第5話 孤高の勇者《ワン・オブ・ザ・ボッチ》
俺は登校する支度を済ませ、バイザーを地味なメガネに擬態させると、鞄を肩にかけて玄関を出た。
「……うわ、雨かよ」
空はどんよりとした灰色に染まり、小雨が降りしきっていた。
地面には無数の雨粒が弾け、アスファルトの反射がぼんやりと揺らいでいる。
傘を持って出るのも面倒だ。
……なら、試してみるか。
「天候操作!」
俺は軽く手を掲げ、"空を晴れにする"イメージを思い浮かべた。
──が、何も起こらない。
(やっぱりな)
天気を自在に操る力なんて、俺の妄想リストにはなかったからな。
こういう『その場の思いつきで考えた現象』は、いくら願ってもやっぱり起こせないのだ。
だが──俺が雨の日にいつも妄想していたことなら?
俺は目を閉じ、幼い頃から何度も思い描いてきた"ある妄想"をイメージする。
「反重力フィールド、展開──」
瞬間、俺の周囲に目に見えない空間の揺らぎが生じる。
そして、降り注ぐ雨粒が、俺の頭上でぴたりと静止した。
それはまるで、透明なドームのように俺を包み込み、『俺が歩く場所だけ濡れない"空間のトンネル"』を形成していた。
俺はそっと手を伸ばし、指先で空中に浮かぶ雨粒をなぞる。
すると、表面張力で膨らんだ雨滴が、ゆっくりと弾ける。
「おお……できた!」
小学生の頃から俺はよくこの妄想をしていた。
「もし俺が雨に濡れないフィールドを作れたら、傘なんていらないのに」と。
具体的に何度もイメージしたとはいえ、あれはただの空想だったはず。
だが、今──現実になった。
なんという快感だろうか。
試しに、一歩踏み出してみる。
すると、俺の移動に合わせて"反重力フィールド"も動き、相変わらず俺は濡れないままだった。
「ふっ……完璧じゃないか"反重力フィールド"」
さらにもう一つ、昔から妄想していた「アレ」を試してみたくなった。
「俺が歩く先で、信号がすべて青になる──」
すると……俺の妄想の指示に応じ、目の前の交差点の信号機が、俺が渡るタイミングに合わせてすべて青へと変わる。
突然の青信号に困惑する車や歩行者を他所に、一切立ち止まることなく平然と歩く俺。
って、なんかこれカッコイイじゃん……
「ふっ……誰も俺を阻むことは出来ない」
これだよぉこれ!……外を歩く度に何度も妄想してきたことが、現実に起こせてる。
やはりこの力は──
俺が繰り返しイメージしてきた妄想ほど、確実に具現化できるんだな。
しかし、俺が歩き続ける中、突然──
ズキンッ!
右腕に、鋭い痛みが走った。
見ると、右手の甲に"異形の刻印"が光を帯びて浮かび上がっている。
──これは、俺の中に眠る"漆黒の力"が超覚醒を求めている兆し……(の設定)!
俺は、物心ついた頃から"右腕に封じられた破壊の力"の妄想は欠かさず続けてきた。
右手首に巻いたリストバンドの"封印"によって抑えられている(風呂でも外さないこだわり)……もしこれを外したら全身に超常的な力が駆け巡り、壮絶なパワーが発動する(ことになってる)。
「まさか……この"抑制装置リストバンド"が、本当に役立つ日がくるとはな」
もし、ここで封印を解いたら実際どうなるんだろう──
正直言って俺自身、この力を制御できるかどうか分からない。
もし暴走すれば、この世界すら破壊しかねない。
とまぁ、設定上はそうなっているんだが……まさかこの力も本当に具現化されている?
