30話 試験開始
例のブラッド・ハウンドの件から時は経ち、気づけば緊急試験一日前となっていた。
出場メンバーも全員確定し、もう移動が発生することはない。
エルフィから招集がかかったのは、そんな最中のことだった。
「アルト、遅刻よ」
「……すまない」
エルフィの視線に咎められながら、俺は席についた。
……五分くらい、別に許してくれてもいいじゃないか、という言葉は内心に留めておく。
「今回集まったのは他でもない、第二回緊急試験会議のためよ」
「第二回にして最終回ですけどね……」
ボソリと呟くルイ。
しかし、話し合いをするということは、何か進展があったということだ。
「ようやく、試験の詳細が発表されたわ。これを見て」
そうしてエルフィは机に一枚の地図を広げた。
そこには『試験会場平面図』と書かれている。
「試験会場を上から見た図ですね」
「ご親切に、宝石のありかまで記されているわ」
盤面に散らばった十個の宝石。これを巡って他チームと争うことになる。
同時に、この地図から読み取れることが一つある。
「場所によって環境が大きく変わるな」
森林地帯、平原地帯、それから湿地地帯。
場所によって環境がコロコロと入れ替わっている。これは戦いに大きな影響をもたらすことだろう。
「宝石は、それぞれの地帯に一つ隠されているみたいですね」
「要するに、自分らの得意な場所を主戦場に選べってことだな」
この十個の環境から一つ、戦場を選ぶとするならどうするか。
「平原地帯はあり得ないわね。おそらくここが、一番の激戦区になる」
視界も良好、周りには動きや連携を邪魔するような障害物もない。平原地帯であれば、大所帯であればあるほど元のポテンシャルを発揮できる。
この地帯で大乱闘が発生するというのは、現時点で想像に難しくない。
であるとするなら、俺たちのような少数のグループはどこを目指すべきか。
「ベストは間違いなく、森林地帯ね」
エルフィは地図の端を指差した。
「ここは視界が悪いけど、少人数なら十分連携が取れるし、逆に障害物が多い点で大人数の編成は動きづらい」
少数精鋭ならではの利点、ということか。
「異存はありません。僕もそれが最善だと思います」
「同じく」
三人全員が意見を一致させる。
これにて、主戦場は確定した。
そうなれば、次の議題に移る。
「あとは、役割分担だな」
と言っても、三人だけなので分担は簡単だ。
俺が前衛、エルフィが後衛、ルイがサポートでまるいだろう。
と、思っていたのだが、
「そのことなんだけど、私は二手に分かれるべきだと思うわ」
「ふ、二手に分かれるって……この三人を二分するってことですか!?」
ルイが何を血迷ったか、と疑問を呈した。
「そう、私が敵を引きつけて、君たち二人が隠密行動で宝石を手にいれる。陽動作戦ってやつね」
言い張るエルフィ。
しかしそれには、一つ問題がある。
「言っていることが分かりません。その作戦は、”陽動する対象”がいなければ意味ないじゃないですか……!」
「だから、居るのよ。その対象が」
エルフィは腕を組んでこう言った。
「——アリアは絶対に来るわ。私たちを、阻止するために」
確信している、と言わんばかりの口調だ。
「両者が宝石を手に入れて引き分け、なんて結果をあの子が許すはずがない。きっと向こうじゃ、まずはエルフィを徹底的に潰すこと、なんて話し合いがされているんじゃないかしら」
随分と具体的な例えだ。
しかしそうなれば、エルフィの作戦にも一考の余地が出てくる。
「陽動作戦、アリなんじゃないか?」
「ええ!? アルトまで!?」
実際、大人数を相手するのなら効率の良い作戦だ。
勝利条件が敵の殲滅ではなく宝石の所持というのもここで効いてくるワケで、なかなかスマートな勝ち方と言えよう。
「二体一、ですか……分かりました、その作戦でいきましょう」
ルイが折れ、エルフィの案が可決される。
「でも、それだとエルフィの負担が重すぎないですか? いくら何でも、あの数を相手にするのは……」
「そこは任せてとしか言いようがないわね。うまい具合に時間を稼いでおくから」
何とも堂々とした物言いだ。
しかし、そう言い張れるほどの実力が彼女にはあるということを、俺は知っている。
「おそらく、一個小隊規模の軍勢を一人で相手することになるだろうな」
「聞いただけで怖気がしてきますね……」
大筋は決まった。あとはこれを、臨機応変にこなしていくだけだ。
夜が更け、時が進む。
試験の開始が、間近に迫っていた。
=====
「全員、注目!」
1クラスの主任、パトリック教授の声が響く。
「これより、緊急試験を始める——事前の告知で詳細は知っていると思うが、念のため改めてここで説明をしておく」
パトリックが説明を始めるのを遠目に、アリア陣営は体制を整えていた。
計画の共有と再確認、それから連携の意識する点を各自に伝える。
考えうる限り万全の構えだった。
しかしただ一人、リゼだけは弱音を吐いた。
「やっぱり、やめた方がいいんじゃないですかね……黒の魔術師に喧嘩を売るなんて」
「は? 何言ってんだよ、今更」
ハンスが訝しげな目を向ける。
「こればかりはハンスに同じね。アンタ、気でも狂った?」
リゼは目を逸らしながら言った。
「問題は、エルフィ・イリネーじゃない。あの剣士の方なんじゃないか、ってことです」
あの剣士、と聞いてハンスは一瞬耳を疑った。
「あの剣士って、出来損ないのアルトのことかよ? 本気で言ってんのか?」
「見たんです。この前、ブラッド・ハウンドの群れを一人で殲滅したところを」
あの災害にも等しい光景を、いまだに忘れることができない。
技量も、スピードも、膂力も、まるで格が違った。
「本当に正面切って戦うべきか、考え直してもいいんじゃないですかね。あれは、私たちが相手にできるような存在じゃない。それに、その……彼、あんまり悪い人じゃなさそうだし」
言葉尻に向かって語気が弱っていく。
それを見てハンスは鼻を鳴らした。
「笑えねえ冗談だ。出来損ないは何をしても出来損ない。ただの勘違いだろ」
「でもっ」
「——アルトは俺が叩く。アリア、それでいいな」
「好きにしなさい」
もはやリゼに発言権はなかった。
「——最後に、この試験区域には、合計で十の宝石が隠されている。その宝石を試験終了時点で所持していた者に大幅な加点を与える。しかし、そうでない者にも試験内の活躍に応じて成績に反映させるため、心して取り掛かるように」
やがて一つ呼吸を置いて、パトリックは声を上げた。
「試験時間は二時間、その間は武器の使用、戦闘を自由とする」
闘争の幕が開ける。
「それではこれより、緊急試験を始める!」
総勢二百人の宝石を賭けた争奪戦が、今始まった。