明らかに違う雰囲気を醸し出す娘に、どうしてか胸が悪くなる。

「お、気がつきましたよ」

サクラの視線がカイへと向けられた。

どうするのかと思ってそのまま眺めていると、娘は少しばかり戸惑うような、それでもカイへと微笑み、膝を折った。

侍女に向けるものとは違う笑み。

カイは軽く頷きを返して、部屋の中に戻った。

この感情はなんなのか。

「カイ様?」

シキが怪訝な様子で、ついてくる。

「署名がいるんだろう?」

ホタルを与えたことは間違えていない。

だが、何かおかしい。

何か気に入らない。

「カイ様…そんなに不機嫌になるなら、署名してから、庭に行って下さって構いませんよ?」

シキの提案は、カイの不機嫌を増長させた。

「なんだ、それは?」

シキは少しカイの顔を眺め

「…いえ、ここに署名です」

と書類を指差した。



「サクラ様!」

年若い侍女が、サクラを呼ぶ声がする。

いつかのように、カイは窓から庭を眺めて、そこに妻の姿を見つけた。

「これでよろしいでしょうか?」

そう言って花束をサクラに差し出すのは、ホタルではない。

一つ前の冬から屋敷で勤め始めた侍女は、サクラよりもかなり背の高い大人びた風情だが、まだ、少女と言っていい年齢の筈だ。

サクラは少女の持つ花束に、幾つかの花を付け加えるように庭師に話をしているようだ。

華奢な指先が望む花を指し、それに庭師が笑顔で答えながらハサミを入れる。

何本かを足して整えると、満足のいく花束ができたらしい。

今日はあの花束がサクラの部屋を飾ることになるようだ。

「サクラ」

ひと段落ついた気配に、窓から呼ぶ。

サクラはカイを見つけると、片手で花束を抱き、片手でドレスの裾を上げて、近づいてくる。

「ご休憩?」

にっこりと微笑みながらの問い掛け。

固い敬語の取り払われて、どれほどの時が経っただろうか。

もし、あの時。

サクラの笑みに目を逸らさなかったら。

今のように呼び寄せていたら。

もっと早く気がついていただろうか。

もっと早く手に入れられただろうか。

カイはふと思い付いて、窓枠に手を付いた。そして、フワリと身体を浮かすと、窓枠を飛び越える。

幼い頃には何度と実行した窓からの脱出は、実に何年ぶりになろうか。

サクラの前に降り立ち、目を丸くしている妻の手を取る。

「休憩だ」

言うと、サクラは微笑んだ。

かつて遠くで眺めた少女の無邪気さばかりが溢れる笑みでない。

男の腕の中で愛でられることを知っている女性の艶やかな笑みだ。

「あちらの木の花がとてもきれいなの」

サクラはカイの手を引いた。

執務室にいたタキが窓から顔を覗かせる。

カイを軽く睨んで

「…休憩には少々早くないですか?」

小さな嫌味を零しつつ。

「マアサに言って、そちらに昼食を準備させましょう…マツリ、いらっしゃい」

マツリは素直な返事をして、サクラから花束を受け取ると、厨房への勝手口へと足早に歩き始めた。

「タキ様、ありがとうございます」

そう言って見せるのは、側近の思いがけない提案に喜ぶ少女の顔。

様々な顔を見せる。

稀に怒りを。

時に涙を。

その全てが愛しい。

その全てがカイに何かを与えるのだ。

そうだ。

変わらず、サクラはカイに与え続ける。



手に入れたのは、平凡な一人の娘の筈だった。

だが、この娘はどれだけのものを、カイにもたらしただろうか。


求めることなどを忘れていた。

癒し。

安らぎ。


失って久しい。

痛み。

切なさ。


「ほら!きれいでしょう?」

手を引くサクラが振り返りながら、鮮やかな笑顔でカイに問いかける。

目の前に広がるのは、見事に花をつけたこの庭の主のような大樹。

淡いピンクの花の洪水。

そよぐ風に降り注ぐ花びら。


見過ごすばかりだった。

「見事だな」


春には花を愛でよう。


夏には木陰で涼を求め、秋には色づく森を歩く。

冬の木漏れ日は、あんなにも暖かい。


「サクラ」

すべては、この娘が。

この娘だけが、与え得る。

そして、また一つ、娘はかけがえのないものをカイに授けようとしている。

「来年はこの花を3人で見るのか」

言えば、微笑みと共に。

「4人で」

まだ膨らみのほとんどない腹部を撫でながら。

カイはその華奢な手のひらに、己の手のひらを重ねた。

「ホタルが…双子に間違いないと」

鼓動が二つ、絡み合うように奏でられている。

そう遠耳の娘が告げた。

「4人か」

来年の花は4人で愛でるのだ。


夏は木陰で涼を求めよう。

秋には色付く道を歩き、冬の木漏れ日の中で身を寄せ合う。

4人で。


「サクラ」

引き寄せて、口付けた。


いずれ戦場に赴くだろう。

血に塗れる日々は、未だそこにある。

嘆きはない。

哀しみもない。

それでも、今は一つの想いがある。

ここに戻るのだ。

この娘の在る場所に。

それだけだから。

それだけが与えられ続ける己が、この娘に与えられるもの。

唯一娘が望むもの。

己の想い。

その証なのだから。

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