第13話 ダンジョンに生きる矜持——
——階段を抜けて目の前に広がったのは――
俺の想像よりはるかに“現実的”な光景だった。
これは大理石の床か?
いや、よく見りゃヒビも入ってるし、隅には水溜りまでできてる。
——ナイトフォール
ここはダンジョンっていうより、廃駅を無理やりキャンプにしたみたいな——そんな場所だった。
だけど、そこかしこに、なんだか暖かい光もあった。
天井からぶら下がってるのは壊れかけの照明と、でっかいLEDランタン。
でも、光の届かない奥には影が色濃くて……闇の向こうに何がいるのか。
そんな好奇心がそそられる、ダンジョンぽいワクワク感もあった。
壁は岩石のようなコンクリートような重厚な造り。
落書きともサインともとれる、謎の”模様”が所々にペイントされてる。
近くを通りかかった誰かが、俺と白石をチラッと見る。
目が合ったけど、すぐに逸らされた。
みんな、どこか急いでる。
(……“楽園”ってわけでもなさそうだな)
天井近くで、小さな換気扇がゴウンゴウンとうなっている。
空気は湿っぽくて、かすかに鉄と油の匂い。
でも、どこか地上より“生きてる”感じがした。
…………そう、“グレー”じゃない。
何かが本当に“動いてる”って、そんな感覚だ。
俺たちは食堂スペースと思われる場所に集まった。
——長テーブルに座る人々は、無言で飯を食っている。
メニューは灰色の粥と、少しの野菜。
正直まずそうだ。
けど、どの顔も、食い物より“この一口の意味”を噛みしめてるみたいだった。
すぐ隣の訓練場らしき広間では、若いのも年寄りも、武器を振ったり、妙な力を試してるヤツもいる。
壁際じゃ、誰かが壊れた銃器のパーツを分解して、修理? いや、魔改造かな。
……うん、どこを見ても“サバイバル”って単語がぴったりだ。
「静かだけど、なんか……熱いな」
俺がぽつりと呟くと、白石が少し笑った。
「地上じゃ、こんな生き方は許されてないからね」
「……皮肉なもんだな。“管理”から逃げた人たちが、一番人間っぽいって」
その時、目つきの鋭い警備班の男が近づいてきた。
肩には、見慣れない古いナイフの飾り。
「新人か? ここじゃ余計な詮索はするな。……自分の居場所を早く見つけろ」
ただそれだけ言い残して去っていった。
ここでは——全員が自分の“役割”を生きてる。
誰も余計なことはしない。
でも、ここにいる人たちは、本当の意味でまだ“諦めて”なんていない。
俺が昔話で聞いてた「日本人」って、こういう人たちだった気がする。
静かで、穏やかで、黙々と自分のやるべきことをやってるだけに見えて、
どこか、切なさのなかに誇りとか信念が混じったような……
こういうのを『矜持』って言うんだっけ。
俺には、このダンジョンの暮らしが、思考停止した地上のディストピアよりよほど“生きる意味”を問うている気がした。
しばらく歩き回るうちに、ガイが手を振る。
「見ての通りだ。ここは隠れてるだけの場所じゃない。みんな、それぞれに“何か”を守ろうとしてる」
廊下を歩けば、鉄製のドアの向こうから赤子の泣き声が聞こえた。
隅で若い娘が、誰にも見られないようにこっそり何かを書きつけてる。
……詩か、あるいは日記なのか。
照明の下、誰かが小さくギターを鳴らしていた。
曲は知らないけど、その音は、地上で聞くよりずっと澄んで聞こえた。
(……こんな場所でも、人は”生き”られるんだな。
いや俺たちは、本当の意味で”生きて”るって言えるのか?)
なんとなく、心のどこかがジンと熱くなる。
この星で“支配に逆らう力”が残ってるのは”ここだけ”かもしれない。
本当に守るべき場所なんじゃないか——なんて。
この場所を支えている「あの人」と呼ばれるリーダーはいったいどんな人物なのだろう。
ここまで多様で、脆くて、それでも折れずに続いてきた希望や意志。
その中心に立つ誰か——
俺はふと、まだ見ぬその人物に思いを馳せる。
(……どんな顔してんだろうな、“あの人”)
この場所を守ってきた本当の理由。
無敵となった支配者を相手に、人の心をどうやって繋いできたんだろう。
想像するほど、胸の奥がざわついてくる。
それは恐れとも期待ともつかない、不思議な感情だった。
その時、白石アキラが口を開く。
「この地下社会のシステム、観察すればするほど興味深いよ……
普通なら“閉塞”が支配するはずなのに、むしろ多様性が残ってる。
きっとリーダーの方針だけじゃなく、何か“根源的な思想”があるんだろう。
——私は、早くその答えに触れてみたいと思ってる」
「ここで生きていられる、答えか……」
俺がそう呟いたとき、不意にバイザー越しの声が割り込む。
『マスター、不要な妄想は制限してください。今は情報収集と現状把握が優先です』
ピリリとした、少し“拗ねた”ような響き。
(……はいはい。だが、俺の“妄想”は、お前の計算じゃ測れないぜ)
すると、バイザーAIはさらに一言、どこかライバル心を覗かせるように告げてきた。
『白石アキラ氏への過度な信頼は推奨しません。彼の知識と論理は有益ですが、マスターの本質はそこにはありません』
(……お前、まさか嫉妬してんのか?)
『私の判断基準に感情は含まれていません』
そのくせ、声の端が少しだけ“ムキになった”ように聞こえたのは気のせいだろうか。
地下の天井に吊るされたランタンが静かに揺れる。
そして俺は、いつかこの場所の“中心”に立つであろう、まだ見ぬ「あの人」へと想像を巡らせていた——
次回、「邂逅」の予感。