ごめん、我慢できなくて
「では、今後の日程はまた連絡しますね」
「はい。お疲れ様でした」
「篠宮さん。これよかったらどうぞ、参考にして?」
「? あ、ありがとうございます」
大石さんが大きめの紙袋を私に差し出してきたから受け取って、チラッと中を覗いてみると……わーお、大人のおもちゃが色々と入ってた。
「じゃあ、私達はこれで」
大石さんと颯真が出ていった直後、会議室の鍵をガチャッと閉めた瀧川くん。
・・・え? なんで鍵閉めたの?
「篠宮さん、あの人とどういう関係?」
「あの人……?」
「言わなくても分かってるでしょ、神尾さんだよ」
私のほうへ振り向いた瀧川くんがジリジリと迫ってくるから後ろへ下がると、コツンッとお尻に机の縁が当たって止まった。もうこれ以上は下がれない。
「ど、どういう関係って……高校が一緒でっ」
「ふーん、それだけかな」
長い前髪とマスクのせいでどんな表情をしているのか分からないけど、この声の感じは私に疑いの目を向けてるんだろうな。ちょっと気に入らない……いや、かなり気に入らない。だって瀧川くんが私を責めるのはおかしくない? 自分だって大石さんと関係あるくせに──。
「瀧川くんこそどういう関係なの?」
「なにが」
「大石さんと」
一瞬動きが止まった瀧川くん。私が気づいてないとでも思ってた? 私がそんなこと聞いてくるなんて思いもしなかった?
「それは……君が知ることじゃないよ」
なによ、それ。
「だったら神尾さんと私の関係を瀧川くんが知る必要もないよね?」
「……まあ、それもそうだね」
「ちょ、っ……!?」
ガタッと音を立て、私は机の上に押し倒されてしまった。両手を頭の上で押さえ付けられててビクともしない。
「玩具使ったことないんでしょ? 使い方とか分かんないよね、俺が教えてあげるよ」
「は!? なっ、なに言ってるの!?」
「使い心地とか必要じゃないかな、データとして」
「だ、だからってこんな場所でっ」
「大丈夫でしょ、篠宮さんが声を出さなければ問題ないよ。頑張って声抑えてね? 俺、他人に聞かせる趣味とかないから」
長い前髪から垣間見える瀧川くんの目は、いつもの優しさもなければ艶っぽさもなくて、ただ怒りに狂ってるような……とても冷めた瞳をしてる。
「た、瀧川くん! なに考えてるの!?」
「さあ? なに考えてるんだろうね」
いつもなら『愛してるよ』ってキスしてくれるのに、マスクを取る気配がない。そして、大人のおもちゃで責め続けられた。
「っ……瀧川くん、だめっ……!」
「そう? 随分と良さそうだけど」
「……んんっ!」
「篠宮さん声出てる。ちゃんと抑えないと聞こえちゃうよ?」
初めてのおもちゃはあまりにも刺激が強すぎて、全身がビリビリと痺れる。この刺激に体を小刻みに震わせて、この行為が終わるのを快感に溺れながら待つことしかできなかった──。
「相変わらず甘いね、君の蜜は」
「……っ、最低」
「ん? 最高の間違えじゃない?」
鼻で笑って、どうでもよさそうな冷めた態度の瀧川くんにどうしようもなく腹が立って、悲しくて、寂しくて、瀧川くんの頬に思わずパシンッ!! と平手打ちしてしまった。
「瀧川くんなんてもう知らない!!」
「……っ、篠原さん!!」
私は瀧川くんの制止を振り切って会議室から飛び出す。
「おっと……なんだ大丈夫か? 顔赤いぞ~」
「っ、倉本さん。お、お疲れ様です」
「……なんかお前、妙にエロいな」
倉本さん、それ完全にアウトだよ。まじでセクハラ。
「訴えられますよ」
「ハハッ! 冗談だっての~」
なんて言いながら私の頭を撫でて去っていく倉本さん。とりあえず会議室付近には誰もいないし、もう定時すぎてるから人自体少ない。デスクに戻って荷物を持ち、そのままアパートへ向かった。
アパートにいることが怖いと思う感情より、瀧川くんをビンタしてしまったことに対する罪悪感と、会社であんなことをシてしまった背徳感と、大石さんと瀧川くんの関係性が気になってモヤモヤして苛立ってしまう自分が嫌だっていう感情のほうが遥かに勝って、アパートへ帰って来てしまった。
