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秘めごとは突然に ~地味な同僚くん、実はヤクザでした~  作者: 橘ふみの


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19/31

バチバチするのはやめて



 ── この会議室を利用するたびに、瀧川くんとの行為を思い出してしまう。


「篠宮さん」

「あ、はい」


 ジッと私の顔を見つめてくる颯真に疑問符が飛び交う。


「なんですか?」

「顔、赤いですけど大丈夫ですか?」

「え? いや、だっ、大丈夫です」


『ここで瀧川くんとえっちなことしちゃったの思い出して……』なんて言えるわけがない。口が裂けても言えないよ、そんなことは。


 あの日以降、瀧川くんは私に触れてこなくなった。いや、正確に言えばなんだかんだ軽いキスは毎日しちゃってるし、抱きついてきたりはしてる。あのことがあってからしばらくキスも抱きついてくることもして来なかったんだけど、でも禁断症状っていうか、瀧川くんの葛藤が日に日に増して爆発しそうになっているのを目の当たりにして、私が『気にしなくていいから、いいよ?』ってそう伝えると申し訳なそうにしてた瀧川くん。それ以降、触れるだけのキスと抱きついてくるようにはなった……っていう経緯。


 相変わらず愛を伝えてくれるけど、えっちなことは一切してこなくなった。最後にそういうことシたのって……2ヶ月前くらいかな? 瀧川くんに2ヶ月も触れられてないってこと? っていやいや、触れられるのが当たり前みたいな感覚なのがまずおかしいよ。瀧川くんとえっちなことする前提で話を進めるのはかなりどうかしてる。


「うん……おかしい、どうかしてる」

「ん? どの辺が?」


 颯真が私のパソコンを覗き込んで、なんとなく颯真のほうに顔を向けると、あまりにも距離が近すぎてスッと距離を取った。すると、颯真もそれを察したのか『ごめん』って小声で言って離れていく。視線を瀧川くんのほうに向けると、大石さんと軽い試作段階のアダルトグッズを手にして意見を言い合っていた。


 ・・・瀧川くんはああ言ってたけど、大石さんは瀧川くんのことどう思ってたのかな。遊びだった? 本気だった?


「先週頼んでた資料、とても丁寧にまとまってて読みやすかったです。ありがとうございました」

「いえいえ」

「篠宮さんってこういうの得意だったよね。高校の時マジで助かってた」

「いや、神尾さんのほうが得意だったでしょ」


 なんて何気なく昔話をしていたら、フワッと香ってきた瀧川くんの匂い……と思ったら、後ろから覆い被さるように私へ接触してきた瀧川くんに心臓が飛び出ちゃうんじゃないかってくらい、ドキドキバクバクして明らかにテンパる私。


 だって颯真もいるし大石さんもいるんだよ!?


「え、あっ、あのっ」

「ごめん、ちょっとパソコンいい?」

「へ!? あ、ああ、うん。どうぞ」


 カタカタとキーボードを打って『ここ、こうしたほうがいいんじゃない?』って数箇所修正しながら、未だに私から離れようとしない瀧川くん。私の心臓が持たないよぉ、これ。


「へぇ、意外ですね」


 何も言わず隣に座っていた颯真が、おそらく瀧川くんに向かってそう言ってる。


「何がですか」


 瀧川くんは相変わらずキーボードをカタカタさせながら、興味なさそうな声で応えた。


「宮腰さんって意外と距離感掴めないタイプなんですね」

「そうですかね。俺と篠宮さんの仲ならこんなものかなと。それより、神尾さんもなかなか距離感掴めてないみたいですけど大丈夫ですか? 気をつけてくださいね」

「へぇ、どんな仲なんですか? ちなみに俺と篠宮さんの仲なら、さほど気にするような距離感でもなかったですけど」


 ・・・えーっと、お願いだからバチバチしないで……?