「いや、さすがにそれはないだろう……」
とはいえだ、念の為に封印の扱いには慎重になった方がよさそうだ。
(そういえば他にも封印している設定の能力があったよな)
そんなことを考えていると──
「やっと見つけましたよ『黒翼の使徒』」
突然、どこからともなく響く、透き通る声。
なんか聞き覚えあるような……
ハッとして顔を上げると、そこには──
長いツインテールの銀髪をたなびかせ、青紫の瞳を輝かせた少女が立っていた。
透き通るような白い肌に、儚げな雰囲気をまとった美しい顔面。
しかも彼女の背には──透明な羽のような光のエフェクトが浮かんでいる。
「わたくしは精霊アマデル。今日からあなたの従者として、闇の組織を倒し世界を救うお手伝いをさせてください」
……またコイツか。
「精霊アマデルよ、何度も言わせるな……俺は力を封印し、人間として普通の日常を生きているのだ。時が満ちるまで、お前に協力するつもりはない……」
こいつは俺が幼い頃から"設定"していた、闇の組織と戦う勇者を探しているという光の精霊アマデル。
何度も俺のもとに現れては(妄想の中で)協力を求めるので、それを断るまでがいつものルーティンなのだ……
──いや、ちょっと待て。
おい。
おいおいおい。
「え?精霊アマデルが本当に……居る?」
「私はいつも側に居るではないですか」
だめだ、俺の妄想と現実との境界が崩れかけている。もはや自分でもどこまでが妄想か現実か自信がなくなってきた。
「ていうか、なんでうちの制服着てるの?まさか一緒に登校するつもりか?!」
「はい、従者として目立たぬよう生徒に偽装してまいりました」
そう言うとアマデルは貴族の挨拶のごとくスカートを両手で持ち上げ深々とお辞儀した。
こんな、いかにも厨二病な美少女キャラを学校に連れていけるわけないだろ……
「とりあえず、俺に構うな」
そう言ってアマデルを無視し、学校に向かうが……彼女は後をぴったり付いてくる。
「ついてくるな!」
俺は全力でダッシュした。
こう見えても足の速さには自信があるほうだ。
こんなチビガキみたいな女子なら余裕で撒ける……はずだった。
「始業時間までまだ7分あります」
「はあはあ……そ、そうだな……」
俺は逃げるのを諦め、精霊アマデルと一緒に登校することにした。
ええい!もうどうにでもなれ。
高校の門をくぐると、すでに周囲の視線が俺たちに集まっていた。
なぜなら——銀髪の美少女アマデルが、まるで女神のように微笑みながら俺の隣を歩いているからだ。
しかも、背中には半透明な光の羽。
さらに、傘をささずに雨にも濡れていない俺と並ぶ姿は、完全に異様な光景だった。
「おい、妄想の神崎が……銀髪の美少女を連れて歩いてるぞ」
「なんか背中の羽が光ってないか? もしかしてコスプレイヤー?」
「ていうかあいつ、傘さしてないのに濡れてなくない? 」
「ほっとけよ、神崎に関わると変人の仲間だと思われるからな」
そんなヒソヒソ声が四方八方から聞こえてくる。
無視して歩く俺だが、確かにこれは目立ちすぎてヤバい。
「『黒翼の使徒・シン』、貴方は静かに暮らしていると言ってましたが……かなり注目されてませんか?」
「俺にも原因はあるが……主にお前のせいだから」
「え? 私のせいですか?」
「そうだよ! ていうか、その羽は隠せないのか? 目立って仕方がないんだが」
「光の羽は精霊の誇り、隠すようなものではありませんので」
あーこいつ……めんどくせぇ。
でも周りからみたら、こいつみたいに俺も『めんどくせぇ』奴なんだろうな……そりゃ”ぼっち”だわ。と自分を戒めながらのため息をついていると、アマデルはくすっと微笑んだ。
「ご安心ください、マスター・シン。私の存在が目立つのは一時的なことです。いずれ、この世界は貴方を中心に動くのですから」
「いや、その未来はねぇよ」
とりあえずこいつには全く話が通じない。
……うん、なるべく会話するのは控えよう。
っていうか、こいつは本当に俺の妄想の産物なのか?それともただの変人コスプレイヤーなのか。
今のところ、どちらにも確信が持てない。
アマデルはそうです、あいつです。
気づいてないのはシンだけ。