抑えることができなくて
── 瀧川くん家に住み始めて早数週間
会社の人にバレると面倒なことになりかねないと私が言い張って、出社のタイミングをズラすようにしてあるし、瀧川くんは会社内で私にベタベタしてくるようなことは絶対にないから、バレる要素は今のところない。けど、ちょっとした物陰に連れ込まれてキスされるから、油断も隙もあったもんじゃない状態。『バレなきゃいいんでしょ?』スタンスの瀧川くんに振り回されっぱなしの私。
結局、ほぼ毎日抱かれちゃってるし……どうしよう、この中途半端な状況。
「篠宮さーん、この資料の最終チェックお願いしてもいい?」
「あ、はい。確認しておきます」
「悪いねえ、よろしく~」
「いえいえ」
・・・視線を感じた先にいたのは、もちろん瀧川くんだった。瀧川くんだったら私に気づかれないようにすることもできるはずなのに、こんながっつり視線を感じたってことは、きっと“敢えて”だと思う。『俺を見て』ってことかな。
長い前髪で目が隠れてるから、どこを見てるかなんて本来は分からないけど……でも、私を見てるってそう言い切れる。優しくて色っぽい、あの瞳で私を見てるんじゃないかって思うと、胸がドキドキして苦しい。家でも会社でも、瀧川くんのことで頭がいっぱいになっちゃう……って、仕事に集中しなきゃ。
「篠宮さん、宮腰君、ちょっといいか? 会議室に来てくれ」
「は、はい」
「……」
・・・え、なんで私達が呼ばれたの? もしかして、同居してるのがバレた? っていやいや、正直これに関してはなんの問題ないでしょ……会社側からしたら。となると、会社内でキスしてるのがバレた? いや、瀧川くんがヤクザだってバレた? とか、瀧川くんとの秘めごとが多くて心当たりしかないのがツラい。
── 会議室にて
「単刀直入に言おう。篠宮さん……君に新プロジェクトのリーダーを任せることになった」
「あ、はい、分かりました……って、ええっ!? 私ですか!?」
「詳しくはこれから説明する。そして宮腰君、君は篠宮さんの補助を頼む。同期同士仲良くやってくれ」
いやいや、急すぎない? もはや拒否権無い感じだし。『任せることになった』って既に決定事項じゃん……。しかも、なんで私? 瀧川くんのほうが仕事できると思うけど──。ま、この陰キャ風を演じてたらリーダーに抜擢されることはないかぁ……きっと仕事はできるけど重度のコミュ障かなんかだと思われてるだろうし。ええーー、どうしよう。気が乗らないなぁ。
まあ、自信はないけどこの年齢で新プロジェクトのリーダーを任されるなんてありがたいことだし、光栄なことではあるよね? やれるだけやってみようかな……? 瀧川くんもいるし。
「わかりました。宮腰くん、よろしくね」
「うん」
── 会議室のドアをコンコンッと控えめにノックして、『失礼します』と入ってきたのはとても綺麗な女性と……え、え? ええ!? まさかの高校生の時に付き合ってた元カレだった。
これ、瀧川くんにバレないようにしなきゃやばくない? そんな気がしてならないよ。そう思いながら瀧川くんをチラッと見てみると……え、なんで──。
いつもなら見向きもしないで私のほうばかりを見てる瀧川くんの視線が、綺麗な女の人のほうへ向けられているのが分かる。それにどうしようもなくモヤモヤして、ズキッと心が痛む。
瀧川くんが女の人に対してこんな反応してるのはじめて見たな。私は私で元カレに凝視されてるし、なんなの? このカオスな状況は。
「こちらは今回共同で事業を行うことになったC社の大石さんと神尾さんだ。じゃ、後は若い者同士で」
なんて言って部長はそそくさと退散した。
「はじめまして。C社代表の大石奈津美と申します。よろしくお願いいたします」
瀧川くんは大石さんの名前に少しだけピクッと反応した。やっぱおかしい、絶対に何かあるでしょ。もしかして元カノだったりして……? いやいや、やばいでしょ。お互いの元恋人が揃うとか笑えないし、めちゃくちゃ気まずくて既にこの企画から外れたい。
