表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔女  作者: 希望無人
28/32

28話 禁書庫

 時は遡ること一日前。


 アリアは幹部格の上級貴族三人を召集し、作戦会議を行なっていた。


「良い? まずはエルフィを徹底的に潰すこと。これが第一目標よ」


「アリア、その話もう散々聞いたぜ。いくら何でも殺気立ちすぎじゃねえか?」


 ハンスは肩をすくめながら諌めた。


「認識が甘い。アタシはアイツが下手に回っているところを見たことがない。だから全戦力を上げて潰しに行く。分かった?」


「お、おう……わかってるって」


 流石のハンスも、アリアの鋭い目つきに睨まれてしまっては、いつもの調子を発揮できない。

 それほどに、今回の一件についてアリアは熱を上げていた。


 それに対し、その魔術師は軽く絶望を覚えていた。


(私、立ち回り方間違えたかなあ……)


 リゼ・シェーラー。

 Bクラスの魔術師にして、博学な智者。


 この陣営では、参謀という位置付けになっている。


 ——最初こそ、気分も上がったものだった。


 稀代の剣士であるアリアに実力を買われ、勢力の中でも幹部レベルの地位につけた。

 言うなれば将来安泰。黄金の街道に足を踏み入れているという自覚すらあった。


 しかし蓋を開けてみれば、この様。

 コンプレックスに取り憑かれているお嬢様と、彼女の言うことしか聞かない側近。それから、貴族のくせに低俗を地でいく下品な剣士。


 このメンバーをまとめ上げられる賢者など、この世界のどこを探してもいないだろう。

 個々の力は突出しているが、いかんせん人間性が終わっている。ここで身を粉にしなければならないと考えると、めまいすらしてきそうだった。


「リゼ、話聞いてた?」


「ええ、聞いてましたよ。エルフィ・イリネーを一網打尽にするという話でしょう」


 内心はため息をつきながらも、冷静に返す。


「それなら、アンタが情報収集をしなさい」


「残念ながら、現時点で集められる情報はほとんど集めているはずです」


 これでも潜入なり賄賂を渡すなりして、敵の情報を集めているのだ。

 大抵は黒髪に対する私的な悪評ばかりだったが……


 他勢力の動向もほとんど把握しているし、この陣営が持っている情報量は十分潤沢だ。


 しかし、アリアは表情ひとつ変えずにこんなことを口走った。


「いいや、まだあるはずよ。——禁書庫なら」


「……へ?」


 こんな腑抜けた声を出したのは、いつぶりだったろうか。


「禁書庫……? 一体、何の冗談ですか?」


「冗談でも何でもないわ。今の情報ではまるで足りない。受験地の地形から、個人情報まで、あらゆる情報を入手しないと、勝ちは確実にならない」


 おそらく、彼女の言っていることは正しいのかもしれない。

 だが、それはルール違反だ。足を踏み入れてはならない領域だ。


 もはや、卑怯なんて枠組みには収まらなくなる。

 事が発覚すれば——懲罰が下る。


 退学の二文字が、リゼの脳裏をよぎった。


「流石に、そんなことできるわけ——」


「できない、と言うの?」


「……っ」


 出来ない、と言ったら彼女はどんな反応をするのだろうか。

 想像もしたくなかった。


「……分かり、ました」


「期日は明日まで。それまでに禁書庫に潜入して、情報を抜き取ってきなさい」


 かくして、リゼは禁書庫まで足を運ぶこととなった。




(誰も、見てないよね……)


 しきりに辺りを見回す。

 一応、人影はない。


 『この先立ち入り禁止区域』


 掲示板に赤の文字で書かれている。

 自分は今から、この中に入らなければならない。


 吐き気にフラっときてしまいそうだったが、精神の総力を上げて堪える。


 扉には鍵がかかっていた。

 当然、これを解除するところから始める。


 魔錠の解除は、パズルと同じようなものだ。

 欠けている部分、入れ替わっている部分を埋めていき、完成させる。


 知恵と知識、それから集中力を問われる作業だが、リゼにとっては造作もないことだ。

 しばらくすれば、音を立てて魔錠が解除された。


 それから、十数分。

 建物内に入り、目的を果たすために探索を進める。


(それにしても、奇妙な場所ね……)