ずっとスマホ鳴ってるし、瀧川くんが心配してメッセージや電話をしてくれてることも分かってる。でも、会議室での瀧川くんの行為に乱暴さはなかったけど、そこに感情も感じなかった。ただただ嫉妬を抑えるためだけの行為みたいな……それは私じゃなくてもよかったんじゃないかって思うほど冷めた瀧川くんの態度が、どうしようもなく虚しくて悲しいの。
いつもの瀧川くんじゃないみたいで、もしかしたら本命が現れて、私のことなんてどうでも良くなっちゃったのかな? とか、考えれば考えるほど胸が苦しくて張り裂けそうになる──。
こんな気持ちじゃ瀧川くんと一緒にいれないよ。
しばらくするとインターホンが鳴って、玄関ドアの向こうにいるのはきっと瀧川くんだろうなって……そう思って、そっと玄関ドアに手を添えた。感じるはずもないあなたの温もりを探して馬鹿みたい。
「篠宮さん、さっきはごめん。神尾さんに嫉妬して、どうしても苛立ちが抑えきれなくなった。本当にごめん、我慢できなくて。君に酷いをことして、傷つけてしまった」
今にも泣き出しそうな瀧川くんの弱々しい声に胸がぎゅっと締め付けられる。会議室であんことしてきたのは本来許せる範疇越えちゃってるし、これが瀧川くんじゃなかったら本当に訴えるレベルだけど……。冷たくて感情の込もってない行為だったはずなのに、絶対私に対して乱暴な扱いをしなかった瀧川くんに、心の底から『許せない!』と思えない私もいる。そもそもあの瀧川くんが一切愛のない触れ方をする? するわけがないよね。いつもとは違っただけで、結局は歪んだ愛をぶつけてしまったんだろうなって、そう思う。
「我儘だってことも、自分勝手だってことも、最低な男だってことも分かってる、分かってるけど……篠宮さん、お願いだから俺のところに戻ってきて。ここに居させるのは心配なんだ。もう何もしないから、君がいいって言うまで絶対に何もしないから……だからお願い、俺のところに戻って来てほしい」
瀧川くんはいつだって私のことを考えて私中心で物事を考えてくれる。私も大石さんに嫉妬してモヤモヤして、瀧川くんに悪態をついてしまったのも事実で、会議室でああなってしまったのは、少なからず私にも原因はあると思う。これからのことを考えると、本当のことをお互いちゃんと話すか、いっそのこと一切触れないか……どっちかにしないといけないと思う。
一切触れないのは無理だよ。だって私は知りたい、本当のこと──。モヤモヤしたまま何事もないように自分を偽って、瀧川くんと一緒にいるのは嫌だ。
ガチャッと玄関ドアを開けると、そこにいたのは悲痛な表情を浮かべている瀧川くんで、私に過去の話をするのがかなり抵抗あるんだろうなって察した。それでも私は瀧川くんの全てを知りたいって、そう思う。それがどれだけ残酷だろうと、私は瀧川くんの全てを知る必要があるって思うの。
「瀧川くん、ごめん。頬痛くない?」
思いっきりひっ叩いちゃったから瀧川くんの頬は赤く腫れていた。
「大丈夫だよ。篠宮さんは? 痛いところない?」
瀧川くんは怒ってても結局は優しいから、私を乱暴に扱ったりはしないでしょ? だから、痛いところなんて無いよ。瀧川くんが私に対して非道になるなんて、想像もつかないや。
「うん、全然平気」
「……ごめん、篠宮さん。一緒に帰ってくれるかな……俺と」
私に差し伸べてきた瀧川くんの手は微かに震えていた。私がその手をしっかり握ると、少し安心したように握り返してきた瀧川くん。お互いこの手が必要なんだって実感する。
「瀧川くん、後で話がしたい」
「うん。俺も」
瀧川くんのことだから、私のことはほぼ全て把握済みだとは思う。なのに颯真のこと濁しちゃったからこんな大事になっちゃったんだよね……。ちゃんと自分の口から話そう、全てを──。




