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暴露は突然に



 国枝さんから受け取った折りたたみナイフをなぜか私へ差し出してきた宮腰くん。その折りたたみナイフを見て、目が点になってかなりの間抜けヅラな私。


 ・・・え、なに。このナイフは一体なに? どうして私に差し出してきたの? 頭の中は大量に飛び交う疑問符だらけ。


「ナ、ナイフ……?」

「ごめん、篠宮さん。もう我慢できそうにないんだ」

「が、我慢とは……?」

「君が俺を助けようとここまで来てくれた。危険なのを承知の上で。その事実が、現実が、俺を高揚させるんだ。だからもう、我慢ができない。今すごく興奮してる」


 目を細めて恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべながら、私を見つめている宮腰くん。そんな宮腰くんになぜか胸を弾ませてしまう私。こんなの、どう考えたってやばい人なのに。


「食べていいかな、君のこと」

「……はい?」

「喰らい尽くしたいんだ。篠宮さんのことを」

「え、いや、何を言ってるっ」

「ごめん、もう無理。本気で嫌だったらコレで俺を刺して逃げて?」

「へ? な、ちょ……んっ!?」


 私の手に折りたたみナイフを握らせ、私の頭を抱えるように引き寄せた宮腰くんの唇が私の唇を奪った。何がなんだか状態で完全に思考が停止する。


 へ? どういうこと? 


 片手にはナイフを持っていて、同期の宮腰くんと唇を重ね合ってる……いや、普通にどういうこと? 本当にどういう状況? これ。ただただ理解が追いつかず、棒のように立ち尽くす私。


 チュッと控えめなリップ音と共に、宮腰くんが少し離れた。相変わらず私の頭を抱えてはいるけど。


「ようやく、ようやくこの時が来たんだ。やっと君を手に入れられる、この想いを伝えられる……ありがとう。愛してるよ、篠宮さん」


 ── アイシテルヨ、シノミヤサン……?


 きっとアホヅラでぽけーっとしているであろう私を見て、クスッと優しく笑うと再び唇を重ねてきた宮腰くん。


 なんでかは分からないけど、宮腰くんとのキスは不思議と嫌じゃない。文哉とのキスは苦痛で、軽く触れるだけのキスですら嫌で仕方がなかったのにな──。


「……へえ、随分と余裕そうだね。俺とキスしてるのに他の男のこと考えてるの? いけない子だね、篠宮さんは」

「いや、そんなことはなっ」

「気に入らないな」

「え、ちょっ……んっ!?」


 宮腰くんの舌が私の唇を割って入ってきた──。


 私が逃げないように頭をしっかり押さえて、濃厚なキスを注いでくる宮腰くん。優しく舌を絡めたり、口内をねっとり丁寧に舐めて、その音が私達の周りに響く。


「んっ」


 ── どれくらい時間が経ったのかな。未だに甘くて深いキスを交わしてる私達……というか、宮腰くんが全然逃がしてくれない。足りないと言わんばかりにむさぼってくる。


「……っ、はぁ……篠宮さん甘すぎて酔いそう」

「宮腰くんっ……」

「ごめんね? 篠宮さん。まだ全然足りない……もっと、もっと篠宮さんが欲しい」


 私達が唇を重ねて、舌を絡め合ってる音と吐息だけが薄暗い路地裏に響く──。激しく喰らい尽くすようなキスなのに、雑さなんて一切なくて、優しく扱われているような、そんな甘くて蕩けそうなキスに、ただただ酔いしれる。


 結局、私が立っていられなくなるまで宮腰くんに絆された。


「ククッ。可愛いね、篠宮さん。気持ちよかった?」


 腰が抜けたみたいに力が入らなくなった私を抱き寄せて、微笑みながら満足げな顔をして私を見下ろしてる宮腰くん。


「……そ、そんなの知らない……」

「ハハッ。篠宮さんには敵わないなぁ、ほんっと可愛い。ごめん、まだ足んないや」

「え、ちょっ!?」


 ── 宮腰くんにこれでもかってくらい唇を奪われた。


 宮腰くんのキスはすごく丁寧で優しいし、丁重に扱ってくれてるっていうか、とても大切にされてるって感じがして、めちゃくちゃドキドキした。それにあまり認めたくはないけど、気持ちいい。キスってこんなにも気持ちいいものなの? キスがこんなにも気持ちいいだなんて初めて知った。


 不覚にも、心も体も宮腰くんで満たされちゃったな……本当どうかしてるよ、私。


「まぁでも、こういう時に『宮腰くん』はやっぱり嫌かな」

「……え?」

「俺の本名、瀧川なんだよね」


 はい? 何を言ってるの? あなたは正真正銘、宮腰司(みやこしつかさ)なのでは?