 煌びやかなセンターホール付近とは違って、随分と無機質な空間だ。

 奥まで続く本棚の列には、魔導書をはじめとした書籍が立ち並んでいる。


「ここね……」


 ようやく、お目当ての場所にたどり着いた。

 禁書庫、機密情報場と書かれている。


 その扉には、また別の魔錠がかけられていた。

 もう一度同じ作業をしなければならないらしい。


 額に汗を浮かべながら、解除に取り掛かる。


(なんだ、別に大したことないじゃない)


 一つ目の魔錠に比べればいくらか難しくなっているが、それでも応用を効かせれば対応できるレベル。

 かの魔法学院のセキュリティも、案外脆いものだ。


 かちゃかちゃと操作すること数分。

 パズルの最後のピースがハマった。


「よし、これで……!」


 謎解きの答案を確定した、その瞬間——


『不正解、解錠を拒否します』


「は——!?」


 確かに、正しい手順を踏んだはずだ。

 何も間違いはなかったはず。


 もう一度、思考を初期化して最初から考え直す。


 すると、()()が見つかった。

 それも巧妙に分かりづらい箇所に。


 今度こそ。

 再び回答を入力する。


『——不正解、解錠を拒否します』


「……っ!」


 不意に感じる、苛立ち。

 パズルゲームで二度も不正解をさせられるなど、いつぶりだろうか。


 胸の底で、なけなしのプライドが微かに蠢く。


 半分躍起になって、リゼは回答を続けた。


『不正解、解錠を拒否します』


 ——回答を、入力。


『不正解、解錠を拒否します』


 ——回答を、入力……!


『不正解——』


 違う。

 リゼは唐突に、不安を覚えた。


 千通りのパターンを考え尽くした。

 しかし、それでも抜けが生じる。まるで挑戦者を嘲るように、どこかしらで齟齬が生じる。


 一見簡単そうに見えるこの設問の裏には、一体何通りの可能性が隠されていると言うのだ。


 一万通り? 十万? もしくは、それ以上……


 そこまで考えた時、背筋に冷や汗が流れた。

 もしかして、自分は手を出してはいけないものに、手を出してしまったのではないかと。


 つ、と鼻筋に違和感を覚える。

 触ると、手に血がついていた。


 思考負荷限界値。

 脳が許容範囲をオーバーしたのだ。


「か、回答を——」


 瞬間。


『回答可能回数を超過しました。不法侵入者とみなし、警報を発動します』


 サイレンが、ジリジリとこだました。

 室内が赤いランプで点滅し、警鐘を鳴らし始める。


 キィン、と耳鳴りがした。


「ど、どうしよう……これ、どうすれば……っ」

 

 とにかく、逃げないと。

 逃げないと、捕まってしまう。


 入り口の方はダメだ。

 とっくに塞がれて、行けば逆に逃げ道を失うことになる。


 だから、逃げるなら奥の方。

 せり上がってくる吐き気に切迫感を覚える中、頭が冷静にすべき行動を導き出す。


 やがて心を決めた魔術師は、奥の方へ、闇の中へと足を踏み入れた。




 ——汗が垂れて、床に落ちる。


 呼吸が浅い。

 息が苦しい。


 ここまでずっと走ってきた。

 もう体力も尽きて、心臓がバクバクと脈を打っているのがわかる。


 床に膝をつくと、ひんやりとして寒気がした。


「それにしても、ここ、どこだろう……」


 石造の無機質な空間が、ずっと先まで続いている。

 ところどころに檻が設置されていて、中には何かが生活をした跡がある。


 地下牢、なんて単語が頭に浮かび上がった。


 今まで知らなかった学院の裏の姿。

 薄寒い悪寒がして、リゼは身震いを抑えられなかった。


 その時、()()()()()が正面を横切った。

 

