お願い、見なかったことにして
── 帰宅して夜ご飯の支度をしている時だった。
後ろからギュッと私を抱きしめてきた瀧川くんは、なにやら深いため息を吐いて分かりやすく落ち込んでいる。
「ごめん、篠宮さん」
「どうしたの?」
「どうしても行かなきゃいけない仕事が入った」
「そっか。なら行かなきゃだね……って、くっ、苦しい!」
更に力を入れてギュッと抱きしめてくる瀧川くん。
「あ、ごめんね?」
瀧川くん的には大して力を入れてるつもりはないんだろうけど、自分が馬鹿力ってことをちょっと理解してほしいなって思ったりもする。
「……あ、あの」
「ん?」
「仕事行かなきゃダメなんでしょ?」
「うん」
私を抱きしめたまま一向に動く気配が全くないのはなぜ? 『なんの仕事なの?』とか『頑張ってね!』とか言ったほうがいいのかな? でも、ヤクザの仕事だろうし、私が首を突っ込むのは違うような気もするし──。何も聞かない・何も言わない……が無難なような気がする。
「瀧川くっ」
「篠宮さんは俺がいなくても平気なの?」
「……え?」
少し不貞腐れたような声でそう言った瀧川くん。後ろへ振り向いてチラッと瀧川くんを見上げると、むっすーとした顔で私を見下ろしていた。
「篠宮さんって我儘言わないし、俺が言ったこと素直に受け入れてくれるし、こういう時もあっさりしてて、ちょっと寂しいなって思う」
「いや、あの……きっとヤクザのほうの仕事なんだろうなって思って、私は部外者だから聞いたりしないほうがいいかな? って。聞かれても困っちゃうでしょ?」
「うーーん、まあ、あまり詳しくは話せないけど……篠宮さんを巻き込むわけにはいかないし。それにしたって聞き分けが良すぎるんだよ、君は」
「行かないで、私を1人にしないで……って言ったらどうするの?」
いつもイジワルされてるから、ちょっと困らせちゃおうって思う私もイジワルな女なのかもしれない。
案の定『参ったなぁ』って顔をして、困ったような笑みを浮かべる瀧川くんの表情は優しくて、愛おしいものを愛でるような瞳をしてる。この瞳に見つめられると胸が締め付けられるほどドキドキして苦しくて、『触れてほしい』って心も体も瀧川くんを求めてしまう──。
「ごめんね? なるべく早く帰ってくるから」
「うん。私もイジワルなこと言ってごめん。夜ご飯どうする?」
「篠宮さんの手料理食べたいから、申し訳ないけど作っておいてくれる?」
いやいや、なんで瀧川くんが下手に出てくるのぉ……。こっちが逆に申し訳なくなっちゃうよ。作るのが私の役割なんだから、『ちゃんと作っとけよ!』くらい言ったって罰は当たらないよ? まあ、瀧川くんにそんなこと言われたら、ちょっとショック受けるかもしれないけど。
「もちろん作っておきます!」
「ありがとう。遅くなっちゃうかもしれないから、先に寝ててね? 帰ってきたら自分で温めて食べるから」
「うん、分かった」
私の頭を撫でて、チュッと額にキスを落としてきた瀧川くん。
「可愛い。愛してるよ、篠宮さん」
「もうっ、そういうこと言わないでよ」
「俺は君に言葉で、行動で、愛を伝えたいんだ。それに思ったことは言わなきゃ勿体ないでしょ? こんなにも可愛いのに」
優しく微笑んで私を見下ろしてる瀧川くんの額に『えいっ!』とチョップを食らわせると、更にニコニコして嬉しそうにしている瀧川くん。
「ハハッ。ほんっと可愛いことするよね、君って人は」
私の頬を優しく包み込むように手を添えて、穏やかな笑みを浮かべながらフワッと触れるだけの口づけを唇に落として、それ以上のことはしてこない。『もっとして欲しい』なんて、私からは言えないかな。
「怪我しないようにね」
「……それ、私のセリフね?」
「ハハッ。いやぁ、俺は大丈夫だよ」
まあ、確かに大丈夫そうではあるけど。ちょっと人間離れしてる部分あるし、瀧川くんって──。なんて思いつつ、玄関でお見送りをする。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん、ありがとう。愛してるよ」
「あ、ありがとう」
クスッと笑って手を振りながら出ていった瀧川くん。
「……やっぱ瀧川くんって心臓に悪い」
私の同僚はハイスペ男子すぎる──。
「よし、夜ご飯作ってちゃちゃっとお風呂入ろ」
── 夜ご飯を作ってお風呂に入った後、ちょっと仕事でもしようかなって部屋でパソコンと睨めっこ中。
「ん~。やっぱ女の人はアダルトグッズ=ちょっと下品……みたいな固定観念が強い傾向が出てるなぁ」
まあ、分からなくもないけどね。私もどちらかと言えば『ちょっと卑猥だなぁ』って思っちゃうし、アダルトグッズとは無縁の世界で生きてきたから尚更ね。もっとこう、持っていることに罪悪感や抵抗のない、男性向けっていうよりは女性向けのオシャレで高性能なグッズを提案していければいいかな? なんて考えながら、ふと視界に入ってきたのは大石さんから貰ったアダルトグッズが入った紙袋。
「見てもないし、動かしてもないな」
参考にしてってせっかく貰ったのに──。今、瀧川くんいないし、ちょっと見てみようかな……? そして、机の上にアダルトグッズを並べてみた。
「……なんと言うか、スゴい」
何気なく手に取ったのは“極太キャノン”とパッケージに書かれているバイブ。箱から本体を取り出して、真顔でそれを見つめる私は無の境地状態。た、たしかにこれは“極太キャノン”かもしれない。いや、よく分かんないけど。強いて言うなら瀧川くんのほうが極太キャノンだし……って、こらっ! 瀧川くんが仕事頑張ってるって時に何を言ってるのよ、私は!
