第11話 青春イベント発生
白石と待ち合わせるカフェに向かう途中、俺はやたらと落ち着かなかった。
(……カフェで、待ち合わせ。しかも白石と……)
改めて思い出すと、自分でも笑えてくる。
友達でもない、むしろ俺とは真逆のポジションにいる白石アキラと、二人でカフェに行くなど、以前の俺なら「それ、どこの妄想だよ」ってツッコんで終わりだった。
(これはもしや、リア充青春イベント発生……!?)
『マスター・シン。心拍数が上昇しています。すこし落ち着かれたほうが良いでしょう』
vまたAIの声が聞こえてきた。
「さっきからやけに話しかけるじゃないか」
『私は基本的にマスターの日常に干渉いたしませんが、必要な場面であれば的確なサポートをします』
だったらタイタンズとの戦いの時にも出てきてくれてよかったんじゃね?
アマデルが居てくれたから助かったけどさ。
そういやアマデルはどこに行ったんだ?え?まさかこいつと関係があるのか?
いやいや、いまそれどころじゃない。
頭を振って邪念を払った俺は深呼吸をしながら、カフェの扉を押し開ける。
すると、すぐに白石アキラの姿が目に入った。
彼は俺に気がつくと片手を軽く上げ、「シン、こっちだ」と言わんばかりの微笑を浮かべて俺を見た。
その表情には、普段のクールな知的さとは違う、どこかラフな雰囲気があった。
——その瞬間。
俺の脳内で、あらゆるエラーが発生した。
(あっ……やばい……この状況……こういう場合はどんな顔すればいいんだっけ?)
俺は咄嗟に考えをめぐらせる。
「おっす!待たせたな」ってラフに応える?
いや無理だ、そもそも友達でもない。
ビジネスライクに会釈だけする?
いやまてまて、同級生に会釈は変だろ!あーもうどうしよう。
まずは、さりげない視線、距離感、手を上げて軽く挨拶……
(あうぁうああぁ、普通のやりとりができない……!俺のコミュニケーションスキルが……ポンコツすぎるっ!)
結果——
俺、パニックになり、そのままトイレに駆け込む。
トイレの鏡の前で、俺は両手を洗いながら、呼吸を整える。
(おい、落ち着け……どってことない、俺は妄想英雄で黒翼の使徒だろ……)
そう、俺は漆黒の炎を操る孤高の闇の使徒。
普通にカフェで待ち合わせしたくらいで、 動揺するわけがない——
……のに、俺の顔はどう見てもただの挙動不審なコミュ障男子。
「くそっ……なんだこの情けない感じ……」
手をギュッと握りしめ、再び鏡を睨む。
(俺は妄想英雄! 黒翼の使徒! 支配者に抗う者! ……高校生の社交スキルごときにビビるな!!)
少し落ち着いた俺は、気を取り直し、トイレを出る。
直後、カフェのざわめきが耳に戻ってきた。
俺は できるだけ自然な動作 を心がけながら、白石の待つテーブルへ向かった。
——席に着くと、白石が俺の顔をみてニヤリと笑う。
「トイレ……長かったね?」
「う……べ、べつに……!」
俺は思わず顔を赤らめ、ややムッとした顔で返す。
白石はそんな俺を少し不思議そうに見た後、くすりと笑った。
「緊張してる?」
「……いや、してない。ぜんぜん。してないからな!」
——完全にしてますって顔だったと思う。
咳払いをして、俺は 強引に話題を変える。
「ま、まあ……その、話ってなにかな?」
「ああ、今日は、君の力について、いくつか確認したいことがあってね」
「俺の……力?」
「妄想を現実にする、その特異な力さ。君の話を聞いて、ある仮説を立てたんだ」
白石はテーブルの上の紙ナプキンに、さっと何かを描き始めた。
「量子力学、って知ってる?」
「いや……いちおう、聞いたことはあるけど。猫が死んでるか生きてるか、みたいなやつ?」
「そう、それは“シュレーディンガーの猫”。観測されるまで状態が確定しないっていう、量子的な不確定性の象徴だよ」
『補足します。マスターの力は「主観的観測によって確率的現実を強制収束させる能力」に近いと考えられます』
(え? どういう意味だよ?)
『つまり、マスターが「そうである」と強く確信した事象が、他の可能性を押しのけて現実として確定する、という仕組みです』
(つまり……俺が「こうなる」って信じたら、そうなるってこと?)
『極論すれば、そうなります。量子的には、マスターは“観測者”であると同時に、“世界改変装置”です』
「つまり、量子力学的に俺は、“観測者”であり“世界改変装置”って言いたいのか?」
俺がその説明を自分の言葉にように白石に伝えると——
白石はぱっと表情が明るくなり目を輝かせた。
「素晴らしい、この情報だけで理解するとは大したもんだよ。そう、量子的自己観測と世界改変の並行概念のことだよ」
俺の背中を汗がつたう。
(……ごめん。理解したの、俺じゃなくてAIだ)
『白石アキラより、私の方がマスターの理解力を把握していますね』
(……うるさい)
なんか嬉しそうだけど、このAIってまさか感情があるか?
「で……君の能力がもし、本当にそういう仕組みで動いてるとしたら——支配者の科学技術と類似しているかもしれない」
「支配者の……?」
「彼らの科学は、意識と物理を接続する“超思考科学”とも呼ばれている」
白石がそう言った瞬間、AIの声がまた入ってきた。
『補足。支配者の技術は、母船の膨大な演算力により意識情報をデジタル現実に直接投影する構造です。ですが、マスターは演算装置を持たずにそれを実現しています』
(つまり俺は、PCなしでプログラムを書き換えてるハッカーってことか……?)
『適切な比喩です。マスターは“手書きでOSそのものを書き換える天才ハッカー少年”です』
(なにそれ、なんか怖くね?)
「シン、君の能力は——彼らの想定を超えた“異端の可能性”なんだよ」
白石の眼差しは、もはや好奇心ではなく、敬意すら帯びていた。
そんな目で見られたのは、初めてかもしれない。
『白石アキラに言われるまでもなく……私は以前から申し上げてきました。マスターの能力は特異であり、他者の干渉なくしても十分に——』
(はいはい、私の方がすごいアピールはもういいって)
白石はそこで姿勢を正し、少し真面目な口調になった。
「シン。僕は君の力を正しく理解したい。そして、支配者の科学に立ち向かう術を共に探りたい」
差し出された手は、ただの好奇心からではないと感じた。
真剣だった。
(……まじで、協力してくれるつもりなんだな)
俺は、戸惑いながらも、その手を握り返した。
「……よろしく、頼む」
『……』
その時、AIは何も言わなかった。
だが、その沈黙は——少しだけ、拗ねているようにも感じた。