「ん?」

「ん? ああ、宮腰は偽名なんだ。本名は瀧川(たきがわ)、瀧川司」


 ── 暴露は突然に


「篠宮さんにはやっぱ本名で呼んでもらいたいなって。宮腰だとちょっと、他の男の名前を呼んでるみたいで嫌かな」


 え? 入社当時から宮腰くんだと思ってた人はどうやら“瀧川くん”だったらしい──。いやいや、色々と情報量が多くて頭がパンク寸前なんだけど。


 少しばかり状況を整理しようかな。えーっとまず、宮腰くんは宮腰くんじゃなかった、瀧川だった。それからぁ、全く陰キャではなかった、どちらかと言えば陽キャ? あとは、ヤクザ関係者っぽい、もはやヤクザなのでは? そしてなにより、キスが異常に上手い。なんとか理解が追いついた……かも?


「2人でいる時は本名で呼んでくれると嬉しいな」


 満面の笑み……というか、言っちゃ悪いけどちょっと胡散臭い笑みを浮かべて、とにかく微笑みかけてくる宮腰くん……いや、瀧川くん。


「みやっ、あ、た、瀧川くんは一体何者なの?」

「うーん、何者なんだろうね? まあ、ただのヤクザ……かな? ハハッ」


 ごめん、全然笑えないよ。


「まだそっちに本腰は入れてないけど、ゆくゆくはって感じかな」


 なるほど、そうですか。それはそれは大変ご立派な将来ですね。家業を継ぐなんて素晴らしいことだよ、うん……ごめん、本気(まじ)で関わりたくないかも。だってさ、だってだよ? ヤクザとは無縁な生活を送ってきた女がいきなりヤクザの息子と……なんてさ? ちょっと、いや、かなり無理じゃない?


「あー、ちなみになんだけど、本名も俺がヤクザだってことも、秘密にしておいてくれるかな? 会社側は会長しか俺の素性知らないから。バレると何かと面倒だし、黙っておいてくれると助かるな。あ、俺ばっかがお願いするのも申し訳ないし、これからは篠宮さんの言うことなんっでも聞いてあげる。だから、いつでも俺を頼ってよ。君は俺が必ず守ってあげるから」


 ニコッと微笑んで有無を言わさぬ雰囲気に笑顔を取り繕うしかない。まあ、私は宮っ、じゃなくて瀧川くんに“逆らう”ということはしない、というかできない。こんな素性と本性を知ってしまった後に逆らう気なんて微塵も起きないよ、普通の人間だったら。


「あ、ありがとう……た、瀧川くんのことは誰にも言わない。約束する」

「てことは、交渉成立かな? 篠宮さんは本当に物分かりがいいから、もっと我儘になってもいいくらいだよ」

「ははは。とにかく約束は守るから安心して……ください」

「ククッ、これは俺達“だけ”の秘密だね。ね? 篠宮さん」

「……うん、ソウダネ」


 とても嬉しそうに微笑んでる、というか満足そうに笑みを浮かべてる瀧川くんを私は今、どんな顔をして見つめているんだろうか──。たぶん生気がない顔をしているに違いない。


 作りたくもなかった2人だけの秘密── “秘めごと”ができてしまった。全然嬉しくないよぉ、これは。


「いやぁ、嬉しいな。こうやって篠宮さんと普通に話せる時が来るなんてさ。ちょっと緊張しちゃうなぁ」

「いやいや、大袈裟な。私達同期だし、最初の頃はわりと喋ってたよね? 最近はちょっとあれだったけど」


 まあ、元々必要最低限のことしかあまり喋ったことなかった気もするけど……だって瀧川くん、人と関わりたくなさそうにしてたから。ていうか最近はっていうより、もう数年まともに会話らしい会話はしてないかも。業務上のやり取りを除いたら、本当に何も喋ってない。同期なのにやばいよね、これは。


「へぇ、そういうの覚えててくれてるんだ」

「忘れないでしょ、同期なんだし」


 まあ、本当に会話らしい会話はしたことがない気もするけど。言葉のキャッチボールが上手くいかなかった記憶しか……。


「実はさ、高校生の時に一度だけ会ってるんだよね。俺達」

「え?」


 いや待って、あまりにも唐突すぎない?


「あれは忘れもしない高3の夏、君と出会ったんだ」


 ・・・え、まじなの? 冗談とかではなく……? やぁあっばい、なんっにも覚えてないよ!? 小刻みに震える体、緊張で汗がダラダラ出てきて流れていく。絵に描いたような挙動不審になる私。やばいやばい、とにかく思い出さなきゃ。普通こんなイケメン忘れる? 私の記憶を司る脳ミソどうなってるのよ、この役立たず!