「はじめまして、神尾颯真です。よろしくお願いいたします」
・・・うん、やっぱ元カレだ。もしかしたらそっくりさんかもって期待を寄せてたけど、呆気なく散った。でも、お互い大人になったし、ここはビジネスの場だから安易に絡んでくることはないと思う。そういう空気は読める人だったし。
「はじめまして、篠宮美波と申します。プロジェクトリーダーとして最善を尽くして務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
「はじめまして、宮腰司です」
チラッと大石さんを見てみると、瀧川くんを見て目を見開いている。この姿だから瀧川くんって気づかなかったんだろうな……多分。で、声で気づいたんだと思う。この2人がどういう関係なのか、だったのか、気になって仕方ないけど私にはそれを聞く権利もない。だって、瀧川くんの何者でもないから──。
「プロジェクトの概要について、うちの神尾から説明があります」
「では、僕から概要の説明を。現代の日本は“恋人”・“結婚”……そして、“性”について消極的な男女の割合が年々上昇傾向にあります。わが社はそこに目を付け、新たな事業を行おうと考えました。その事業に賛同してくださったのが御社です。単刀直入に言いますと、“アダルトグッズ”の開発を行います」
・・・ん? え? はぁあっ!? アッ、アダルトグッズぅ!? いやいや、なんの冗談? うちの会社どうなっちゃってるの!? 分野拡大のレベルが度をすぎちゃってないかな!?
「ア……アダルト……グッズ……ですか」
「どうしました? 篠宮さん」
颯真が私をジッと見てる……ていうか、なんでそんな平然としてられるの? 元カノとアダルトグッズの開発なんて、普通だったら気まずくない!?
「い、いえ……今プロジェクト内容を知ったので少し驚いてしまって、すみません」
「そうですか。では、お手元の資料に目を通していただき、今日は軽く意見交流が出来れば……と思っています」
資料に目を通して見たものの、アダルトグッズなんて使ったこともなければ触ったこともないし、実際に見る機会もなかなかなかった。
「どうです? 篠宮さん」
「え? ああ、ええ……そうですね。すみません、こういうものに疎くて……これから勉強します」
「あ、すみません。不躾なことをお聞きして」
「い、いえ……」
颯真との間に微妙な空気が流れて、それをフォローしてくれたのが大石さんだった。
「大丈夫ですよ。この企画にはそういう女性の視点も重要になってきますし、やはり女性リーダーは必要不可欠だと思います。私も全力でフォローしていくので一緒により良い物を作り上げましょう、篠宮さん」
「あ、はい。ありがとうございます」
── それから資料を見て、実物を触ったり動かしたりしながら、こうしたほうがいいんじゃないか、ああしたほうがいいんじゃないか……と意見交流が続く。大石さんはひたすら瀧川くんに話を振っていた。瀧川くんも普通に受け答えしてるし。なんなんだろう、めちゃくちゃモヤモヤして嫌になる。
「──さん。篠宮さん」
「あ、すみません……なんですか?」
「浴室での使用を考えた時、篠宮さんなら何を気にしますか?」
浴室で大人のおもちゃ……かぁ。気になるのはやっぱ“音”じゃないかな? 多分。
「神尾さん、篠宮さんにそういう質問はどうかと思いますけど」
「ちょ、宮腰くん」
めちゃくちゃ不機嫌そうな声の瀧川くんにハラハラする私。
「すみません。でも、これは仕事ですよ? 宮腰さん」
「仕事だからって何でも聞いていいわけっ」
「宮腰くん! あ、あの……私リーダーだし、やるからにはこのプロジェクト成功させたいから。だからっ」
「すみません、少し席外します」
「ちょっ……!!」
会議室から出ていった瀧川くん。
「すみません、私も少し席を外しますね」
「え? あ、ああ……はい。分かりました」
