抑えきれない、この想いは
「ねぇ、美波さ~ん」
「んー?」
「ぶっちゃけ宮腰さんとどうなんですかぁ?」
プロジェクトリーダーを任されたからといって、蛯原ちゃん達の教育係が終わったわけではない。今日も今日とて、ちょっと仕事が苦手な蛯原ちゃんに仕事を教えている。
「どうって……特に何もないよ?」
「ええ? ただの同僚なんですかぁ?」
「そ、そうね」
「なぁんか最近仲良さげだし、美波さんと宮腰さん同じ匂いがする~」
キーボードを打っていた手をピタリと止めて、ゆっくり蛯原ちゃんのほうを向くと、ジーッと疑いの目で私を見つめている。その目は全てを見透かしそうで、思わず目を逸らしてしまった。
「あ、ああ……えーっと、宮腰くんから薦められた柔軟剤使ってるから同じ匂いなのかも。あはは」
「へえ~」
・・・言えない、一緒に住んでるだなんて言えない!
「蛯原ちゃんこそどうなの? ほら、鎌倉くんと」
どうにか話題を逸らそうと、咄嗟に出てきたのがこれだったんだけど、言った後に『こういうのって上司の私が聞くのはまずいんじゃないかな!?』と後悔した。チラッと蛯原ちゃんを見てみると、少しムスッとしてて完全に地雷を踏んだ気がしてならない。ごめんね、蛯原ちゃん。
「知ってますぅ? あいつの好きなタイプ~」
「え? タイプ? し、知らないけど……」
「美波さんみたいな綺麗系なんだって~。マジあたしと真逆すぎて嫌がらせかと思いましたよぉ。ほんっとうざぁい」
・・・いやいやいや、それ多分違うっていうか、違うと思うな、うん。違う違う、絶対に違うよ。そういうことじゃないと思う! そもそも私からしたら鎌倉くんは蛯原ちゃんに好意があるようにしか見えないんだけどな。
「鎌倉君、ちょっといいかな」
「あ、うす」
少し離れた所で『回答次第では殺っちゃうけどいいかな?』と一瞬闇落ちしたようなオーラを纏った瀧川くんが『俺、なんかしたっけ』みたいな顔をした鎌倉くんをどこかへ連れ出した。
・・・しまった!! 蛯原ちゃんとの会話聞かれてた!? 思い返してみたら、なんか瀧川くんっぽい人が通りすぎてった気もする!!
「あ、ごめん蛯原ちゃん! ちょーっとこの資料に目を通しながら待ってて? すぐ戻ってくるから!」
私は鎌倉くんを救出するために、瀧川くん達の後を追った──。
「鎌倉君、篠宮さんのことが好きって本当かな」
「は? なんすかそれ」
「篠宮さんのことがタイプって話」
「あ、ああ……そりゃ篠宮さん美人ですしっ」
「残念だ。君がそんな頭の悪い奴だとは思ってなかったよ。篠宮さんは俺のっ」
「ちょっと待ってください。好きな女とタイプの女って違くないすか。別に俺、篠宮さんのことそういう目で見たことねえすけど。つか、心配ならさっさと自分のもんにしたらどうなんすか? やっとあのクズ男と別れたっぽいですし、先着順すよ。篠宮さんを狙ってる男が社内にうじゃうじゃ居るってこと、忘れないように」
・・・鎌倉くんよ、君は怖いもの知らずなのかい……? ほら、瀧川くんもまさかそんなこと言い返されるなんて思ってもなかったのか、ピクリとも動かなくなって固まっちゃってるじゃん。
「そっか、俺の早とちりだったようだね」
「そうすね」
「ごめん、悪かった」
「別にいいすよ。まあ、何となく宮腰さんが篠宮さんのこと気にしてるんだろうなってのは、薄々察してたんで」
とりあえずは一件落着……なのかな? 揉めたらどうしようって思ったけど、大丈夫そうだし戻ろ──。
「蛯原ちゃんごめんね~」
「は~い。てか、この資料のここミスってませ~ん?」
「あら、本当だ。よく気づいたね」
「鎌倉が『数字だけは絶対に間違えんなよ。えらいことになる』ってうっさいんですよねぇ」
「はははっ、似てる~」
鎌倉くんのモノマネが絶妙に上手な蛯原ちゃんに笑いかけた私は、蛯原ちゃんの後ろにそびえ立つ鎌倉くんを見て、スンッと真顔に戻った。
「だいたい男のくせして細かいんですね~」
「いや、蛯原ちゃんっ」
「あいつがモテてる意味がまぁじで分かんなぁい」
「ちょっ、蛯原ちゃん!」
「もぉ、なんですかぁ? 美波さ~ん」
