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野獣は突然に



 私が先に資料室へ入った後、カチャッと鍵が閉まる音が聞こえて振り向くと、髪をかき上げながらマスクを取って、にっこり笑みを浮かべている瀧川くんがいた。


「あ、あの、瀧川くん……?」

資料室(ここ)に俺を連れて来るなんて随分と大胆なことをするね、篠宮さん」

「いや、そんなつもりはっ」

「嬉しいなぁ。そんな大胆な篠宮さんもとても素敵だよ?」


 ・・・はぁ。聞く耳を持ちそうにない瀧川くんに諦めモードな私。そして、なぜかジリジリと迫ってくる瀧川くんに後退りをする。満面の笑みでニタニタしてる瀧川くんの瞳は、獲物に餓えた野獣のようにギラギラしていて、隠しきれない色気がムンムンと漂っている。


 ── 野獣は突然に


「ちょっ、瀧川くん」

「ん?」

「ちっ、近い」

「そうかな?」

「近いってば!」

「ククッ。本当に可愛いね、篠宮さんは」


 ここ、会社だよ? ちゃんと分かってる? 大丈夫……だよね?


 コツンッと背中に触れたのは書庫棚で、これ以上後ろへは下がれない。ということは、完全に追い詰められてしまったということ。どうしようと考える隙すらも与えてくれないらしい。書庫棚に片手をついて、私を見下ろしてくる瀧川くん。そんな艶やかな瞳で私を見ないでよ。ていうか、お願いだから退いて……?


「あ、あの、瀧川くんっ」

「ほんっと可愛すぎ……ねえ、篠宮さん。ちょっと充電させて?」

「え? な、ちょっ!?」


 私の顎に優しく触れて、そのままクイッと上を向かせる瀧川くん。視線が絡み合って、胸の高鳴りが加速していく。瀧川くんの柔らかな唇が私の唇にそっと触れた。


「んっ」


 ここ会社だし、さすがに触れるだけのキスで終わるだろう……なんて考えはどうやら甘かったみたい。というか、そもそも瀧川くんとキスしてること自体が本来おかしいんだけど!?


「んっ!?」


 私の唇を割って優しく舌を入れてきた瀧川くん。ねっとり、じっとり、何かを確かめるよう丁寧に口の中を犯していく。


 滅多に誰も来ないとはいえ、会社内で同期とこんなことをしてるなんて……。瀧川くんって草食系に見えて全然そうじゃないし、むしろ肉食系っていうか、野獣みたい。


「ん……っ、た、瀧川くん、待っ……」


『待て』と言えば待つ、そう言った瀧川くんに『待って』と伝えたいのに、それを許さない瀧川くんはわざと音を立てながら、舌を絡ませてくる。瀧川くんの唾液に痺れ薬でも含まれてる? って疑いたくなるくらい全身が甘く痺れて、それがとても気持ちいい。


 脚に力が入らなくなってきてプルプル震えだした。もうまともに立ってられそうにない。そんな様子を察したのか、瀧川くんは私を支えるように腰に手を回して抱き寄せた。体がピタッと密着して、瀧川くんの熱を感じる。


 ・・・あの、ごめん。瀧川くんの硬くて熱を帯びた何かが私の下腹部に当たってるんですけどっ!? なんならわざと押し当ててきてる気がする! これって、これってさ、アレだよね!?


「ちょ、瀧川くんっ……ま、っ……ま、待って!」


 ようやく『待て』が言えた私。ちゃんと約束通りピタッと動きが止まる瀧川くん。控えめな音を立てて、唾液の糸を引きながら離れる瀧川くんはにんまり微笑んでいた。微笑んでる場合じゃないと思いますけど?


「篠宮さんとイケナイことしてるみたいで凄く興奮した」


 アレが勃っているであろう瀧川くんの下半身を見る勇気は、当然ながらあるわけがない。


「あのね? 瀧川くん。イケナイことしてるみたいで~じゃなくて、イケナイことをしてるの。ここ、どこだか分かってる?」

「うん、資料室だね」

「そうだけど、そうじゃないよね。ここ、会社ね?」

「うん、そうだね」


『え? だから何? そんなこと知ってるよ?』みたいなすました顔をして私を見ている瀧川くんに、もう怒る気力すら失せてしまった。掴めない人だな、瀧川くんは。


「待ってって、何回も言おうとしたのに」

「ああ、ハハッ。しっかり言えてなかったからね、次はちゃんと言えるといいね? 篠宮さん」


 悪戯な笑みを浮かべて私の頭をポンポンしてくる瀧川くん。これ、完っ全に瀧川くんのペースに呑まれてないかな? このままじゃかなりまずい状況になるのでは!? 主導権を握れない恋愛って上手くいかないってよく言うし……って、これじゃまるで瀧川くんと恋愛する気満々みたいじゃん。


