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黒の魔女  作者: 希望無人
31/32

31話 接敵

「それじゃあ、手筈通りにね」


「ああ、そっちもな」


 試験開始早々、エルフィは背を向け、颯爽と森林地帯の奥地へと姿を消した。


「本当に、大丈夫ですかね……」


「信じる他にない。俺たちも、やるべきことをやろう」


 試験終了は二時間。

 略奪がアリとはいえ、宝石をできる限り早めに手に入れておくに越したことはない。


 俺とルイに任された仕事は隠密行動。エルフィのルートを迂回して後ろから回り込む形となる。


「それじゃあ、隠密魔法を掛けます」


 ——『インビジブル・ヴェール』


 半透明の幕がドーム状に掛かる。


「一応、これである程度姿はくらませられますけど、手練れの魔術師が相手だと簡単に見破られます。物音はできるだけ立てないように行きましょう」


「了解だ」


 俺とルイは森林地帯の縁沿いに足を進めた。


 改めてルートを再確認する。

 この地帯の直径を渡るには最短で三十分ほどかかる。そこを探知魔法をかけながら突き進むのが理論上最適だが、当然俺たちは迂回するため甘く見積もっても一時間は掛かると考えた方がいいだろう。


 さらに、問題はそれだけではない。


「——うわあ!?」


 ルイがつまずく。

 俺は倒れる彼の体を手で止めた。


「……っ!」


 手が地面に軽く触れた、瞬間。

 地表が崩壊し、瞬く間に奈落が姿を現した。


「落とし穴……」


「相当深いな。これに落ちていたら、軽く骨折はしていただろう」


 一息つくのも束の間、ルイは足元に目を向けた。


「僕が引っかかったこの縄、一体何——」


「まて、伏せろ!」


 何かが軋む音。

 視界の端に、岩が飛んでくるのが見えた。


「フッ!」


 木剣を振り上げ、飛礫を全ていなす。


 油断も隙もないな。


「し、死ぬかと思いました……」


 おそらく、この先にはこれ以上の罠が無数に仕掛けられている。

 敵は人間だけではないということだ。


 否が応でもでも歩調は遅くなる。

 しかし、それでも着実に行かねばならないだろう。


 所要時間を計算しつつ、俺たちは前進した。


 =====


 試験開始から三十分。


 森林地帯では、各地から悲鳴が上がっていた。

 罠にかかる奴、魔獣に襲われる奴、しかし最も被害を出していたのは——


「どうしてだよ……」


 爆炎が立ち上る。


「どうしてお前がここにいる……アリア・フィグラルツ!」


 無慈悲にも挑戦者たちを蹴散らしていく魔術の数々。

 今や彼女たちの手によって、受験者の相当数が脱落に追い込まれていた。


「アンタたちが前にいると邪魔なの。どいてもらえる?」


「クソッ、クソォ……! お前たちは、平原地帯で大人しくドンパチしておけよおおおおおおお!」


 抵抗も虚しく、一瞬で葬られる男子生徒。


 それを見てハンスは眉を顰めた。


「手応えがねえなァ……これじゃあ、平原地帯でまともな奴と戦った方が成績に加点されるんじゃねえか?」


「そう思うなら、今からアンタだけで行けば?」


「わ、分かった。ただの冗談だって」


 すると、アリアは不意に表情を変えた。


「ど、どうしたよ……?」


「見えた」


 魔力探知が、一人の存在を察知する。


 この魔力量、間違いなく黒の魔術師(エルフィ)

 

 しかし、エルフィの気配を察知することは出来たものの、問題があった。

 ——側に他の気配が感じられない。


 一人だけ孤立している……?


 アリアは即座に敵の意図を察知した。


「ハンス、プランBよ」


「本気かよ……」


 ハンスは面食らった。


 プランBが施行されるのは、敵がある作戦を取った時のみ。

 

 それは、”一人を囮にした陽動作戦”。


「雑魚を孤立させたのか」


 三人行動でさえ人数に不安を抱えるというのに、さらにそれを二分にしたらしい。

 人数差を完全無視した、ギャンブルにも等しい一手だ。


 確かに、その作戦ならこちらの虚をつくことは出来る。

 しかし、それまでのこと。


 対策を講じれば、どうということはない。

 

「ハンス、アンタは隠密行動をしている剣士を叩きなさい。アタシは、エルフィを落とす」


 的確な指示に、ハンスはフッと笑った。


「了解だ」

 

 森林地帯の勢力図は、アリア陣営に大きく傾こうとしていた。




 あちこちで魔力反応が起きてる……


 エルフィは異変を察知していた。

 十中八九アリアの仕業だ。もはや位置情報を隠すつもりもないらしい。


 ともかく、自分がやることは変わらない。

 真正面から敵の領域に土足で上がり込む。それだけだ。


 森の中央を突っ切る形で前進する。


(大体、試験開始から四十分ってところかな)


