ヤクザの女(1)
── 瀧川くんと会えない日々が続いて3週間が経過
寂しくないと言えば嘘になるけど、毎日マメに連絡をくれるおかげで落ち込んだりすることもなく、普通の生活を送れている。少し変わったことといえば、お母さんと久遠さんのお母さんが仲良くなって、私と久遠さんはその2人の姿を少し離れたところから空気のように眺める……という謎の関係ができたことくらいかな。
「美波さ~ん」
「ん?」
「宮腰さんってまだ出てこれないんですかぁ?」
「みたいだね」
「家業の手伝いでしたっけ~? 宮腰さんの実家って農業とかぁ?」
「ええ……ど、どうだろう。私も詳しくは知らないなぁ」
『極道だよ!』なーんて言えるわけがない。
「なんか地味に仕事量増えてませ~ん? 宮腰さん復帰してきたら奢ってもらお~」
「ははは……そうだね」
鎌倉くんは何も言わず黙々と仕事をこなしてくれる。なんなら瀧川くんの分の仕事まで淡々とこなし始めた鎌倉くんは、将来有望すぎるのでは? とはいえ、後輩にあまり負担をかけるわけにもいかない。
「鎌倉くん」
「はい」
「それ半分こっちに回して。私のもう終わったから」
「相変わらず仕事早いっすね。誰かさんに見習ってほしいっすわ」
「はあ? なんであたしを見て言うわけ~? あたしだってちゃんと仕事してるし~」
「遅ぇわりに雑とか話になんねえ」
「ちょ、鎌倉くんっ」
「あぁそう。だったらあんたが全部やったら? あたし書類整理してきまーす」
「おい、待てよ」
・・・ありゃりゃ。
怒って書類整理をしに行った蛯原ちゃんをすかさず追っかけた鎌倉くん。あの2人、仲が良いんだか悪いんだかいまいち分かんないのよね。
── 終業後
「本当に2人だけで大丈夫? 私も残ろうか?」
「大丈夫なんで帰ってください。お疲れっした」
「ええ~。美波さんも残ってよ~」
「お前がサボってた分のツケが回ってきてんだろ。俺も手伝ってやるからちゃんとやれ」
『おお、鎌倉くん素敵~』なんて思いながら、心の中で拍手喝采。ここで私が居残るのは野暮すぎるか……とか変に勘繰りすぎて、年々こうやってお節介おばさんになっていくんだろうな~ってちょっとツラくなった。
「じゃ、お先~」
今日久々に蛯原ちゃんと鎌倉くん誘って飲みにでも行こうかなって思ってたけど、思いきってひとり飲みでもしてみようかな。そう思って何回か行ったことのある居酒屋へ行くと、会社の人達に会ったりして結局はひとり飲みではなくなった。
ちょっと夜風に当たりたくて賑わってる夜の街並みを歩いていると、何となく雰囲気の良さそうなバーが視界に入って、そこへ行ってみることにした──。
「「あ」」
カウンター席に座って横をチラッと見てみると、椅子2脚分先にまさかの人物がいて思わず声が出た。
「こ、こんばんは。久遠さん」
「なにしてんだ、篠宮」
「なにって、飲みに来たんですけど」
「そうか」
それから特に会話をすることもなく、本当に空気みたいな私達。不思議と気まずくもないし、なんだろう……お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうなっていう謎の安心感。
一応瀧川くんには、お母さんがいる施設で関わりができた人がいるっていうのはちゃんと報告してあるし、それが男の人だってことも隠さず話してある。まあ、正直一緒の空間にいるだけの関係でしかないから、今瀧川くんにこのことを報告する必要もないかな? とは思うけど。
次々お客さんが帰っていって、残されたのは私と久遠さんだった。
「そろそろ帰りますね」
「送ってく」
「いや、いいです」
「危ねえだろ」
「私達そういう関係でもないですし、すみません。気持ちだけ受け取っときます」
「そうか、気をつけて帰れよ」
「ありがとうございます。じゃあ、また」
お店を出てチラッとスマホを見てみたけど、瀧川くんから連絡はナシ。今日は忙しいのかあまりメッセージも来ない。ちゃんとご飯食べてるかな、ちゃんと寝れてるかな。体調崩したり、怪我したりしてないといいけど。
今日はたくさん食べて飲んじゃったし、ちょっとだけ歩こうかな。人通りも多いから危なくもないだろうし。
この時間、カップルがあっちこっちでイチャイチャしてて、『わあー、すごいなー』ってめちゃくちゃ他人事でしかない。
「……あれ?」
周りの情報量が多くて普段来ないような場所だったし、まともに歩いたことのない土地をこんな時間に歩こうなんて思ったのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。
・・・ここ、めちゃくちゃホテル街なのでは?