瀧川くんを追うように会議室から出ていった大石さん。で、颯真と2人きりになってしまった。ぶっちゃけ気まずいし、あの2人のことが気になって仕方ない。
「久しぶり、美波。元気にしてた?」
「う、うん……颯真は?」
「この通り、バリバリ仕事してるよ。まさか仕事で美波と再会するなんてな」
「ね、本当にびっくりした」
── 颯真と別れたのは結局、私が颯真を信じきれなかったのが原因だったな。颯真はとにかく容姿が良くて、運動神経も抜群。頭も良くて、そして……誰にでも優しい人だった。私は他の言葉に耳を傾けて、颯真の言葉疑って、誰にでも優しい颯真を最後まで信じきることができなかった。だから、私から別れを告げたんだっけ──。
「もしかして、宮腰さんと美波付き合ってる?」
「え?」
「ほら、さっき宮腰さん怒ってたじゃん」
「ああ……いや、付き合ってはないよ。同期なんだよね、宮腰くんと」
「へぇ~」
「……あ、あのさ」
『大石さんと宮腰くんがどんな関係か知ってる?』って聞きたかったけど、それはなんか違う気がしてやめた。
「ん? どうしたの?」
「いや、なんでもない。ちょっとごめん、お手洗い行ってくる」
会議室を出て廊下を歩いていると、どこからか大石さんの声が聞こえてきた。
「久しぶり、司君」
「お元気そうですね、奈津美さん」
「何年ぶりかしら」
「10年くらいじゃないですかね」
「そりゃ私も年取ったはずだわ。で、なんで偽名なの? というか、なんで司君が一般企業に?」
「あーまあ、色々ありまして」
大石さんは瀧川くんがヤクザだってこと知ってるんだ。ていうか、私なんかよりも大石さんのほうが瀧川くんのこと色々知ってるんじゃないかな、この感じだと。
「ねえ、司君。今夜どう?」
「奈津美さん結婚してるんですよね?」
「ああ……もう別れたのよ。バツイチ」
「へぇ、そうなんですか」
「あの時、司君を選べば良かったなって後悔してる」
・・・やっぱりそういう関係だったんだ……この2人。どっからどう見てもお似合いだし、大石さんに勝ってる部分なんて私にはない。
苛立ちとモヤモヤを抑えることができなくて、来た道を戻った私は思わず会議室のドアをバンッ! と勢いよく開けてしまった。
「うおっ!? びっっくりしたぁー」
「……あ、ごめん颯真。ちょっと力加減ミスった」
「なに、あの2人やっぱ訳あり?」
「え?」
「いや、大石さんと宮腰さん。なーんかやたらチラチラ見合ってるなーとは思ってたんだよね。俺達みたいに元カレ元カノ的な感じ? 結構年上好きなんだな、宮腰さん。大石さん俺達の10個上だからね」
・・・ということは、瀧川くんが16歳で大石さんが26歳の時に関係が終わってるってこと? 禁断の恋……みたいな?
さらにモヤモヤが募っていく。
「へぇ、そうなんだ」
「怒ってる?」
「いや、別に」
ダメだ。感情を抑えることができなくて、露骨に出ちゃってる……態度に。社会人何年目よ、私。仕事に私情は持ち込まない……とはいえ、最近瀧川くんのことばかり考えてるけどね、仕事中に。本当にいい加減にしなきゃダメだよね。
「美波」
「ん?」
「好きなの? 宮腰さんのこと」
ジッと私の瞳を見つめながら席を立って、私に近づいてきた颯真。そういえば颯真もなかなか距離感おかしい人だったな……と思い出して、距離を取ろうと後ろへ下がった時、バランスを崩して倒れそうになったのを颯真が支えてくれた……のはありがたいんだけど私達、抱き合ってるみたいになってるよ。
「あっぶね。大丈夫か? 美波」
「……あ、うん。ごめん、ありがとう」
そんなタイミングでガチャッと会議室のドアが開いて入ってきたのは、大石さんと瀧川くんだった。
「あらら、お邪魔だったかしら」
「え、あ、いやっ、これはっ」
「違いますよ。篠宮さんが倒れそうになったのを支えただけですって。ね、篠宮さん」
「は、はい。その通りで」
私達はスッと離れて席へ座ると、瀧川くんは何も言わず席に座った。
── いつも以上に瀧川くんの感情が全く読めない。




