第17話 ヒーローは絶望の中で輝く
黒い影の兵士たち——おそらく子供達の恐怖が暴走したことで、想定外の強さとなった9体の戦士が、巨大な半円を組み、ゆっくりと俺を取り囲む。
タンク型、アタッカー型、サポート型……どれも神話やファンタジーの伝説に登場するような禍々しさを纏い、全身から重苦しい気配を放っていた。
「たったひとりで……無理だよ」
子供達の一人が、怯えた声で呟く。
だが、俺の心は不思議と静かだった。
「ふっ……9対1か……桁が足りないんじゃないのか?」
いつもの演技がかった声で、びっしと指を指す。
そして右手に意識を集中させ、鮮烈な紅蓮の炎をぼぅっと立ち上げた。
掌の奥底に、熱いものが渦巻いていくのを感じる。
イメージするのはエネルギーを練って威力を倍増させる、バトル漫画ならではの必殺技。
(子供のころ何度も頭の中で再生した……だからできる!)
左手で右手首をしっかりと掴み、敵の正面へと突き出す。
「——紅蓮の炎よ、螺旋となり眼前の敵を撃ち払え!」
叫ぶと同時に、右手の炎がグルグルと螺旋を描きながら膨れ上がり——
まるで“生命そのもの”が回転しながら巨大な球体になっていく。
「う、うわぁ……なにあれ!?」
「でっかい火の玉が……!」
後ろの子供たちの声がどよめく。
俺の全身に、今までにない力が集まっていくのを感じた。
螺旋の中心に、紅蓮の炎の意志が宿る。
(妄想を、現実にする俺の力——見せてやる!)
そして叫ぶように腕を前方の盾へと突き出した。
「——紅蓮螺旋丸!!」
炎の渦が螺旋を描きながら、敵のタンク型魔人兵器に一直線に突き刺さる!
ドゴォォォォン——!!
炸裂した紅蓮の炎渦が、タンク型の巨体を盾ごと貫き、空間に轟音と衝撃波が駆け抜けた。
さらに炎の螺旋が周囲の敵すべてを呑み込み、黒い装甲を溶かしながら大ダメージを与える。
タンクの一体が膝をつくと同時に、他の8体が俺に襲いかかる体制をとる。
俺は静かに仮面の奥で息を吸い込んだ。
(ここからは——脳内リミッター、解除)
思い描くのは、幼いころ夢中で真似した“人類最強の剣士”。
その強さ、その速さ、その恐怖を知らぬ冷徹さ。
「ここからは……本気でいくぞ」
俺の両手がゆっくりと炎の刀に変化していく。
そして背中の“黒翼”を大きく展開させる。
「“想像限界、開放——”」
自分でも鳥肌が立つほど、静かで低い声が空間に響く。
「さあその目に焼き付けろ、人類最強の剣——“漆黒斬光!”」
次の瞬間、視界が——世界が、音ごとスローモーションになった。
空気が張り詰める。
その一歩で床が砕けるほどの加速。
「……ッ!?」
「消えた……!」
子供たちが目を見開く中、両手剣を高速回転させる俺の身体は赤い閃光となり、
8体の魔人兵士たちの間を、稲妻のように縦横無尽に駆け抜ける。
残像が残るほどの速度。
その度に、敵の巨体が一瞬で裂け、重装甲が炎の線で切り裂かれていく。
——バシュン!バシュン!バシュン!
金属の切断音と、弾けるような火花。
回転の攻撃と、高速移動を同時に発生させる怒涛の連撃は、まるで空間そのものを切り裂く暴風だった。
最後の一体を両断すると同時に、俺は静かに着地する。
「この双剣が人類の“最高傑作”だ——」
背後で9体の巨人兵士が、すべて時間差でバラバラに崩れ落ちる。
——まるで、刃が通ったことにすら気付かないまま。
子供たちが、その光景にただ呆然と息を呑む。
「お、お兄ちゃん……なんで、そんなに強いの……?」
「すごい……ヒーローって、本当にいるんだ……!」
俺は背中越しに静かに微笑み、“英雄の名乗り”を上げる。
「俺の名は——黒翼の使徒、妄想英雄。お前たち人類の絶望であり、希望だ」
俺の名乗りとともに、子供達の歓声が起こり場内の空気が一変した。
だが、すぐに現実に引き戻された。
ズズズーン——
金属が砕け落ちるような低い音が、場内に響きわたる。
見ると9体の魔人兵士——その全てが、不気味な呻き声をあげながら崩れ落ち、
分厚い装甲もろとも黒い霧となって分解し、再結合を始めたのだ。
(終わり、じゃない——?)