 もう、接触が起きても不思議ではない。


 直後、側面から魔力の気配がした。


「……居るのは分かっているわ。出てきたらどう?」


 そう問いかけても、相手は応じない。

 いや、それどころか魔法の展開を始めている。


『ストーン・バレット』


 石の礫が飛来する。


『グランド・ウォール』


 即座に同属性の魔術で攻撃を相殺した。

 相手が驚愕に息を呑むのが分かった。


「……相変わらず、変態的な反応速度ね」


 敵は正面からやってきた。

 赤髪の少女が、目前に姿を現す。


「エルフィ、ようやく決着の時が来たね」


 この時を待ち侘びたとばかりに、アリアは口角を上げた。


「邪魔な奴らは片付けておいた。後はアタシたちだけで、ゆっくりやり合いましょう」


「随分と自信がある様子ね」


 敵前で堂々と語るアリアを目に、エルフィは目を細めた。


 たちまち、包囲網が敷かれる。

 総勢五十名の堅牢な包囲網だ。決して逃れることはできない。


「ええ、だってアンタは一人でここに来た。それはつまり、三人で真正面から当たっても勝てないと判断したからでしょう?」


 その問いに、エルフィは答えない。


 アリアはそれを肯定と捉えた。

 たちまち色濃くなる勝機の予感に、頬が緩む。


「それにしても、アンタのことだからどうにか対抗策を仕掛けてくると思ったんだけど……まさか大人しく負けを認めて陽動作戦に出るとはね。もう少し、頭の回る奴だと思ってたわ」


 黒の魔術師でも圧倒的人数差には勝てない。

 そうなれば、もっとあの手この手を尽くしてくると思ったのだが、期待はずれだったようだ。


「うーん、あなたのところのお仲間さんを口説こうと思ったのだけれど、失敗してしまったの」


「フフッ、裏切らせようとしたワケ? 滑稽ね、アタシの軍勢は寝返らないように教育してるの」


 アリアを守り、同時に敵を囲む五十人は、絶対的な恐怖で縛り付けられた王女(アリア)の騎士。

 裏切りは愚か、いかなる戦術でもこの束縛を解放することはできない。


「せいぜい足掻いてみるといいことね。どれだけ陽動で時間稼ぎ出来るのか、限度は知れてるけど」


 よしんば時間稼ぎができたところで、隠密行動をしている剣士の方にはハンスを対応させた。

 どの道詰みだが。


「本気、みたいね……あなたはそこまでして勝ちたいの?」


「会話で時間稼ぎ? 往生際が悪いけど……いいわ、乗ってあげる」


 アリアは含みを持たせた笑みを浮かべた。


「分かるでしょ? 六年前、アタシはアンタに勝ち逃げされてから、ずっと勝ちに執着してきた。そう、アンタを潰す前に、聞いておきたいことが一つあったの。——どうして六年前、黒の魔術師は表舞台から姿を消したのか」


「…………」


 それは黒の魔術師を巡る過去。

 確かにアリアの言う通り、エルフィは六年前表舞台から姿を消した。

 しかしその理由を知る者は当人以外に居なかった。


 何故、どうして、最強は戦うことをやめたのか。

 アリアには納得できなかった。いや、多くの戦士たちにとってそうだった。


 アリアは黒髪の少女の回答を待つ。

 

 エルフィは沈黙の後、口を開いた。


 =====


「試験開始から、どれくらいだ?」


「大体四十分ってところですね。そろそろ定期連絡でもしますか?」


「そうだな」


 懐から通信機を出してエルフィに発信する。

 

 しかし、しばらくしても通信機は沈黙したまま。エルフィからの返答はない。

 ジジ、と雑音が入っているのみである。


「エルフィ、聞こえるか?」


「——、——……」


「返答がありませんね」


 事前に話し合ったことを思い出す。

 ——定期連絡に返信がなかったら、接敵したと認識して。

 つまり、これはそう言うこと。


「交戦が始まったか……」


「っ、急ぎましょう……!」


 おそらく宝石は森林地帯の中でも中央に位置する。

 これまでの探査から大体の位置は割り出せた。


 後はエルフィがアリアの軍勢を足止めしている間に、宝石を奪取する。

 そうして足を向けようとした直後。


『ストーン・バレット』


 岩の弾丸が降り注いだ。


「うわっ、マズイマズイマズイ!?」

 

 俺は咄嗟に身を翻して防御に回った。

 しかし同時に、透過の布が岩に引き裂かれる。

 これで、隠密は見破られる。


「行けるとでも思ったか、マヌケが」


 目前には剣を構えるハンス。

 後ろには五人の奴隷が待機し、こちらを牽制できるように剣を抜いている。

 内一人の魔術師が魔杖を構えながら言った。


「ハンスさん、これで相手は、しばらく隠密魔法が使えないはずです……」


 おそらく手練れの魔術師なのだろう。こちらの隠密を見破って見せた。

 もはや逃げも隠れもすることは出来ない。


「嘘でしょう……こっちの作戦が見透かされてるなんて……!」


 ルイが顔を絶望に染める。


「出来損ないのアルト……お前を潰しに来てやったぜ」


 隠密行動を徹底するために、一目につかないルートを選んだが……それは逆に助けが来ないということ。

 好き放題に暴れられるということを、ハンスは十中八九理解していた。


 笑みを浮かべるハンス。

 俺はゆっくりと、剣を抜いた。


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