「お前が大雑把すぎんだよ」
「「……」」
鎌倉くんに鋭い眼光で見下ろされてる蛯原ちゃんに『あちゃー』という言葉しか浮かんでこない私。
「篠宮さん、こいつ借りていいすか」
「あ、うん……どうぞどうぞ」
「ちょ、美波さん! ヒドイ! 裏切り者ぉ!!」
ごめんね、蛯原ちゃん。私、きっと鎌倉くんにも逆らえない。だってあの瀧川くんに怯むことなく挑んでいくような人だよ!? 多分“普通”じゃない。おそらく鎌倉くんは……元ヤンだ(勝手な決めつけ)。
「篠宮さん」
「ひっ……!?」
相変わらず気配を消して近寄ってくる瀧川くん。
「ちょっといい?」
「え、あ……はい」
・・・私も怒られるパターンなのかな、これは。
「なにか飲む?」
「え? ああ、えっと……じゃあ、カフェラテで」
ちらほら社員がいるフリースペースに来たってことは、怒られるパターンではなさそう。そもそも怒られるようなこともしてないんだけどね……?
「篠宮さん」
「ん?」
「さっき物陰に隠れて俺達の話聞いたでしょ」
ちゃんと隠れてたつもりだったんだけど、バレてたんだ……。
「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど……」
「うん、それは知ってる。俺さ、正直言うと結構焦ってるんだよね。鎌倉君も言ってたけど、篠宮さん狙いの人多くて。同期の俺に『繋げてくれ』って言ってくる人もかなり居てさ。急かすわけじゃないけど、俺とのこと……考えてくれてるのかな? って、ちょっと気になっちゃって。ごめんね?」
・・・ちょ、ちょっ、ちょっ! ここ会社だよ!? こんな話するのまずくない!? 1人でテンパりながら辺りを忙しなく見渡す私。
「瀧っ、いや、宮腰くん! ここでそういう話はちょっと……」
「大丈夫だよ、全員イヤホンしてるから聞こえてないって」
そう言われてみると、確かに全員イヤホンをつけてるし、距離もそれなりに離れてるから小声で話せば問題はないけど……って、瀧川くんの洞察力よ……恐るべし。
「考えてるよ、もちろん。ただ……」
『ただ、瀧川くんは瀧川組を背負ってく人だから簡単には応えれない』なんて言ったら、瀧川くん自身を否定しちゃうみたいで、ヤクザだからって遠ざけちゃうみたいで、そんな自分も嫌になる。
これは私の問題だから、瀧川くんにこの気持ちを伝えるのは違うような気がする。だから、なにも言えないかな。
でも、私はもう瀧川くんのことが──。
「篠宮さん。今日行きたい場所があるんだけど、仕事終わったら一緒に来てくれる?」
「え? あ、うん」
── 急に押し付けられた仕事を終えて、いつもの場所で瀧川くんと合流しようと急いでいた。
「あ、瀧川くん」
なんて言いながら小走りして瀧川くんのもとへ向かった私は、ドンッ! と柄の悪そうな男にぶつかってしまった。
「すみません! ごめんなさい」
すると、ぶつかった男がニヤニヤしながら私の顔を覗き込んできて、腕を掴まれる。
「キミ、綺麗だね~」
「あ、あの……すみません、離してください」
「大丈夫? 篠宮さん。すみませんね」
「いっ、いててっ!!」
男の腕をへし折る勢いで握ってる瀧川くん。男は私から手を離した……というか、離すしかなかったという表現のほうがしっくりくる。
「これからは気をつけるように言っておきますね。では、失礼します」
そう言うと瀧川くんは私の腰に手を回して、何か言いたげな男をガン無視して歩き始める。
「おい! 待てよ! ぶつかって来たのはその女だぞ!?」
ピタッと足を止めた瀧川くんは、ゆっくり男のほうへ振り向いた。
「なんですか?」
瀧川くんから放たれる圧力に男の顔はみるみると青ざめていく。そして、走って逃げていった。
「行こうか」
私にニコッと優しく微笑みかけてくる瀧川くんの切り替えが凄まじい。本当に裏表っていうか、そのスイッチのオンオフが激しいっていうか……。
「う、うん」
── それから連れて来られたのは、某高級ブランドのお店だった。
「ちょ、瀧川くん」
「ん?」
「『ん?』じゃなくて!」
しれっとVIPルームみたいな部屋に案内されてるし!!