スイッチを押すとグイングイン動きはじめた極太キャノン、慌ててスイッチをオフにした。しれっと極太キャノンにコンドームをつけた私は、極太キャノンと睨めっこ。
「こ、これはあくまで開発の参考にってことで……」
誰に見られてるわけでもないのに恥ずかしくて、モゾモゾしながら覚悟を決めた。
「た、瀧川くんのが入ったくらいだし、これもちゃんと入るよね……?」
── 瀧川くんとの行為を思い出しながらひとりで慰める。
「はぁっ、瀧川くん……んっ」
思わず名前を呼んでしまったその時、バンッ!! と凄まじい勢いで部屋のドアが開いて──。
「どうしたの!? 苦しそうな声聞こえたけど大丈夫!? って、篠……宮……さん……」
「……」
完全に固まるする私と瀧川くん。ブーンブーンと振動し続けるソレのスイッチを切ることすらできないほど硬直していた。
サーッと血の気が引いて、ガタガタと震えはじめる体。とにかく何か言わなきゃって思うのに言葉も声も出なくて、なにも言わずただ真顔無言で私をジッと見てる瀧川くんがちょっと怖い。引かれたかな? とか、嫌われたかな? とか、色んなことが頭の中をグルグルして目が回りそう。
── お願い、見なかったことにして。
「篠宮さっ」
「ごっ、ごめんなさい!」
下半身に布団を被せて、慌てながらスイッチを切った。
「なんで謝るの? 篠宮さん」
「いやっ、あの、なんとなく……。こ、これは開発の参考になればって思って試しに使ってただけでね? 別にっ」
「へぇ。で、どうだったの? それ」
「ど、どうって……」
・・・瀧川くんの雰囲気でなんとなく、ちょっと不機嫌なのが伝わってくる。
「そんなの咥えて満足した? 俺以外のモノを咥えるなんて悪い子だね、篠宮さんは」
「え、いっ、いやっ、あのっ、それはちょっと違うような……」
「……それもそうだね、ごめん。ヤバい奴だって自覚はあるんだけど、それにすら嫉妬しちゃうんだよね。俺以外のカタチなんて覚えなくていいよ、君のナカは俺だけのものでしょ?」
瀧川くんの愛は重たいってことも、ちょっと異常だってことも分かってるけど、なんて言えばいいのか分かんなくて、うつ向くことしかできない。
「……極太キャノン……ねえ。わざわざこんな太いの選んだの? ま、俺のには劣るけど」
「そ、それはたまたまっていうか……」
「ふーん? やらしいなぁ、篠宮さんは」
瀧川くんがゆっくりこっちへ近づいて来る。
「お、お願いだから見ないで……」
「そのお願いは聞けないかな。どうなってるかちゃんと見せてよ、俺に」
「や、やだっ」
「篠宮さんが俺を欲しがってくれるまで、求めてくれるまでは我慢しようって決めてたけど……どうしようか、この状況」
私はいつも瀧川くんに求められて、その好意が“当たり前”になってて、私から瀧川くんに何かを求めたり欲したりすることって無かったな。それなのに私、瀧川くんの気も知らないでこんなことしてるの見られて、本当に何してるんだろう。
罪悪感に押し潰されていく──。
「しっ、篠宮さん? え、ごめん、ごめんね!? 本っ当にごめん! 怖かった? いや、怖いよね、こんなガン詰めされたら。おっ、怒ってないから! ちょっと気に入らなかったっていうか! 器の小さい情けない男でごめんね? お願いだから泣かないで? 本当にごめん」
謝らなきゃいけないのは私のほうで、今泣いたら瀧川くんを責めちゃうって分かってても、なんでか涙が止まらなくて、それが本当に申し訳なくて辛い。
「っ、ごめん……瀧川くん、ごめんなさい」
「いやいや、篠宮さんは何一つ悪くないから謝らないで! ね? 本当にごめん」
「こんな淫乱な女でごめんなさい……っ、嫌いにならないでっ……」
「え? えっ!? いやっ、ならないよ! なるはずがないでしょ!? むしろ、好きと愛おしいが加速して死にそうだよ俺!!」
・・・そ、そっか……それはありがとう?
「引いてない……?」
「引くわけないよ。しかも、あの状況で俺の名前呼んでたってことは、俺を想いながらひとりエッチしてたってことでしょ? なにそれ、可愛すぎる、死ぬ。そんな可愛いことしないでよ、最高すぎてたまんないから。ていうか、篠宮さんって自分が可愛いって自覚ある? もっと自覚してくれないかな。死ぬほど可愛いんだよ、君は。その可愛さは人を殺めることも余裕でできちゃうレベルだよ? ねえ、分かってる? まあ、分からないとは思うけど。とにかく君は可愛くて美しいんだよ」
「……は、はあ」
瀧川くんの謎な力説がずーっと続いて、涙も引っ込んで呆れ返るしかなかった──。
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