「ハハッ。篠宮さん、全然覚えてないって顔してるね」

「あ、いや、ごっ、ごめん……なさい」

「ククッ、だからなんで敬語? それに謝る必要なんてないよ。だって君は、俺にとって“高嶺の花”なんだから。都合よく覚えてもらってる……なんてそんなおこがましいことは一切思ってないよ。でもまあ、覚えててくれたならもっと嬉しかったんだろうなとは思うけどね?」


 少しだけ寂しそうに微笑む瀧川くんに、どう声をかけていいのか、どう反応していいのか分からない。


 自惚れだったら恥ずかしいんだけど、さっきからクソデカ感情を向けられているような気がしてならない。『君のことが好きで好きでたまらない』って、そう言われてるような気がするの……ま、まぁ気のせい……かな?


「あの日、君と出会ったのは運命だって……そう思わずにはいられなかったよ。篠宮さんをひと目見た瞬間、欲しくてたまらなくなった。俺は、君に恋をしたんだ。君のことが愛おしくて愛おしくて、気が狂いそうだよ」


 ひたむきな眼差しで私を見つめる瀧川くんと視線が絡み合う。ドクンッドクンッ……と胸が高鳴って、瀧川くんの瞳から目が逸らせない。私は26歳にして初めて知ったかも、“愛されてる”とはどういう感覚なのかを──。


 こんなにも愛してるという感情を向けられたことは無かったな。文哉との5年間は一体なんだったんだろう。本当に馬鹿馬鹿しいなって思ってしまう、瀧川くんのクソデカ感情を目の当たりにしちゃうとね。


「あの時も君は俺を助けようとしてくれた。そして、今日も。ねえ、篠宮さん……俺のものになってよ、俺だけのものに」


 ・・・宮腰くんだと思ってたら瀧川くんだったし、陰キャだと思ってたらどちらかと言うとイケイケっぽいし、喧嘩弱そうだと思ってたらめちゃくちゃ強いというか、もはや強いとかの次元を通り越してほぼ殺し屋だし、ヤクザとか絶対に無縁だろうなって思ってたらヤクザ(組長)の息子だし──。もう意味分かんないよ。


 でも、瀧川くんが私へ向けてくれてる感情には嘘偽りもなくて、ただただ純粋に私を愛してくれてる気がするの。その真っ直ぐで揺るぎない瞳が、私を捉えて離そうとしない。


 瀧川くんのことが『好き』とか『嫌い』とか、そういう感情はまだ分からない。 けど、こんなにも私へ“愛してる”の感情を向けてくれてる人が一体どんな人なのか、瀧川くんがどんな人なのかを、私は知りたくなってしまった。


 これが正解なのか不正解なのか、私にはもう正常な判断がつかなくなってる。この選択が命取りになる可能性だってある、それでも──。


「瀧川くん」

「ん?」

「……うっ、ごめん、吐きそう」

「え? えっ!? え、ちょっ、だっ、大丈夫? どうしたの!?」

「私、ちょっと血が苦手で……うぐっ」


 血が苦手な私。緊張の糸がプツリと切れた瞬間、瀧川くんの返り血姿と血の匂いが私を容赦なく襲ってくる。やばい、こんなところで吐きたくない、こんなの見られたくないのに。


 ── 吐き気が波のように押し寄せてきて、たまらずその場で嘔吐した私。ビチャビチャと地面に吐瀉物を吐き捨てた。


 瀧川くんは返り血を浴びたジャケットを脱いで、私の背中を擦ってくれてる。その手の温もりと優しさに包まれて、それが無性に辛かった。ああ、最悪すぎる。瀧川くんの前で吐いちゃうとか何してんのよ、私。


「ごめんね、篠宮さん。吐けるだけ吐いていいよ」


 文哉は私が体調不良で吐いた時、すごく嫌そうな顔してたな。背中を擦るどころか『こういう時、俺っていないほうがいいよな? 帰るわ。また落ち着いたら連絡してよ。お大事に』って。その日、そのまま他の女を抱きに行ってたっけ。


 今、瀧川くんも文哉みたいに嫌そう顔してるのかな? さっさと帰りたいって、そう思ってるのかな。


 ── ポタッポタッ……と涙が頬を伝い落ちていく。なに泣いてるんだろう、私。子供でもあるまいし。


 やっぱもう無理かもしれない、私が誰かを好きになるなんて。

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