「フフフッ。いやぁ、篠宮さん可愛いから大変ね~」

「いやっ、そんなことは……」

「ほら、篠宮さん困っちゃってるでしょ~? 宮腰君はこっちへ来なさい。まだ話の途中でしょうが」


『私の隣へ来なさい』と言いたげな大石さん。私は『行かないで』ってそう思ってしまった。私の傍にいて、大石さんのところへ行かないでって──。


「もう特に意見も無いですし、修正したいんで」

「そ? ちょっといい? 神尾君」

「あ、はい」

「篠宮さん、私と神尾君少し抜けますね」

「わかりました」


 大石さんと颯真が会議室から出ていくと、私から離れて隣に座った瀧川くん。


「篠宮さん」

「ん?」

「あまり隙を見せないでほしいな」

「ご、ごめん……?」


 私のほうを見ることなく、淡々とパソコンと向き合ってる瀧川くんの雰囲気がちょっと怒ってる感じで、でも仕事だから仕方ないよねって諦めてるようにも感じた。


「篠宮さんって隙だらけだって自覚ある?」

「え?」

「ちゃんと自覚してね。危なっかしいから」

「……う、うん」


 ・・・瀧川くんだって大石さんとちょっと距離近いし、あんな平気そうにアダルトグッズを持って、触って動かしたりしてさ……って、それが仕事なんだから当たり前だし、何もおかしくなんてない。おかしくなんてないんだけど……なんでだろう。モヤモヤが募っていく一方で、私へ触れてこなくなった瀧川くんに不安や不満も募っていく。


『触れてほしい』この一言が言えたらラクになるのかな──。いや、『触れてほしい』なんて言えないよ……私はまだ、なんの覚悟もできていないのに。忘れがちだけど瀧川くんはヤクザで、将来は組を背負うことになる人だから、ちゃんと考えて答えを出さないと。『好き』って気持ちだけじゃ足りないでしょ、ヤクザの女になるには。


 ヤクザの女になるには何が必要なの……? 物理的な強さ? 精神的な強さ?


「篠宮さん、キスして」

「うん……ん? 今なんて?」

「キスして」

「……はい?」

「お願い」


 マスクをずらして、私の後頭部に手を回してきた瀧川くんに分かりやすくテンパる私。


「ちょ、ちょっ、瀧川くん! だっ、ダメだって!」

「なんで?」

「いや、普通に考えたらやばいでしょ!? いつ大石さん達が戻ってくるか分からないし、そもそもここ会議室ね!? 誰か来るかもしれないじゃん!」

「ハハッ。いいね、スリルがあって」


 違う違う違う違う! そうじゃない! なんで楽しそうに笑ってるの!?


「もうっ、いいから離れて!」

「なら早くしてよ」

「だから、今はダメ!」

「今してよ」

「無理!」

「篠宮さん」

「ダメです!」

「今がいい」


 でた、でたよ、瀧川くんの変に頑固なところがっ! こうなった瀧川くんは私の言うことなんて全く聞かないってことを知ってる。誰かにこの状況を見られる前に何とかしなくちゃ(イコール)キスをしないといけない。


「ほら、早くしないと戻ってきちゃうよ?」


 長い前髪の隙間から、悪戯っぽい笑みを浮かべてる瀧川くんの瞳が見える。


「瀧川くんイジワルすぎ」

「ククッ。篠宮さん可愛すぎ」

「もう……バカ」


 あと少しで瀧川くんの唇に触れそうって時だった。


「んっ?」


 瀧川くんの人差し指が私の唇にトンッと押し当てられて、どういうこと? 状態の私。


「残念、おあずけだね」


 そう言って私から離れた直後、大石さん達が戻ってきた。


 ── 瀧川くん、その人離れした特技はなんですか。気配を察知する能力高すぎませんか。野生の感? いや、ヤクザの感ですか? とにかくありがとう、助かった。


「すみません、お待たせしました」

「い、いえ」


 ・・・えぇ……? なんとなくっていうか嫌でも分かってしまう、颯真の機嫌が悪いってことを。露骨に顔や態度に出すタイプではない颯真は、機嫌が悪いとだいたいペン回しをするか、首筋の辺りを指でトントンし始めるって決まってる。


 今、首筋の辺りを指でトントンしてるから、おそらく不機嫌。どうしたんだろう? 大石さんに怒られたとか……? わざわざ会議室出ていったくらいだし、それ説濃厚かもしれない。


 しばらく雑談も交えながら開発の流れを確認しつつ、今日の打ち合わせは終了。瀧川くんは倉本さんに呼ばれて嫌そうにしながらも去っていった。大石さんは会社でトラブったみたいで慌てて出ていったから、取り残されたのは必然的に私と颯真になるわけで──。


「美波、ちょっといい?」

「え? あ、うん」

「あの人がヤクザってマジ?」

「……は?」


 なんで、どうしてそれを颯真が知ってるの……?


