第8話 影と光の交錯《シャドウ・クロッシング》
隊長が、不敵な笑みを浮かべながら俺を見据える。
「俺は元自衛隊、第一空挺団のエース。特にCQB(近接格闘術)じゃ誰にも負けたことがない。お前、格闘戦は素人だろ?動きで分かる」
第一空挺団て、“狂ってる団”とか言われてた超人部隊じゃん。しかもエースって……やばいだろ!
「都合が良いことに、ドローンからここは見えていないようだしな」
そう言うと、隊員たちが白石アキラを立たせて、その喉元にコンバットナイフを突きつける。
「もし炎を使えば生徒会長とやらは酷い目に遭う。つまりここからは肉弾戦のみ……意味は分かるな?」
そう言うとにやりと笑う。
「白石が人質じゃどうしようもないな」
「やばいんじゃね?あの黒仮面、体型は俺らと変わらないぞ」
「格闘戦は素人じゃプロには絶対勝てないっていうしな」
「ていうかこの条件はズルくね?」
戦いを見つめる生徒たちも同様しながら息を呑む。
すると隊長が勝ち誇ったように言う。
「ヒーローってやつは不便だな。大抵このパターンでピンチになる」
「だが、結局勝つのがヒーローだろ?」
「アニメならな!これは現実の戦いだ、クソガキ」
隊長が笑う。
たしかに、普通のヒーローなら、こういう状況は”詰み”だろう。
味方が人質に取られ、炎の能力が封じられ、相手は異星人製の無敵バトルスーツを着込んだ格闘のプロ。
常識的に考えて、まともにやり合ったら勝ち目はない。
だが——
「フッ……“現実の戦い”ねぇ」
俺はゆっくりと口元を歪め、仮面の奥で笑った。
「お前らは——大きな勘違いをしてる」
隊長が目を細める。
「何?」
俺は、軽く肩をすくめながら答えた。
「俺の戦いは、最初から”現実”じゃねぇんだよ」
その瞬間——
「——黒焔解放」
ゴォォォォォッ!!
漆黒のオーラが全身から溢れ出すと、幻影の様な黒い翼が俺の背中に現れる。
「なっ……!?」
隊員たちが後ずさる。
俺は両手と翼をゆっくりと広げた。
その姿はまるで”黒炎の翼”を纏った天使のようでもあり、悪魔のようにも見える。
さらに、漆黒の焔が俺の身体を覆っていく。
「目に見えるものだけが真実じゃない」
俺は静かに呟く。
——ドンッ!!
次の瞬間、隊長の足が地面を蹴ると同時に、まるで銃弾のような速さで俺との距離をゼロにする。
(は、速っ!!)
目にも止まらぬ動き——まさに”プロの戦場技術”だ!
「甘い!」
バゴォッ!!!
俺の視界がブレる。
(……ッ!?)
隊長の拳が、俺のガードを超えて腹にめり込んでいた。しかし漆黒の焔がダメージを吸収、痛いっちゃ痛いが耐えられる。
続けざまに肘打ち、裏拳、膝蹴り——そのすべてが、超近距離で最適な角度から叩き込まれる。
これってあのゲームのまんまじゃん!……“ガチのCQB(近接格闘術)”!!
「ほう耐えたか……体は頑丈なようだな」
隊長が冷笑する。
「だが、次は……関節は耐えられるか?」
隊長の動きが変わった。
(この動き……サブミッションか!掴みにくる!?)
ガチの軍人は、長々と打ち合ったりしない。
素早く崩して、確実に相手を拘束——あるいは即死させる。
(サブミッションはやばい、さすがに詰むぞ……!?)
——いや、待て!
こういう状況……俺は何度も経験してるじゃないか。
ゲームの中で!!
格闘ゲーム、ステルスゲーム、FPSのナイフ戦……
俺は”画面越し”とはいえ、数え切れないほどの戦闘を経験してきた。
(相手がどう動くか……次に何をするか——全部、もう知ってる!!)
そう意識した瞬間、隊長の動きが、俺の”ゲーム戦闘データ”と完全に一致した。
(来るぞ……! “組み技”と見せかけてからのテイクダウン、そして——!)
隊長の腕が、俺の首を掴みにくる——
その瞬間!
