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第16話 英雄を知らない子供達

「君たちには“選択肢”がある——」

 

 その続きを、カイが語ろうとしたまさにその時だった。

 ダンジョン内に警告アラームがけたたましく鳴り響いた。


「カイ様…… イマジナリー・コロシアムB-1で異常発生。またネクストチルドレンの暴走現象です」


 扉の向こうから現れたのはメイだった。いつもは静かな彼女の顔が、珍しく強張っている。


「すぐ行く。……君たちも来て」


 そう言うとカイとメイが走り出す。俺と白石は顔を見合わせ、すぐにカイの後を追う。


 廊下を駆け抜ける途中、俺は息を切らしながらカイに尋ねた。


「ネクストチルドレンって……なに?」


 カイは小さく息をつきながらも、淡々と答える。


「君と同じように、人間には“思考を現実化する能力”が眠っている。それに目覚めた子供たちをそう呼んでるんだ」


 すると白石が頷く。


「なるほど……支配者オーバーマインドと同じDNAを持ってる人間にも、理論上は可能ってことですね」


 そしてカイの言葉をメイが補足する。


「イマジナリーを覚醒させるには、思考が固まっていない幼少期から訓練する必要があるの……でもあの子達には」


 廊下の奥の扉を抜けると、そこにはダンジョンポータルのような光の歪みが浮かんでいた。


 カイたちがそこへ迷わず飛び込んだので、俺らも続いて入る。


 中に入るとそこには、訓練場と思わしき白い空間が広がっていた。色のないブロックで組み立てられた巨大なコロシアムといった雰囲気だった。


 訓練空間は、サークル状のステージになっていて、水が抜かれた巨大なプールのようだった。床一面に奇妙な幾何学模様が刻まれ、空間自体が不思議な気配を帯びていた。


 すると重たい爆音と同時に、子供たちの叫び声が響いてきた。

 中央で、10人ほどの子供たちが、複数の黒い巨体に立ち向かっている。


 彼らの小さな身体の前に立ちはだかるのは、岩のようにごつごつした、異形の“兵士”——ファンタジーに出てきそうな装備を身につけた不気味な雰囲気を放っていた。


 その体からは黒いオーラが立ち昇り、空気がビリビリと震えている。


 「もっと集中して……!」

 「いったん下がろう。これじゃ無理だ!」


 ――突如、訓練場の空気が裂けるような重たい爆音が轟いた。


 黒い敵の戦士らしき者の大剣の一振りで床が軋み、会場全体が振動する。

 悲鳴と怒号が入り混じった子供たちの声が、硬質な壁に反響して跳ね返る。


 「やばい、また来る!」

 「全員下がれ、下がれって!」


 よく見ると3対3の組み合わせそれぞれが戦っている。

 しかし合計9名の子供達は巨大な影の兵士たちに徐々に包囲されつつあった。


 その異形の“兵士”どもは、岩と鋼鉄が混じったような装甲を纏い、

 大きさも高さも、大人二人分はありそうだった。

 何より、その瞳――真っ黒な闇の奥に、ぎらりと赤い光が瞬く。


 一体が大地を叩き割るほどの勢いで拳を振り下ろすと、

 床に大きな亀裂が走り、砂塵が舞い上がった。

 ただ立っているだけで、見る者の心が圧迫されるような、圧倒的な“恐怖”の気配。


 子供たちは震えながらも、両手を掲げ必死に叫ぶ。


 「——鉄壁の騎士、召喚!」

 「……戦士の力よ、いまこそ発現せよ!」

 「万物を知る賢者よ、姿を現せ!」


 祈るような声で、各々が思い描く“守護者”を呼び出そうとする。


 けれど、現れたのは――

 輪郭が霞んだ、淡いシルエットの“幻影”だった。


 騎士の盾は薄く、兵士の剣も、賢者の杖も明らかに敵より劣っている。


 「ダメだ、全然……力が入らない……」

 「もっとイメージして!……だめ、集中が……」


 すぐさま、影の兵士の黒い腕が振り下ろされる。


 ――ズドンッ!