「どうしたの?」
不思議そうな顔をして私を見ている瀧川くん。いや、私がその顔したいのよ! なんの説明もなく、こんな高級なお店に連れて来られても! 一体どういうつもりなの? 瀧川くんは! 私、場違いじゃないかな?!
「えっと……何か欲しいものがあるの?」
「俺が欲しいのは“篠宮さん”」
「そうじゃなくて!」
「ハハッ」
これは全く説明する気がないな……瀧川くん。
「持ってきてください」
「承知いたしました」
部屋の隅っこで存在感を消して立っていたお店の人が、何かを持って戻ってきた。それを受け取った瀧川くんは私の真後ろに立って──。
「とても似合ってるよ、篠宮さん」
「では、失礼いたします」
スッとお店の人が出ていって、部屋に残されたのは私と瀧川くん。
・・・なんでネックレス……?
「あ、あの……」
「ねえ、篠宮さん。男から女性へネックレスを贈る意味って知ってる?」
「え? いや……知らないけど……」
「『束縛』『独占』なんだって。君を離したくない俺にはピッタリだと思わない?」
ニコニコしながら重い愛を伝えてくる瀧川くんに、ちょっと慣れつつある私も少し異常というか怖いな。
「あ、ありがとう。嬉しい」
一瞬目を見開いて驚いた様子の瀧川くん。私、何か変なこと言っちゃった……?
「引かれたらどうしようかなって不安だったけど、本当に愛らしいね……君って人は。少しくらい自惚れてもいいのかな?」
艶っぽい表情の瀧川くんが近づいてきた。しかも、キスするんじゃないかってくらいの至近距離! ……っ、ちょ、え……!? ここで!? いやいや、ダメだよ!
「ちょっ、瀧川くん……!!」
私は必死に瀧川くんを押し返した。お店でキスなんて、できるわけがない……!!
「嫌?」
「嫌っていうか……ここ、お店だから!!」
「だからどうしたの?」
「いや、どうしたの? って……だめなの!」
すると、少しムスッとして不服そうな表情を浮かべてる瀧川くん。そんな顔されても困るんですけどぉ……?
「抑えきれない、この想いは」
「いや、さすがに抑えて」
「……はあーー。分かったよ」
ムッとしながら少し離れた瀧川くん……と思ったら、チュッと触れ合う唇。
「ククッ。本当に隙だらけだなぁ、篠宮さんは」
・・・私は容赦なく瀧川くんの頬を真顔でつねくった。
「いてて~」
なんて言いながらニヤニヤして嬉しそうにしている瀧川くんに、もう呆れ返るしかない私。
「だめって言ったのに」
「可愛い篠宮さんが悪い」
「もう!」
「ククッ、ごめんごめん。今日の夕食は何かな~」
「話逸らすの下手すぎるでしょ」
「ハハッ」
瀧川くんのこういう子供っぽい笑顔も何もかも私が今独り占めしてるんだって思うと、瀧川くんがまだ誰のものでもないことに心底ホッとしてる自分もいる。もう、どうしようもなく瀧川くんに惹かれて『好き』が日に日に増していく。
抑えきれなくなってきたこの想いは、私が口にするまであなたに届くことはないと思う。ねえ、瀧川くん……覚悟なんてできる自信はないけど、この想いをあなたに伝えてもいいのかな?
「──さん。篠宮さん?」
「あ、うん。なに?」
「どうしたの? ボーッとして」
「ううん……何でもない。帰ろ?」
「そうだね、帰ろうか」
さりげなく私の手を取って握ってきた瀧川くん。私はその手を払うことなく受け入れると、ニコッと優しく微笑んでくれる。
卑怯だって分かってるけど、瀧川くんに想われて大切にされてるっていうこの環境が、この先もずっと続けばいいのにって……そう思わずにはいられなかった。