俺は、わざと隊長の腕に自分の体を預けるようにし——
一瞬、重心を消した。
「……何っ!?」
隊長の腕が空を切る。
その隙に、俺の足が隊長の足下へと滑り込む。
「小キック!からのー
コンボ◯竜けーーーん!」
地面を蹴り上げ上昇する俺の拳が、隊長の顎を撃ち抜く!!
——ドゴォォッ!!
「……ぐっあ!!?」
そして隊長の体が大きく吹っ飛ぶ。
「な、何が起きた……!?」
タイタンズの隊員たちが叫ぶ。
「た、隊長が……CQBで撃ち負けた!?」
俺はゆっくりと着地しニヤリと笑った。
「貴様……格闘経験者か!?」
「……フッ、“経験”ってのは、現実だけのものじゃないぜ?」
隊長が苦悶の表情で立ち上がる。
「……訓練された動きだけじゃない…… 何で学んできた……!?」
俺は指をポキポキと鳴らし、ニヤリと笑う。
「“1000時間の格ゲー”と、“2000時間のステルスゲーム”だ」
「え……なんて!?」
「俺は選ばれし者……『想像出来るものは、実現出来る』……だよなぁ白石アキラ」
俺の言葉を聞いた白石は一瞬驚きつつも、ニヤリと笑って頷いた。
「だが、このスーツを破れぬ限り貴様に勝ちはない。今の技は見切った。二度目はないぞ」
ダメージを感じさせず強気に叫ぶ隊長。
その瞬間、俺の右手から漆黒の炎が燃え上がる——!
「おっと破壊の炎はなしだ!」
そう言うと隊員は、白石の喉元にナイフを押し付けた。
その瞬間——生徒会長・白石の周囲の時空が”歪んだ”。
「な……っ!? こ、これは……!?」
隊員たちが混乱する。
「なぜ俺たちの手の中から……!!」
彼らが捕らえていたはずの白石の姿が、“スッ”と消え去る。
「……お前たちは”現実”に縛られすぎている」
俺は静かに呟く。
「相手を誰だと思っているのかしら」
アマデルが屋上から微笑む。
「彼は”黒翼の使徒”なのよ」
白石の身体は、すでに校舎の屋上、アマデルの隣に転移していた。
「こ、こんなバカな……!? いつの間に……!!」
隊員たちは呆然とする。
「——これで俺は、遠慮なく戦えるってわけだ」
隊長の顔が一瞬、険しくなる。
「……なるほどな、だからお前は最初から余裕だったのか」
「さあ、覚悟はいいか?……ヒーローといっても俺は、立ちはだかる敵には容赦しない“黒翼の使徒”だ」
ていうか、そういう設定だ!
「なあ、ここの様子は本当に奴らから見えてないのか?」
「ああ、ドローンからはいつもと変わらない高校の風景が見えてるはずだ」
すると隊長はドカリと地面に座り天を見上げた。
「分かった!俺の負けだ、もう好きにしろ」
「はあ?」
あまりにあっさりとした敗北宣言に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
タイタンズの隊員たちも困惑しながら、それぞれ武器を地面に置いていく。
それでもなお、校庭には戦いの余韻が漂っていた。
だが、俺の目の前にいるタイタンズの隊長は——地面に座り込み、天を仰いでいた。
「俺たちタイタンズは、元自衛隊員。支配者との戦争で敗北した……敗残兵だ」
「それは……自衛隊に限った話じゃないだろ」
「……ああ、だが俺たちは、従うふりをしながらずっと反撃の機会を伺っていた。——あの人のおかげでな」
俺は警戒を強める。
「でも……お前ら、俺を捕まえて支配者に引き渡そうとしてたよな?」
「表向きはな……だが、俺たちの目的は逆だ」
すると隊長はゆっくりとこちらに顔を向けると、低い視線から俺をじっと見据える。
「お前の能力は……人間の領域じゃねえよ……」
体調はやや疲れたような口調で呟く。
「……あの人が、お前に興味を持つわけだわ」
「あの人?」
俺は眉をひそめる。
隊長は、俺を見上げながら苦笑した。
「試すようで悪かったな。あいつらより先にお前を確保したかったんだ」
するとタイタンズの隊員達も隊長と同じように地面に座り込む。
「イマジナリー・ヒーロー……お前に、いや君に、会って欲しい人がいる」
「お前が"ナイトフォール"に来るに足る男か、試す必要があったんでな」
「ナイトフォール……?」
俺は思わず息を呑む。
都市伝説レベルで噂されている"反逆者の隠れ家"……
人類が支配者に屈したこの世界で、未だにレジスタンスを続ける者たちの"最後の砦"——それがナイトフォールだ。
「信じるかどうかはお前次第だが……ここに留まっていても、いずれ危険が訪れるぞ?」
俺はじっと隊長を睨みながら、考え込む。
(ナイトフォール……タイタンズは、本気で俺を仲間にしようとしているのか?)