「は、はあ? いやいや、なに言ってるの? そんなわけないっ」

「美波、お前騙されてないか? あの人に」

「も、もお、意味分かんないこと言わないでよ……はは」

「つーか、あの人がヤクザとかっ」


 私は慌てて颯真の口を押さえた。


「颯真、場所変えよ。何も言わないで、お願いだから」


 私がそう言うと、颯真の口を押さえてる私の手を軽く払って『わかった』と小声で言った颯真。素早く後片付けをして、私は滅多に人の来ない資料室へ颯真を連れてきた。一応鍵も閉めたし、これで誰も入ってこれない。


「で、どうなの」

「どうなのって……私の口からは何も言えない。会社内であんなこと言うのはやめて、迷惑だから」

「美波がろくでもない男と付き合ってるって噂は聞いてた。もしかしてあの男? マジでやめとけって」

「違う!! 宮腰くんじゃない。あんな男と宮腰くんを一緒にしないで」


 颯真を睨み付けると、少し顔をしかめて私を見下ろしてくる。


「ヤクザとかありえないだろ。危ないって分かんねーの?」

「宮腰くんは違う」

「あ? 何が?」

「宮腰くん優しい人だよ」

「なに、脅されてるのか? あの人に」

「は? そんなことっ」


 ガチャガチャッと音が聞こえて入口のほうへ目をやると、閉めたはずの鍵が開けられてドアが開いた。


「神尾さん困りますよ、こんなことされちゃ。で、何をしてたんです?」


 ・・・ヤバい、瀧川くんの雰囲気が完全にヤクザ(あっち)モードだ……ていうか、どうやって鍵開けたの? 私スペアキーも持ってきたんだけど……? 瀧川くんにできないことはないってことですか。


「あ、あのっ、宮腰くん。えっと、これはっ」

「悪いけど、篠宮さんには聞いてない。俺は神尾さんに聞いてる」

「美波にどういうつもりで近づいてんの? 君、ヤクザなんだよね?」

「ちょっ!! 颯真!!」

「ヤクザ? はは、なんのことかな。そんなことより、馴れ馴れしく篠宮さんの名前を呼ぶのはやめてくれないかな。君もだよ、篠宮さん」

「随分と器のちっさい男なんだね、宮腰さんって」

「なんとでも言ってよ。神尾さんにどう思われようがどうだっていいし」


 再びバチバチと火花を散らす両者。


 バチバチするのはやめて、お願いだから。一体どうすれば丸く収まるのだろうか……いや、ここまできちゃったらもう収まるはずもないか。どう考えたって颯真が瀧川くんの正体を知っちゃうのは厄介すぎる。おそらく大石さんが颯真に瀧川くんの正体を言ったんじゃないかな? 大石さんが何を考えてそんなことしたのか分からないけど。


 どうする? 瀧川くん。たぶん颯真に嘘は通用しないよ。


「宮腰さんみたい人がヤクザとか、人は見かけによらずってやつですね」

「ハハッ、随分と噛み付いてきますね。仮に俺がヤクザだったとして……あまり舐めたことしないほうが身の為なんじゃないですか?」


 背筋が冷えてゾクゾクするこの感じ……完全にヤクザ(あっち)モードだわ、瀧川くん。


「なんか話し声が聞こえると思ったらなにやってんすか。好きですね、ここ」

「何々~、修羅場ってやつですかぁ? 美波さんモテますね~。なんかおもしろそ~」


 ノックもせず、何食わぬ顔で入ってきた鎌倉くんと蛯原ちゃん。


「えっと、蛯原ちゃん、鎌倉くん。ちゃんとノックしなきゃダメだよ?」

「ああ、すんません」

「ごめんなさ~い」


 いよいよ資料室(ここ)も安全ではなくなってきちゃったな。


 鎌倉くんと蛯原ちゃんの登場でなんとかこの場が収まって、颯真は何事も無かったかのように『ではまた、お疲れ様でした』って去っていった。で、鎌倉くんも蛯原ちゃんも『じゃ、定時なんで~』と颯爽と去って、取り残されたのはもちろん私と瀧川くん。


「さ、さーってと……私達も帰りますかぁ!」


 ドアを少し開けた時だった。


 後ろから伸びてきた長い腕が視界に入って、大きな手がバンッ! とドアを閉め、私は見事に背後を取られてしまった。なんで私はこの人に背を向けてしまったのだろうか。


「篠宮さん、俺に言うことは?」

「ご、ごめんなさい」

「なんで資料室(ここ)にあの人を連れて来たの? しかも2人きりだし」

「だって、瀧川くんがヤクザだって会議室で言い始めたから……」

「俺の為にって気持ちは嬉しいけど、あの人とこういう場所で2人きりになるのはやめて。危ないから本当に」


 私からしたら『バチバチするのはやめて』って感じなんだけど。


「以後気をつけます」

「うん、そうしてくれると助かります」


 瀧川くんは私の頭をポンポン撫でてドアを開けた。


「帰ろっか」

「え?」

「ん? どうしたの?」

「い、いや、なんでもない……帰る」


『えっちな展開あるかな?』とか思ってた自分を殴りたい。これじゃ期待してたみたいで死ぬほど恥ずかしすぎる。


 欲求不満なのかな、私──。

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