「瀧川くんってイジワルだよね」

「ククッ。ええ? なにそれ。めちゃくちゃ可愛いね、篠宮さんは」

「もう、そういうことじゃなくて!」

「俺は篠宮さんが『会社でも仲良くしたい』って言うから、こういうことかな~? って解釈したんだけど違った?」


 違う、違うに決まってるでしょ? 全っ然違うよ? なにをどう解釈すればそうなるの!?


「違うでしょ、どう考えても」


 ムッとしながは瀧川くんを冷めた目で見上げると、嬉しそうにニヤニヤ笑ってて、私の顔はスンッと真顔になった。


「蕩けてる篠宮さんも可愛いけど、怒った篠宮さんも本当に可愛いなぁ。色んな篠宮さんが見れて幸せだよ、これからも俺""だけ""に色んな篠宮さんを見せて。あ、俺以外に可愛い篠宮さんを見せちゃダメだからね? 絶対に。いい? 分かった?」


 そう言いながら、さりげなくキスをしようとしてくる瀧川くんの顔をベシッと両手で押さえて、グイグイ押し返した。


「もう、とにかく! 会社で殺意出すのも野獣出すのも禁止!」

「ええ? うーん。できない約束はしたくないんだよね、篠宮さんとは。だから、その約束はできないかな。ごめんね?」

「会社ではっ」


『会社ではこういうことしないで』そう言おうとした時、資料室のドアノブを誰かがガチャガチャと動かす音が聞こえて、その音にビクッと肩を跳ね上がらせた。


「あれ~? 資料室の鍵って篠宮さんが持ち出してるよな?」

「そのはずなんだけど、鍵閉まってんなぁ」


 この状況がバレたら……そう思ったら心臓がバクバクしすぎてやばい。こんな人気のない資料室で鍵を閉めて男女2人きりって、どう見ても怪しすぎる。ど、どうしよう、どうする!? ひとりでプチパニックを起こしていると、私の頬をツンツンしてきた瀧川くん。


「ちょ、今そんなことしてる場合じゃっ」

「バレたくないって顔してるね、篠宮さん」

「そ、それはそうでしょ」

「……ふーん、そっか。なら俺が先に出るから、篠宮さんは少ししたら出ておいで」


 上げていた前髪を下ろして目を隠し、マスクをして私の頭を撫でてから出入り口へ向かった瀧川くんは、ガチャッとドアを開けてすぐに閉めた。


「あれ? えっと、誰だっけ?」

「宮腰だろ。なぁ、篠宮さんは? 鍵持ち出してんの篠宮さんじゃねーの?」

「いませんよ。俺が篠宮さんに鍵頼んだだけです」

「そういうことか。つーか、なんで鍵閉めてんだよ」

「ああ」

「こりゃ説明する気なさそうだな」

「つか宮腰って篠宮さんと同期だろ?」

「はい」

「篠宮さんとの飲み会とかセッティングできねーの?」

「はあ」

「うわっ、やる気なさそ~」


 徐々に喋り声が小さくなってって、何も聞こえなくなった。こっそりドアを開けて、一応周りを確認してから資料室を出て鍵を閉める。


「はぁー、ほんっと焦ったぁぁ」

「何してんすか、こんな所で」

「ひゃいっ!?」


 バッと後ろへ振り向くと、相変わらず眠そうな目をしている鎌倉くんが立っていた。


「あー、すんません。驚かすつもりなかったんすけど」

「あ、ああ、ごめんごめん。あはは」


 ジーッと私を見てくる鎌倉くんに、『資料室でキスしてたのバレてる!?』とか内心ドキドキしっぱなし。


「蛯原がプロジェクター壊しそうな勢いなんすけど、大丈夫すかね」


 ・・・ん? なんだって? 今なんと?


「……はい?」

「俺は構うのやめとけって言ったんすけど」

「はいぃ!?」


 たしかに、たしかに私が『会議の準備しといてね~』とは頼んだよ? 頼んだけどさ、『プロジェクター壊しといてね~』とは一切頼んでないよ!? あのプロジェクター買い換えたばっかだし、結構高いっぽいから壊されたらかなりまずい!


