それはやめて
「瀧川くん」
「ん?」
「今日の夜ご飯なににする?」
「うーん。そうだね、篠宮さんにしようかな」
「……はい?」
日曜の真っ昼間に微笑みながら何を言ってるんだろう、瀧川くんは。というか、それはやめて。満面の笑みでジリジリ迫って来るのはやめて。
「ちょ、瀧川くん。迫ってこないで!」
「ハハッ、君が逃げようとするからだよ」
「瀧川くんが迫ってくるから!」
「迫られると不都合なことでもあるのかな?」
キッチンの端に追いやられて絶望する私と、そんな私をとても嬉しそうに眺めて笑ってる瀧川くん。
「捕まえた。もう逃げられないね? 篠宮さん」
「たくさん食べたでしょ、私のこと」
「ククッ。なにそれ、可愛いこと言うね。正直全然足りてないけど、どうしたらいいのかな?」
どうにもできません、以上です。
私の瞳から徐々に光が失われていくのを感じる。ジトーッとした目で瀧川くんを見上げて、『もう絶対にシませんよ』アピールをする。すると、困ったように笑って私の頭をポンポン撫でた瀧川くん。
「ほんっと君には敵わないよ。夕飯の材料とか諸々買いに行こうか……なーんてさ、あっさり引き下がれるほど出来た人間じゃないんだよね、俺」
「え、ちょっ、待っ……!?」
私の唇を塞いで『待て』を言わせてくれない瀧川くんはイジワルだ。毎回そう、絶対に言わせる気ないでしょ。
「うーん、どうしようか。篠宮さんが上手にキスできたら今日は我慢するよ」
「なっ、なんでそうなるの!?」
「どうする? 腰が砕けるまで俺に抱かれるか、自らキスをするか……まあ、明日から仕事だし、どっちが良いかなんて明白だとは思うけど」
目を細めて、色っぽく微笑む瀧川くんは本当にイジワルだと思う。こんな選択肢、実質選ぶのなんてひとつしかないじゃん。
「……キ、キスにする」
「そっか。上手にできるといいね?」
完全に瀧川くんのペースに呑まれている私は、悪戯な笑みを浮かべる瀧川くんを睨み付ける。睨まれて嬉しそうに笑っている瀧川くんを見て、『この人、やっぱ“異常”なんだ』と確信を得た。いや、もうとっくに確信はしてたけど。
「その嬉しそうに笑うのはやめて」
「え? だってさ、篠宮さんが不服そうにしてるのが死ぬほど可愛くて。そんな蔑んだような目で俺を見てくる君がとても愛おしいんだよ」
── どうかしてるよ、瀧川くん。君は……“異常”。
「……あの、少し屈んでくれる? 届かないから」
そう言いながら瀧川くんの胸元に手を添えて、シャツを軽く握った。
「篠宮さん、あまり俺を煽らないでよ。君を壊したくなっちゃうから」
なんて言いながら少し屈んで、『早く絡めてよ』と言わんばかりに舌を出している瀧川くん。そんな瀧川くんがとても艶っぽくてドキドキする。私ばっかドキドキさせられて、余裕もなくて、ちょっと気に入らない。瀧川くんも私と同様にドキドキして、余裕なんて無くなっちゃえばいいのに。私だってやる時はやるんだぞって魅せつけてやる……と、謎の闘争心が芽生えた時、瀧川くんはニコッと微笑んで舌をしまった。
・・・何を考えてるんだろう、この人は。
チュッと重ね合わせた唇のフワッとした感触、全身にビリビリと電流が走るような感覚。何度味わっても飽きることのない瀧川くんの唇。触れた瞬間に、自分の唇がスーッと溶けてなくなるんじゃないかと思うほど、瀧川くんの唇はあたたかくて、柔らかくて、甘い。
触れるだけのキスを何度も繰り返した。それだけじゃ物足りなくなって、瀧川くんの唇を割って舌を入れる。舌を絡めようとすると、舌を逃がす瀧川くん。
「瀧川くん」
「ん? どうしたの?」
「逃げないでよ……っ」
「ククッ、ならもっと激しく追いかけてよ」
・・・瀧川くんはイジワルだ。本っっ当にイジワル!!