俺が沈黙すると、隊長はフッと笑った。
「お前……本当の名前は?」
「……名前?」
俺は一瞬、生徒たちの視線を意識する。
やばい、ここで本名を名乗るわけにはいかない。
「俺は——妄想英雄……であり、黒翼の使徒。それ以上も以下もない」
キリッと決める俺。
隊長は、目を丸くした後——
「ハハハ! そうか、そうか!」
豪快に笑った。
「まあ、お前にも事情があるんだろう。分かったぜ、イマジナリー・ヒーロー」
隊長は立ち上がり、手を差し出す。
「……城ヶ崎 ガイだ」
「……ガイ」
(なんか……かっこいい名前じゃないか!)
俺は一瞬ためらったが——ガイの手を握り返す。
タイタンズが撤退の準備を始める中、ガイは俺の肩を軽く叩いた。
「イマジナリー・ヒーロー、お前にはいずれ、俺たちが何と戦っているのかを知ってもらう必要がある」
「……どういう意味だ?」
ガイは一瞬だけ視線を遠くに向けた後、ゆっくりと口を開く。
「俺たちはな……かつて日本を守る最後の砦だった」
その声には、どこか遠い過去を振り返るような響きがあった。
「自衛隊が支配者に敗れた時、政府はすぐに降伏した。残された選択肢は、服従か、死か……だが、俺たちはそのどちらも選ばなかった」
ガイの拳がギリッと音を立てる。
「戦争が終わった直後、俺たちのような反抗分子は排除される運命だった。『日本の治安維持のため』って名目でな。……皮肉な話だよ。外敵を防ぐはずの軍が、最後には“自国の秩序”を守るための生贄にされるんだからな」
彼の言葉には、静かな怒りが滲んでいた。
「……それで、お前たちはナイトフォールに?」
「いや、最初からナイトフォールがあったわけじゃない。俺たちは逃げ場もなく、各地を転々としていた。だがある時、”あの人”が俺たちを拾ってくれた」
「”あの人”って……何者なんだ?」
ガイはニヤリと笑い、俺をじっと見据える。
「今はまだ教えられねぇ。だが”あの人”は、お前と『同類』とだけ言っておく——ナイトフォールに来れば分かるさ」
(俺と『同類』……?)
俺はガイの言葉に違和感を覚えながらも、詳しく聞き返すことができなかった。
「お前が持ってるその力……いや、まあそれも”あの人”から聞く方がいいだろう」
「そいつは、俺みたいな力を……使える?強いのか?」
俺は……思わず拳を握った。
この妄想を現実にし、支配者の技術すら破壊するこの力と『同類』ってことは……もし戦えば俺が勝てる保証はないってことだな。
考え込んでいる俺を見て、ガイは肩をすくめる。
「まぁ、お前がどこまで理解してるかは知らねぇが……ナイトフォールに来れば、少なくともその疑問は解決できるだろうぜ」
俺は言葉を失った。
ナイトフォール——ただのレジスタンスの拠点じゃない。
俺の“力”の秘密に関わる何かが、そこにある……?
「……行くよ、ナイトフォールに」
「決まりだな」
ガイは満足げに笑い、俺と握手を交わす。
「楽しみにしてるぜ、イマジナリー・ヒーロー」
その言葉が、俺の中で妙に意味深に響いた——
「……後日、ナイトフォールに行く。約束する」
「それでいい。じゃあ後日、迎えを送る」
握手を交わす俺たち。
タイタンズの隊員たちはそれを見届けると、静かに撤退を開始した。
その様子を眺めていた生徒たちはざわつく。
「妄想英雄、マジでヤバかった!」
「あの黒炎カッコよすぎだろ!」
「盾を粉砕した瞬間、鳥肌立ったわ!」
興奮冷めやらぬ生徒たちが歓声を上げる。
俺はそのまま校庭から姿を消した。
仮面の正体はバレていない。
——ただ、一人を除いて。
(続く)
ただ一人を除いて……
よく考えたら二人なんだけど、このほうがセリフ的にカッコいいので深く考えないことにしましょう。