「だ、誰!?」


 問うも、答えは返ってこない。


 しかし、明確に感じる。

 そこには得体の知れない、何かがいる。


 魔杖を抱き寄せて、後退りする。


 それは狡猾に、確実に、獲物を追い詰めるべく距離を詰める。

 気配は五つ。いや、六つ。


 足音を隠し、あるいはわざと鳴らし、獲物の反応を確かめ、優位な状況を作り出す。

 狩猟の本能がなせる無慈悲な”狩り”を前に、彼女はついに脚をへたりこませた。


 やがてそいつらは、姿を顕にする。


「ブラッド・ハウンド……」


 なぜこんなところにいるのか。

 疑問を抱いている場合ではない。


 ブラッド・ハウンドまでの距離は歩幅にして約六歩分。

 目と鼻の先だ。


 額には不気味な目が取り付けられ、舐めなすような視線でこちらを見ている。


 最悪、四匹までなら対処のしようはあった。

 しかし、敵は六匹。前衛が居ない今、自分の適う相手ではない。


 このままだと、死ぬ——!


「……っ、『パラライズ・スパーク』!」


 行動を起こすまで、約三秒。

 閃光が煌めいて、犬どもを痺れさせた。


 同時に、踵を返して逃走を始める。


 逃げるなら、今……!


 リゼは全力で疾走した。

 足が攣りそうになっていたのも忘れて、必死になって手足を動かした。


 間も無く、背後から追ってくる気配が迫ってくる。

 必ずこの身を喰らい尽くそうと、鋭利な牙を剥き出しにして。


 直線上の追いかけっこでは、どう足掻いても勝てない。

 リゼは角を曲がり、どうにか距離をつけようと足掻いた。


 走る、走る、走る。

 目眩がするくらいに、ただひたすらに。


 ——ああ、神様、私は何か罪を犯してしまったのでしょうか。


 もしそうだったら、謝るから、すぐに悔い改めるから。

 今だけは、この瞬間だけは……!


 瞬間、視界に映る降下口。

 あそこに入ることができれば、振り切れる——!


 最後の可能性に縋るように、リゼはその穴へと飛び込んだ。

 同時に、体のあちこちを壁にぶつけながら、重力に引っ張られるがままに下へと降りていく。


 やがて転げ落ちるようにして、下層へと飛び出した。


「やった、逃げ切れた……!」


 もう背後に気配はない。

 安堵感が込み上げてくる。


 そうして頭を上げようとして、


『グゥ、ルルルル——』


 絶望を、目にした。


『グラァアアアアアアアアアッ!』


 咆哮。

 犬の唾液が、頬を掠めた。


 なぜ、圧倒的速さの有利を持つブラッド・ハウンドから逃げることができたのか。


 答えは簡単。

 ——獲物を罠に嵌めるためだったから。


「いや……違う……そうじゃ、ないでしょ……」


 四方八方から威圧してくる唸り声。

 その数およそ()()


 空間中を埋め尽くす飢えた猛犬は、リゼを嘲笑うように遠吠えをあげた。


 苗床だ。

 犬たちの温床に、自分は誘い込まれたのだ。


「やだ……もうやだよ、こんなの……」


 膝を折って、その場に座り込む。

 涙で視界がぼやけて滲んだ。


 自分はここで死ぬのだ。

 そういう運命だったのだ。


 不思議と、状況を飲み込んだら諦めがついた。

 この場で魔法を使っても、最後には制圧されると脳が冷静な分析を下したからだろう。


 ブラッド・ハウンドが近づいてくる。

 その爪で肉を切り裂こうと、その牙で骨を砕こうと。


 リゼは力を抜いて、身を預けた。

 引き伸ばされる時間。跳躍する狂犬。遠くなっていく意識。


 その爪牙が喉元を貫こうとした、


 ——その時。


 木剣が牙を、弾いた。

 舞うように飛び降りる金髪の青年。


 気を失う寸前、彼女は一切の揺らぎを見せないその後ろ姿を見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