それから瀧川くんはなかなか舌を絡めさせてくれなくて──。
「もう……イジワルしないでっ……!」
「ごめんごめん、篠宮さんが可愛くてついつい。ほら、思う存分絡めて?」
舌を絡めて、互いの存在を確かめ合うようなキス。これは瀧川くんがしてくるキスを真似ているだけ。だって、瀧川くんのキスは悔しいけど凄く気持ちいいから、きっと瀧川くんもこのキスが気持ちいいと思ってくれるはず。しばらく積極的に舌を動かしていると瀧川くんの反撃? が始まった。
想いを、心の中を伝えてくるような、深くて濃厚な甘いキス。全身が痺れて絆されていくこの感覚に、もう抜け出せなくなる。
激しいのにとても丁寧な瀧川くんのキスは、嫌でも“愛されてる”と実感する……というか、錯覚してしまう。このキスは魔性で、一度喰らったら他はもう受け入れられなくなる。私はただただ瀧川くんに溺れていく──。息を切らしながら過ぎゆく時を止めるように、重ねられた唇はなかなか離れなかった。もう何がなんだか分からなくなるほど頭がフワフワして、ただただ気持ちいい。
「んんっ……」
「愛してるよ、篠宮さん」
瀧川くんは仕草や言葉で愛を伝えてくれる。それは何度味わってもくすぐったい。けど、とても心地いい。全身が瀧川くんで満たされていくのが心地よくてたまらないの。だから瀧川くん……我儘だって分かってるけど、これからもその愛を変わらず私に注いでほしい──。瀧川くんで私を満たして、乱してほしい。
結局、謎の闘争心が消え失せるほど瀧川くんに絆されてしまった。
「うん、上手にできたね? 篠宮さん」
優しい笑みを浮かべながら満足げに私の頭を撫でている瀧川くん……の逞しく反り勃つ大きなモノが私の下腹部に当たってて、それがものすごく気になる。
与えてもらってばっかじゃダメだ、私も瀧川くんの役に立たないと。
「あの、瀧川くん……してもいい?」
瀧川くんの大きなモノを指差しながらチラッと見上げると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして私を見下ろしてる。
「……え?」
「してもらってばっかだからっ」
「え、あ、え、いや、いやいや、いいよ、そんなことしなくても」
「ダメ……かな?」
私がそう言うと、険しい顔をしながら目頭をギュッと押さえて、何かと葛藤してる瀧川くん。
「ごめん、篠宮さん。めちゃくちゃ嬉しいんだけど、多分俺……暴走しちゃうからやめておくね。ありがとう、その気持ちだけ充分だし昇天しそうだよ」
・・・私は安易に想像できてしまった……瀧川くんが私にハードなプレイを要求してくる姿が──。生唾をゴクリと飲み込んで、私はニコッと微笑みながら何事も無かったように瀧川くんからソソッと離れた。
「よし、瀧川くん。買い物へ行こう! なに食べたい?」
分かりやすく話題を変えた私に笑うしかない瀧川くん。そんな瀧川くんを見て私も自然と笑みが溢れる。なんだろう……この感じ。心がほっこりして、幸せで満ち溢れていく──。こんなの初めてだよ。
「今日は和食かな~。どう? 篠宮さんは」
「いいね、私も和食気分だった」
他愛もない会話をしながら瀧川くんが運転する車に揺られ、大型スーパーに着いた。あのクソ野郎とは違って、さりげなくカートを押してくれる瀧川くん。絵になりすぎてる姿に周りの女子達の視線は瀧川くんへ向けられている。それもそうよ、瀧川くんを見ないほうがおかしいもん。見なきゃ損だよね、損。でも、ちょっとモヤモヤはするけど。
張本人はそんな視線をガン無視して、私にべったり状態。
「ちょ、瀧川くん。近すぎない?」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「あれ? おーーい、篠宮ちゃん!!」
パッと前を向くと、会社の先輩が手を振りながら小走りでこっちに向かってきた。
・・・これ、非常にまずい状況なのでは?