 ガラスのような音を立てて、召喚された幻影があっけなく砕け散る。

 防御の盾も、守りの呪文も、影の怪物たちには何の効果もない

 

 「わああああああ!!」

 「無理だ、強すぎるよ!」

 「集中して!怖がったらもっと不利になるよ!」 


 他の子も、それぞれが「タンク」「アタッカー」「サポート」……と思しきイメージを召喚するが、どれも形が定まらず現実感のない半透明の幻が次々と消えていくばかりだった。


 すると白石が低く呟いた。


「思考が安定してないのかな。召喚する英雄の姿が曖昧すぎる……」

 


(……あれじゃ戦いにならない)

 俺は唇を噛んだ。


 

 するとメイが静かに補足する。


「彼らは“支配者”によって、悪と戦うヒーローを描いたコンテンツが厳しく制限された時代に育った。だから、座学でしか英雄を知らないのよ」

 

 メイはどこか哀しげな表情をしている。


「……思考を具現化出来ても、想像力イマジネーションが足りないってことか」


 確かに、彼らの口から出る“戦士”や“騎士”という言葉には、憧れも確信も感じられない。


 俺は拳を握った。


(俺が子供の頃は——)

 

 ——どんなに強大な敵が現れても、必ず最後にヒーローが勝った。

 アニメも漫画も、みんなそうだった。

 

 だが、この子たちはそんな“ヒーロー”を知らない。勝利のイメージすら持っていないんだな。


 

 すると横にいるカイが静かに言った。


 

「プラスの思考が弱ければ、現実も弱くなる。逆に恐怖などのマイナス思考が膨らむほど敵は強くなる……想像力で負けることは、肉体で負けるよりも精神にトラウマを残すんだ」


 その横顔は、どこか意図的に冷静だ。

 

「だったら……カイが教えればいいだろ!俺はあんたが恐ろしく強いことを知ってるぞ……なんで見せてやらないんだよ!」

 

 俺は思わず叫んでいた。

 カイは静かに、しかし確信を込めて言う。


「ボクは、人界を守るために天界と交わした誓約に縛られてる。今は天界に危害を及ぼす力を人前では行使できない。だから、人類が自らこの試練を乗り越えるしか——未来はないんだ」


(——たしかに、あのラノベにそんなやりとりがあった気がする)


「だったら、英雄ヒーローとは何かを、もっとこう、具体的に教えるとか!」


「シン……だから彼らに“本物のヒーロー”を見せてあげてほしいんだ。君の中にあるヒーロー像をね」


 そのとき、またゴーレムの咆哮が響き、子供たちの悲鳴が重なる。

 

 カイが俺の目を見据え微笑んだ。



「君なら出来るだろ?……妄想英雄イマジナリー・ヒーロー

 

 

 俺の中に、静かに怒りが湧いてきた。

 子供達が英雄の夢すら見られないクソみたいな世の中に。

 そんなささやかな希望すらも奪った支配者たちに。


 ——絶対に許さない。そんな状況、俺が変えてやる。


 子供の一人が転び、影の兵士の巨大な影が覆い被さる。

 絶望に染まる子供たちの瞳。


 「……強すぎる。わたしたちじゃ、無理だよ……」

 「なんで……なんで俺たちの“ヒーロー”はこんなに弱いんだ……!」


 兵士の黒い足音が、恐怖と諦めを刻みつけるように、会場中に響く。

 

 その時、影の兵士の一体が、叫ぶ少年に狙いを定め、拳を振り上げた――


 ――絶望の暗闇が、少年を呑み込もうとしたその瞬間。


 

 ズガァァンッ!


 鈍い爆音とともに、黒い巨腕が途中で止まる。

 振り下ろされたその拳を、俺は素手で受け止めていた。

 

「お前ら、よく頑張ったな」


「お兄ちゃん、誰……?」


 

 呆然と見上げる少年の目の前に立つのは――

 漆黒の翼をなびかせ、真っ直ぐに敵を睨む、

 “黒翼の使徒”——妄想英雄イマジナリー・ヒーロー


 

「ヒーローはな――」


 俺はゆっくりと、拳を握り締める。


「どんなに絶望的な状況でも、最後に必ず助けに来るもんなんだよ」


 

 俺の手のひらから、熱い衝撃波が炸裂する。


 ドンッと音を立て、影の兵士の腕が弾き飛ばされる。

 その一撃は、怪物の巨体をも後退させ、コロシアムの空気が一瞬にして変わる。


 

 そして俺は、漆黒の翼を大きく羽ばたかせる。

 少年たちの目に、揺らめく“希望の炎”がともる。



「俺が来たからには――絶対に、誰も傷つけさせない!」


 

 突然のヒーローの登場に、影の兵士たちが一斉に咆哮を上げる。

 だが、俺ははその中心に堂々と立ち、子供たちを背にかばった。

 

 そして、子供たち一人ひとりに向けて、強く、真っ直ぐな眼差しを向ける。

 

「しっかりその目に焼き付けろ。お前らの“絶望”なんざ、俺が全部ぶっ飛ばしてやる!」


 その瞬間、少年少女たちの胸の奥に、じわりと“何か”が灯る。

 それは――かつて彼らが知らなかった“希望”という名の熱だ。




 ——見せてやるよ。本物のヒーローの、戦いってやつをな。

 


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