「うん、帰ろ。タクシー呼んで帰ろ。えーっと……」
「篠宮さん」
「ひっ!?」
真後ろから突然呼ばれて、体をビクンッ! と跳ね上がらせながらバッと後ろへ振り向くと、そこにいたのは──。
「たっ、瀧川くん!?」
3週間ぶりに見る瀧川くんは物凄くぅ……怒ってらっしゃる。それになんだろう、なんて言うかぁ……とてもヤクザ色に染まっているっていうか、極道! って感じの雰囲気が駄々漏れになっててとんでもなく色っぽいし、やばいくらい怖い。
「なにしてるの、こんな場所で」
なにしてるのって……なにしてたんだっけ? なにもしてないよね?
「あっ、え、いやっ」
そういえばここ、ホテル街だったあー。そりゃ瀧川くんが闇落ち寸前な瞳で私を見てくるわけだ……。ど、どうしよう。別に何もしてないのに怒られるの嫌だよ、さすがに。
「ここで何をしてるの、篠宮さん」
怒ってる、これは怒ってる、怒ってるー!!
「なにも、何もしてないから! 迷い込んじゃった……みたいな感じで!」
「……へえ? 迷い込んだ……ねえ。こんな時間に1人で?」
「だっ、だってひとり飲みしてたんだもん!」
「ふーーん」
「ちょっ……!?」
いきなり私を抱き寄せた瀧川くんは、クンクンしながら私の首周りを嗅いでくる。
「男が至近距離にいた……ってことは無さそうだね。居酒屋とバー行ってた? で……」
「んっ!?」
突然唇を奪われて、口の中に舌を入れてきた瀧川くんは何かを探るように、確かめるようなキスをしてくる。
「最後にギムレット飲んだでしょ」
「……の、飲んだけど……って、バカ!」
「いててっ」
瀧川くんの額にチョップを食らわせて慌てて離れると、周りにいた人達が『ヒューヒュー』とか『アツいね~』とか、もう最悪すぎる。
「ていうか、瀧川くんこそ何してるの? ""こんな場所で""」
ジトーッとした目で瀧川くんを睨み付けると、ニヤニヤして嬉しそうにしているのがこれまた腹が立つ。そもそも私なんかより、瀧川くんがなんでこんな場所にいるのかが知りたい!! そっちこそ誰とどこで何をしてたのよ! 今日連絡も少なかったのに!
「ハハッ。なに、気になるの? 可愛いね」
「もうっ、からかわないで!」
「怒ってる篠宮さんも本当に可愛い。食べちゃいたい」
「だーかーらー! ふざけないで!」
「ごめんごめん、可愛くてついつい。この辺うちの管轄なんだよ。だからちょっと見回りしてたんだけど、まさか篠宮さんがいるなんてね。ま、君が悪いことしてないっていうのは、ちゃーんと信じてるから」
なんて言いながら、ニコニコ笑ってる瀧川くんに大きなため息を吐くしかない私。
まったく、ちょっと疑ってたくせにー。めちゃくちゃ声低かったし、顔若干怒ってたし!