第7話 妄想英雄《イマジナリー・ヒーロー》
校庭では、数人の教師と白石が、支配憲兵隊と対峙していた。
「私は生徒会長の白石アキラだ。警察でもないあなた達に、強制捜査の権限などないはず。早々にお引き取り願いたい」
静かながらも鋭い白石の声が響く。
しかし、タイタンズの隊長らしき男は鼻で笑った。
「フン……支配者からの調査依頼は、すべての権限を超えるというのが常識だ」
「法治国家において、憲法、すなわち法を超える権限など存在しない」
白石が冷静に返す。
「法治だと? そんなものはとうの昔に形骸化しているだろう」
隊長はあざ笑うように言った。
「法も、軍も、科学も——すべては支配者にひれ伏したのだ」
すると、タイタンズの隊員の一人が囁くように言う。
「隊長、この学生……最近話題の超天才、アキラですよ」
隊長の目がぎらりと光る。
「ほう……お前が、あのアキラか。100年に一度の天才らしいな……」
「……それが、何か?」
「もはや役に立たない人間の科学を極めて、何の意味がある?」
隊長は嘲笑を浮かべる。
白石は一瞬、無言になった。
だが、すぐに静かな声で答えた。
「どんなに馬鹿にされようとも、私は科学を追求し続ける。そしていつか、支配者を超えてみせる」
隊長は一瞬、驚いたように眉を上げた。
次の瞬間、腹の底から嘲笑が響いた。
「ハハハハ! 何を寝言を言っている?」
「支配者を超えるだと?笑わせるな! そんなことは不可能なんだよ」
「お前、本当は馬鹿だろ?」
嘲笑が広がる中、白石は揺るがなかった。
「笑われようと、私は、人間の科学が、支配者を超える未来を想像し続ける」
「……は?」
「想像できるものは、必ず実現できる。それが——人間だ!」
(……っ!?)
俺の胸に、熱いものがこみ上げた。
(こいつ……まるで、俺じゃないか)
異星人の支配を認めず、"選ばれし者"の設定を妄想し続けてきた俺。
科学を諦めず、未来を信じ続ける白石。
天才でエリートで生徒会長で、俺と住む世界が違う人間だと思っていたけど、根っこの部分は俺と同じじゃないか——
選り好みせずに話してみたら、案外あいつと友達になれたりするのかもな。
——その時だった。
隊長の目が鋭く細められる。
「なるほどな……その反骨、いや、反抗心……どうやら、お前が怪しいな」
隊長はニヤリと笑い、手を振り上げた。
「こいつを連行しろ!」
「待て!ドローンを破壊したのは私じゃない!」
白石が叫ぶ。
だが、隊長は薄笑いを浮かべながら、冷たく言い放った。
「……そんなことはどうでもいい」
「支配者なら、脳を調査すればすべて分かるからな」
白石の腕が、タイタンズの隊員にねじ伏せられる。
「くっそ……なにもかもが理不尽だ!」
地面に顔を押し付けられた白石が、悔しそうに歯を食いしばる。
……ここで黙って見ているのか? 本当にいいのか?
その時、俺の拳が、無意識に強く握り締められた。
気がつくと俺は廊下に飛び出し、階段を駆け上がっていた。
——屋上へ!
屋上のドアに辿り着くが、当然に施錠されている。
俺はドアに手をかざすと「強制開錠」と叫ぶ。
するとカチリと錠が外れドアが自動ドアのように開いた。
風が吹き抜ける屋上。
校庭を見下ろすと、白石がタイタンズに引きずられそうになっている。
俺は、すぐそばに佇むアマデルに視線を向けた。
「……おまえ、精霊の帷を使えるよな?」
「もちろん、シン。学校ごと隠しますか?」
「頼む……俺が出ると同時に、学校全体をドローンから隠してくれ!」
「容易いことです」
アマデルが微笑むと、彼女の周囲に柔らかな光が満ちる。
俺は、ゆっくりとメガネを黒い仮面に変えた。
「……よし、行くか!」
屋上の手すりに足をかけ、校庭へと飛び降りる。
「反重力フィールド、展開——!!」
俺の体が、重力の呪縛を解き放たれ、ふわりと宙を舞う。
ゆっくりと降り立つ俺を、タイタンズたちが見上げた。
同時に、アマデルのスキルが発動し、学校全体が光学迷彩のような半球に包まれる。
これで誰にも、外からは見えない。
俺は静かに、タイタンズの隊長へと視線を向けた。
「なあ……探しているのは俺じゃないのか?」
俺はゆっくりと足を踏み出した。
校庭の中央——タイタンズの隊長と、その配下が俺を取り囲む。
彼らの顔には、自信と余裕の笑みが浮かんでいた。
(……わかりやすいな)
これは完全に、"獲物を仕留める前のハンター"の顔だ。
俺がここに来るのを計算していた……つまり、
罠だ。
「貴様が“仮面の男”か」
隊長が冷笑を浮かべながら、銀色の盾を構えた。
「バカなヤツだ。わざわざ出てくるとはな」
……と、次の瞬間。
——ドゴォォォォォン!!!