「なんで蛯原ちゃん置いて来ちゃったの!?」

「いや、アイツ俺の言うこと聞かないんで、とりあえず篠宮さんにって思って」

「あぁもうっ! とにかく行くよ!? プロジェクター買い換えたばっかだから壊すと間違えなく怒られる!」

「へぇ、そうすか」


 いや、なんっで他人事なの!? 鎌倉くんもほぼ確実に怒られるよ!? 私が怒られるのはまだいいとして、瀧川くんもきっと怒られる。あの瀧川くんが理不尽に怒られる……ということは? 死人が出てもおかしくない、いつヤクザスイッチが入るか分からないから! 無理、怖い、怖すぎるよぉ。


 私は鎌倉くんの腕を引っ張り、許されるであろうスピードで会社の廊下を走って会議室へ向かった──。


 バンッ! と会議室のドアを開けると蛯原ちゃん……と瀧川くんがいた。


「あ、美波さ~ん」


 可愛らしく私に手を振ってる蛯原ちゃんと、長い前髪で目は見えないけど、おそらく私をジッと見つめているであろう瀧川くん。えっとぉ、瀧川くんの見えない視線が突き刺さって痛いんですけど……?


「あの、篠宮さん。俺の腕、離してもらっていいすか」

「え? あっ、ごめんね!? 鎌倉くん」


 ギュッと強く握っていた鎌倉くんの袖をパッと離して、ひきつった笑みを浮かべるしかない私。すると、スッとプロジェクターに視線を戻して何やら弄くってる瀧川くん。


「はい」

「わぁ、すごぉい。さすがオタクって感じですね~」


 ・・・蛯原ちゃん、少し黙ろうか。瀧川くんはオタクでもなければ陰キャでもないのよ。ヤクザなの、893(ヤクザ)


「瀧っ、宮腰くんは器用なのよ~、うん。なーんでもできちゃう~みたいな? だからオタクとはちょーっと違うと思うけどな~?」


 苦々しい笑みを浮かべながらフォローしてみたものの、蛯原ちゃんは不思議そうな顔をして私を見ている。


「なぁんか美波さん、さらに綺麗になってるぅ……?」

「へ?」

「もしかして、もう彼氏できたんですかぁ?」

「え、いや、できてないけど」

「色気増してるし、女のあたしでもクラッとしちゃ~う」


 瀧川くんとのキスが、私の枯れた心も体も満たして潤してくれた……とか? いやいや、そんなことはない! と言い切れないからモヤモヤする。


「蛯原さん、鎌倉君。会議の資料」

「ああ、うす」

「はぁいはぁい」


 瀧川くんのボソボソッとした声をちゃんと聞き取る後輩達は素晴らしい。えらいぞぉ、君たち。そして2人きりになってしまった、会議室で──。


「他の男の腕を握って来るとは驚いたよ。随分と仲が良さそうだね、鎌倉君と」

「え? あ、あれは違うっていうか、死人を出すわけにはいかなかったと言いますか……?」

「ふーん、よく分かんないけど。……ねえ、篠宮さん」


 ジリジリと迫ってくる瀧川くんに危険を感じて後退りする私。


「た、瀧川くん。ここ、会議室(会社)ね? 分かってるとは思うけど」

「そうだね」


 全く分かってなさそうな瀧川くんの少し不貞腐れた声、ちゃっかりマクス下げてるし。キスする気満々じゃないですか、これ。瀧川くんってキス魔? キスってこんなにするものなの?


 ・・・いやいや、だから! そもそも私と瀧川くんがキスしてること自体がおかしいんだってば!


「瀧川くん、待て!」


 私の言葉にピタリと動きが止まって、微動だにしなくなった瀧川くん。


「なに」

「『なに』じゃなくて! 会社内でキスするのは禁止!」

「ククッ。ふーん、へえ? じゃあ会社外ならいいんだね」


 ── うん、ごめん、分かってる、私の言い方が悪かった。でも、そんなこと説明しなくても分かるでしょ!?


「いやっ、違う! そういうことじゃないって分かってるくせに!」

「ハハッ、可愛い。ま、別に何でもいいよ? どこにいても、俺とキスしたいって篠宮さんに思わせるから」


 いや、そんな宣言されても困るのよ。お願いだからやめて?

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