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 廃都市エリミオ

 それは、地表に刻まれた巨大な皺のような、死の街だった。かつては繁栄を誇った都市も、今では荒れ果て、長年にわたる腐食と砂嵐によって、ただの記憶の残骸となった。遥か過去、無数の人々の足音が残したであろう軌跡も、すでに風に消え去り、ただ無機質な瓦礫の山と化している。地面には深い裂け目が走り、隙間からは腐った鉄と焦げたコンクリートの残骸が顔を出している。今、ここに生き残っている者はほとんどいない。人々はドーム都市内でしか生活できず、外の環境は人間が生きる場所ではないのだ。


 それでも、カナンは迷わなかった。

 カナンの操縦桿が微妙に震える。まるでトリリティが意思を持ち、パイロットの動きを感じ取っているかのようだ。彼はコックピットの前方に広がるホロガイドを眺めながら、無言で進行方向を確認した。画面には、崩れかけた都市の地図が表示され、複雑に折れ曲がった道が見て取れる。それでも、トリリティは迷うことなく、前進していく。


「座標、誤差三メートル以内」

 後席のナギが無機質な声で言った。

 カナンは頷きもせず、前方に目を向ける。荒れた地面の上に、トリリティの履帯脚がスムーズに滑る。足元のスキー状の展開部が、障害物を避けるように動き、次々と複雑な地形をいなしていく。


 「センサー、過去構造体に反応……熱源なし」

 ナギの声にわずかな迷いが含まれている。


「けど、何かが動いてる」

 その一言が、カナンの耳に引っかかった。無意識にカナンは、トリリティの操縦桿をしっかりと握り直す。彼の心の中で、違和感が広がる。だが、それは決して明確ではなかった。ただ、何かが胸の中でザワついているような感覚がした。


 突然、トリリティのシステムに微細なノイズが走った。

 カナンはその変化にすぐに気づく。


「おい……今、勝手に」

 彼は操縦桿を強く握り、トリリティの反応を確かめる。だが、機体は意志を持っているかのように、わずかに右に傾いた。カナンが更に手元を操作しようとした瞬間、画面上に警告が現れた。


《NEISリンク:共鳴異常(sync offset)》


 それは、通常ではあり得ない現象だった。

 トリリティのシステムに、何かが“干渉”している。それは明確に反応していた。今まで感じたことのない、未知の感覚がカナンの背筋を走った。彼は深く息を吸い込むと、すぐに心を落ち着けようとした。


 「ナギ、今の感じ、何だ?」

 カナンは、ほんの少しの不安を隠しきれずに言った。


 「わからない。ただ、トリリティが何かに……反応してる」

 ナギが静かに答える。だがその口調には、明らかに動揺がにじんでいた。


 その時、トリリティが再び反応を示した。

 画面に次々と警告が現れる。

 《同期反応──古代機構との接触》。

 その言葉がカナンの脳裏をかすめ、彼はもう一度操縦桿を握り直した。


 「まさか……」

 カナンはつぶやいた。

 トリリティが示したその場所こそ、過去に封印された機構の遺物が眠る場所であり、伝説とも言える“棺”がその中に埋もれていることは、噂でしか聞いたことがなかった。


 カナンの心臓が速く鼓動し、血液が一気に体を巡るのを感じた。すべてが急激に加速したような感覚だ。


 


「接近反応! 熱源、5時方向。敵機、複数確認」

 ナギの声が、突如として冷たく鋭く響いた。


 カナンは視線をホロに移し、焦点を合わせる。

 敵機が現れる前に、彼はすでにトリリティの操縦桿を操り、次の動作を準備していた。画面の外側から、鋼鉄のフレームを持つ装甲機が姿を現す。それは、荒れ果てた都市の隙間から現れた、過去の遺物――ドームバンディッツ。


 その機体は、かつての戦争の名残を感じさせる粗雑で重厚な作りをしていた。武装は、旧世代のレールガン。火器を使っていくつかの廃墟を破壊し、近づいてくる。


 『そいつ、寄越しなサルベージャーども!』

 通信帯に、不快なノイズとともに歪んだ声が響いた。


 その瞬間、カナンの脳裏に浮かぶのは、過去の戦闘の記憶だ。敵がどれほど執拗に追いかけてきたか、どれほど必死に生き残るために戦ったか……だが、今は違う。彼の手元にはトリリティがあり、敵を撃退する力がある。


 「来るぞ、ナギ。準備してくれ」


 トリリティはその命令に従い、冷徹に動き出す。

 カナンが操縦桿を引くと、トリリティは荒れた地面を蹴り上げ、敵に向かって走り出した。履帯のスキー状の脚部が、砂の上を滑るように走り、敵の視界を突き、素早く接近する。


 トリリティが再び機動を始めた時、その全身が強烈に輝き、機体内部の神経回路が活性化する。

 その反応は、カナンの意図よりも素早く、鋭く、そして正確だった。敵のレールガンが弾を放つ間もなく、トリリティはその動きを予測し、上空に急上昇する。

 だが、敵は無駄な反撃を試み、次々にレーザー砲を撃ち続ける。


 「しつこい連中だ」

 カナンが冷静に呟きながら、操縦桿をしっかりと握り直す。

 その時、トリリティが素早く目標を補足し、反撃を開始する。機体の砲門が開き、巨大なエネルギー弾を放った。


 弾は鋭い閃光を放ちながら敵機に直撃する。爆風が周囲を巻き込み、敵機の装甲が一瞬で焼け焦げ、機体が真っ二つに割れる。


 「ナギ、次だ!」

 カナンはもう一機の敵を標的にして、トリリティの加速をかける。残りの敵機は、もう反撃の暇もなく、トリリティの攻撃を受けて次々と無力化されていく。


 爆風が広がり、敵機の一体が空中で解体され、周囲に煙と残骸を撒き散らす。残りの二機は動きを止め、爆風に包まれた。


 その後、しばしの静寂が訪れる。トリリティはその場で停止し、戦闘態勢を解く。

 ナギの声が響く。


「敵機、完全に無力化。ターゲット消失。」


 カナンは操縦桿を引き直し、静かに答えた。


「終わったか……」


 廃都市エリミオ

 そして、トリリティの記憶の扉が、少しずつ開かれていく。

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