校庭の地面が炸裂した。
(対人クレイモア!)
俺の足元を中心に、強烈な衝撃波が四方八方に広がる。
威力は抑えてあるみたいだったが、まともに喰らえば動けなくなっていただろう——だが。
俺は、爆発の直前にふっと後方に跳躍し、まるで"爆発を予知していた"かのように軽々とかわした。
「……貴様どうやって……!?」
動揺する隊員たち。
「フン……仕掛けが“単純”なんだよ」
俺は余裕の笑みを浮かべながら、彼らを見下ろした。
「俺は常に"闇の勢力"に命を狙われている。罠があることくらい……常日頃警戒しているのさ」
そういう設定にしといて——良かった!
毒針の罠、落とし穴、爆裂魔法陣——俺はあらゆる暗殺を想定し、"逃れ方"を学校の行き帰りや休日の散歩中も、日常的に罠をくぐり抜けるシミュレーション(妄想)をしていた。
よって罠なんて……あるのがディフォなわけよ。
屈強な隊長らしき男が、観察するような目で俺を見る。
「本当にドローンを破壊した本人か?……とりあえず名を聞かせてもらおうか」
「俺は、俺の名は……」
やばい、まったく考えて無かった。
まさか本名を名乗るわけにもいかないし、どうする、どうしよう。
俺は静かに右手を掲げる。
「——炎滅爪!」
すると、俺の腕を中心に黒炎がうねるように広がり、巨大な爪の形状を作り出した。
「我が名は『妄想英雄』……この世界を救うため、闇を葬るため、深淵より蘇りし者だ」
「イマジナリー……ヒーロー?」
隊員たちは息を呑んだ。
そして黒き炎の爪が、まるで生き物のように蠢きながら、俺の周囲を覆っていく。
その圧倒的な威圧感に、誰もが一歩後ずさった。
「こ、こいつ……なんで大袈裟に演技がかった話し方をするんだ!?」
動揺する隊員たちを見て、隊長が苛立ったように叫ぶ。
「貴様!何かを演じて、正体を隠しているんじゃないのか?」
(あったりまえだろ……正気でこんな言動できるかよ)
内心で呟きつつ、俺はさらにオーバーアクションな演技を加えた。
「フフ……俺は“選ばれし者”という正体を隠し、常に孤独と戦ってきた……」
そう言いながら、ゆっくりと一歩前へ。
「この右腕に刻まれた黒焔の呪い……破滅の力、貴様らの矮小な盾で防げると思うなよ?」
俺は炎滅爪を奴らの盾にぶつけ、炎を纏わり付かせる。
「バカめ……! これは支配者から与えられた絶対防御の盾だ!人間には決して壊せない」
隊員たちは、余裕の笑みを浮かべながら盾を構えた。
だが——
「 ——爆裂!! 」
ドゴォォォォン!!!!
俺が叫んだ瞬間——
すべての盾が爆裂し、粉々に砕け散った。
「なっ……!? た、盾が……消し飛んだ……だと……!?」
驚愕する隊員たち。
(やったぞ!……やっぱり妄想攻撃なら支配者の武具も壊せる)
「……焦るな」
突然、隊長が静かに笑い始めた。
「どうやら、貴様……普通の人間ではないようだな」
そして、ゆっくりと服を脱ぎ捨てる。
「……なっ!?」
現れたのは——全身を覆う異星人製のバトルスーツ。
「これはドローンや盾とは比較にならない強度を持つ、支配者の戦士用スーツだ」
「ふっ……捕えよとの命令だったが、気が変わった」
隊長は不敵に笑う。
「お前は、ここで潰しておく」
「……!!」
——続く