「あれって確か会社の人だよね」
「“あれ”って言わないで。ていうか、早く離れてよ!!」
「ま、俺ってバレないだろうし大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないって!!」
「ハハッ」
「もう! 笑い事じゃないし!」
「可愛いね」
小声でコソコソ言い合ってるうちに先輩が来てしまった……。
「篠宮ちゃんって家この辺じゃなかったよね~? こんな所で会うなんてびっくりしたよ~」
「ああ、えっと……たまにはいいかなって思いまして」
「へぇ~!」
先輩が瀧川くんの顔をジーッと見て、爪先から頭のてっぺんまで凝視している。瀧川くん=宮腰くんって気づく人はなかなかいないだろうけど、知ってる私からしたら、もう宮腰くんは瀧川くんで瀧川くんは宮腰くんなんだよね。
「てか……めっちゃイケメン!! 何々、新しい彼氏!? 前の浮気男君とようやく別れたんでしょ~? こーんなイケメンな彼氏がすぐ出来ちゃうなんて、やっぱ篠宮ちゃんはモテるね~!」
「い、いやいや、違いますって。お、お兄ちゃんなんです! 親戚の!」
咄嗟に出てきた噓が親戚のお兄ちゃんとか……ごめん、瀧川くん。今だけは親戚のお兄ちゃんになって。ていうか、できれば私の腰に回してる手を退けてくれないかな? 親戚のお兄ちゃん距離感掴めなさすぎてるって。
「親戚のお兄ちゃん……ねえ」
お兄ちゃんが隣でボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。しかも、ちょっと不服そうな声してたし。
「へぇ! いいなぁ、こんなイケメンな親戚がいるなんて~」
あっさり騙されてくれた先輩は、どうやら瀧川くんが宮腰くんだとは気づいてないっぽい。とりあえず一安心……と言いたいところだけど、瀧川くんがこの設定に乗ってくれるかどうか。
チラッと瀧川くんを見上げると、『俺、篠宮さんの“お兄ちゃん”ではないんだけど?』と言いたげな目をして私を見ている。
「あはは~、よかったね~? たっくん! イケメンだってさぁ!」
ひきつった笑みを浮かべて、『話を合わせて!』と必死に訴える私。ムスッとして『別に合わせてもいいけど、ご褒美くれる? くれなきゃ合わせてあげないよ』みたいな瞳で私をガン見してくる瀧川くんに私はコクコク頷いた。
「ははっ、イケメンだなんて嬉しいな。どうも、はじめまして。美波がいつもお世話になってます」
瀧川くんが『美波』なんて言うから、ドキッと胸が弾んだ。
「いやいやぁ~、お世話になってるのはこっちですよ~。篠宮ちゃん仕事できるから~」
「へぇ~。これからも美波のことよろしくお願いしますね」
「こちらこそ~。じゃ、篠宮ちゃんまた明日ね~!」
「あ、はい! また明日~」
胡散臭い笑みを浮かべている瀧川くんと、なんとか笑顔で先輩を見送る私。
「ねえ、篠宮さん」
急に真顔になるのはやめて、怖いから。
「な、なんでしょうか……」
「別に彼氏設定でも良かったよね。俺、篠宮さんの“お兄ちゃん”とやらになった覚えはないんだけど。しかも“たっくん”て」
それはやめて、もう掘り返さないで。
「だって会社の人だし、話がややこしくなると大変じゃん」
「ま、なんでもいいけど……ご褒美、忘れないようにね?」
ニヤッとして、えっちなことする気満々な瀧川くんにサーッと血の気が引いてく私。
「えっちなことはナシ」
「つれないなぁ、その気にさせればいいのかな?」
「いいわけないでしょ、バカ」
「ハハッ。本当に可愛いね」
── この後、ひたすら距離感のおかしい瀧川くんは私から離れることもなく、無事? に買い物を終えて帰宅した。
「瀧川くん」
「ん?」
「ご褒美あげる」
「っ!?」
振り向いて少し屈んだ瀧川くんの口に無理やり飴を押し込んだ私。
「ご褒美と言えば“飴ちゃん”でしょ?」
「へえ、なるほどね」
「え、ちょっ……んっ!?」
飴がどろどろに溶けて無くなるまで、甘い甘いキスを注がれた。
「んっ、もう……なんでこうなるの!?」
「ハハッ、ごちそうさま。いつにも増して甘かったね」
なんて艶っぽい表情で私を見下ろしてくる瀧川くんに、ドキドキさせられっぱなしの私だった──。
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