その霧は天井まで一気に渦を巻き、場内の光を吸い取るようにして膨れ上がる。
やがて、空間そのものが震え出す。
「み、みんな、まだ終わってない……!」
チルドレンの声に応えるように、3つの巨大な影が、ゆっくりと霧から“再構築”されていく。
やがて姿を現した3体——
攻撃の魔獣:バハムート
全身は真紅の炎をまとい、黒曜石の鱗を持つ巨大なドラゴン——
咆哮とともに炎のブレスを吐き、鋭い爪と尾であらゆるものを粉砕する、“破壊の権化”。
支援の幻影:リリス
6本の腕を持つ“悪魔の巫女”——伝人の上半身と下半身が霧のごとく曖昧に溶けている、
魔法陣と呪詛の光を絶えず周囲に展開し、他の2体を回復・強化し続ける“呪術支配者”。
鉄壁の巨人:タロス
全身を白銀の鎧で包み、背には古代の神殿のような構造物を背負う巨人——
鈍重な動きだが、盾と防壁を展開して全ての攻撃を受け止める“絶対防御の守護者”。
バハムートの咆哮が炸裂した瞬間、コロシアムの床が盛り上がり、業火の炎が天井を焦がす。
リリスが手を振ると、無数の黒い蝶が空間を飛び交い、場の空気そのものが揺らぐ。
タロスの巨体が一歩踏み出すたび、振動で床の模様がひび割れていく——
3体はそれぞれ、ファンタジーや神話の“最強格”をなぞったヴィランの王者として、コロシアムに再び降臨した。
(——こいつら、まるで“理想のヴィラン”の集大成じゃねえか……!)
その威圧感に、子供たちも俺も一瞬息を呑む。
「なんだ、これ……」
「さっきのより、ずっと……ヤバい……!」
コロシアムに響き渡る重低音の咆哮。炎の竜、呪詛の女悪魔、白銀の巨人。それぞれがただ立つだけで、場の空気を支配し、子供たちの呼吸すら浅くなる。
すると、俺のバイザー越しにAIの冷静な声が響いた。
『マスター。あなたの思念の強さに応じて、ヴィランも同時に強化された模様です……おそらく、このコロシアムの仕様です』
(つまり、俺の理想とする強敵に進化したってことか……)
俺はカイを振り返り、息を詰めて問う。
「カイ、さすがにこれを倒せば終わりだよな?」
カイは静かに頷く。けれど、その眼差しはどこか試すような色を含んでいた。
「そうだね。でも、相手と同じ“三マンセル”で倒さないと何度でも復活するよ。そういう設定にしてあるからね」
「はぁ!? じゃあ、結局この子たちと組んで挑まなきゃいけないのか? 無茶だろ、どんなスパルタだよ!」
目の前の子供たちを見渡すが、震える手で空を切るばかり。誰一人、あの巨獣に立ち向かえるような顔じゃない。
(こんな状況で、どうしろってんだよ……)
その時、闘技場の外からゆっくりと足音が響く。
「鉄壁の巨人と名乗られては……同じタンクとして捨ておけないわね」
静かに現れたのは、黒い上下の服を纏ったメイだった。
普通の女子の身長に細身の体、氷のような視線——だが、対するタロスは5メートルはあろうかという巨体。
メイの華奢なシルエットが、まるで影に飲まれそうなほど小さく見える。
(その体型でタンクって……本当に大丈夫なのか?)
カイが微かに微笑む。
「メイならきっと守り切るよ」
でも、まだ足りない。三マンセルにはサポートが必要だ。
すると、バイザーの奥でAIが、ひときわクリアな声で語りかけてくる。
『マスター……私がサポートで出てもよろしいでしょうか?』
(え?お前AIだろ?どうやって出てくるんだよ)
『……前にもサポートいたしましたが』
(は?そんなこと……あったっけ?)
『……本気で言ってますか?』
AIの声が、どこか呆れたように、いや少し拗ねたように聞こえた。
戸惑う俺の思考のすき間に、光が弾けるように広がる。
「……じゃあ、頼むよ。お前にしかできないサポートを見せてくれ」
次の瞬間、俺の目の前に現れたのは——
銀色のツインテール、透き通るような青い瞳。優美な衣をまとった、小柄な精霊の少女。
「わたくしは精霊アマデル。黒翼の使徒の従者であり、誰よりも彼を愛する者」
(え——!?おまえがアマデルだったのか!……あと、最後の設定ちょっと盛ってないかそれ!?)
俺、メイ、アマデル。
三人の足音が、コロシアムの石床に静かに響く。
子供たちも目を丸くして、俺と精霊、そして戦場に並ぶ新たな“三マンセル”を見つめている。
「お兄ちゃん、怖くないの……?」
震えながら声を絞り出した少女に俺は振り返り、微笑んだ。
「ヒーローはな――絶望の前でこそ、輝くんだよ」
凶悪ともいえるオーラを放つ、伝説の三体の魔人、魔獣を前に俺たち三人は、各位が一歩ずつ前へと踏み出し敵を睨みつけた。
「さて次は、パーティバトルといこうじゃないか——」
——その声を合図に3体の“”魔人兵が、重低音の咆哮と共に動き出した。
(つづく)