27話 秘策
「協力、だと……?」
観衆の一人が眉を顰めた。
「——一つ問いたい。君たちは、今の状況に満足している?」
エルフィからの切実な問い。
それに観衆たちは、わずかに目を逸らした。
「……そりゃあ、満足だなんて言えねえよ。けど、仕方ないだろ、俺たちは脅されてるんだ」
男子生徒の言葉に、エルフィは真摯に頷いた。
「あなたの言い分は尤もよ。けれど、停滞したままでは何も変わらない。それもまた真実でしょう?」
その声で、その視線で、その表情で、問い、訴えかける。
その姿はさながら、迷える民衆を導かんとする求道者の様だった。
「君たちは、変わらなければならない。君たち自身の手で、革命を起こさなければならない」
鳥籠に囚われた鳥が空へと羽ばたく時が来たのだ、と。
有無を言わせないまなざしを以て言い放った。
言葉は止まらず加速する。
「君たちは彼の暴君の言いなりでいいのか? 何の抵抗もできないままでいいのか? 学院最後の記憶が、こんなものでいいのか? ——違う、そうじゃないでしょう」
断定する。
そうであると、確信するように。
毅然と告げる。
彼らの内心を、抉り出すように。
でも、
「——でも、じゃあ、どうすればいいってんだよ……!」
問い返す。
自分たちの力では無理なのだと、もうそんなことは重々承知なのだと。
それにエルフィは、こう答えた。
「私が、君たちを勝利に導く。失ったものを、取り返して見せる」
紙の冠を高く掲げる。
「今君たちには、選択の権利が与えられた。従属か、抵抗か、選べるのは二つに一つ。もし、この状況を打開する”勇者”になりたいと言う者がいれば、この冠の元に集え……!」
その熱気に、その気迫に、観衆たちは惹き込まれた。
目は冠に吸い込まれ、自らの使命感を駆り立てる。
誰もが抵抗の道を選ぶ。
……かのように思われた。
「俺は……却下だ。その話には、乗れない」
その言葉を皮切りに、観衆たちの熱気は冷め、現実に引き戻される。
「理由を、聞かせてもらってもいいかしら?」
問いに、彼は少し逡巡した後こう答えた。
「結局さ、怖いんだよ。反乱を選んで負けたら、どんな制裁を加えられることか……」
男子生徒は、下手すれば訪れかねない未来を想像して身震いした。
「でも、あいつ等に従えば、最低限仲間としてみなしてくれる。だから、少なくとも退学することはない」
——一定値を下回る成績を収めた者は、退学。
しかし、自分を匿ってくれる勢力に身を置けば、その一定値を下回ることはない。
詰まるところ、彼らを縛っているのは恐怖だ。
制裁を与えられることへの恐怖。
そして、退学への恐怖。
それらが二重の構造になって、彼らを束縛している。
それこそが、彼らが「言いなり」に甘んじる理由。
「俺たちにだって、それくらいの損得勘定はできる」
その一言が、彼らの総意の様だった。
「分かった。君の言い分にも一理ある」
エルフィは頷くと、再三、観衆たちを見渡した。
「君たちが恐れているのはよく分かった。だから私も、無理強いはしない。今からこの講堂を立ち去ってくれて構わないわ。けれど、少しでもその気がある人は、この場に残って欲しい」
勇者となるか、そうでないか。
選択を迫られ、観衆たちはお互いの顔を見合った。
やがて、順番に結論を出していく。
「すまない、俺はやっぱり、無理だ……」
男子生徒が背をむける。
「ごめんなさい、私も……」
女子生徒が去って行く。
「み、みんながこう言ってるし……」
三人が去り、四人が去る。
そうして、最終的に講堂に残った生徒は——
たった一人。ルイだけとなった。
「は、はえぇ……」
しかも、絶望のあまり腑抜けてしまっている。
「うーん、見事なまでにフラれたわね」
「ちょっと惜しそうだったけどな」
あともうひと押しあったら、チャンスがあったかもしれない。
しかしエルフィはそうしなかった。というより、そこまでする必要性を感じなかったと言うべきかもしれない。
「エルフィさん、もしかして秘策って、これで終わりじゃないですよね……?」
「何を言っているの? 終わりに決まってるじゃない?」
堂々と答える。
ルイはたちまち萎れてしまった。
「何が、秘策ですか……っ、これじゃあ秘策大失敗じゃないですか!?」
彼がショックを受ける気持ちも、わからないこともない。
何と言ってもエルフィの演説には凄みがあった。普通ならそれに感化されて物語が動くところ。
劇ならば非難轟々。客にゴミを投げつけれられながら幕引きするところだ。
「でも、無理だったものは無理なんだから、仕方がないじゃない」
エルフィは「勇者、見ーつけた」と折り紙の冠をルイの頭にのせた。
当人はそれどころではないと言わんばかりの形相であったが。
「それに、収穫はあったわ」
「収穫……?」
人差し指を立てると、彼女はこう言った。
「要するに、彼らはあくまでもアリアの恐怖によって束縛されているだけで、別に忠誠を誓っているわけではないということよ」
やはり、心の底から心酔しているわけではない。
それを確認できたことが収穫だと、そう言った。
「でも、それが分かったところで、問題は解決しないじゃないですか……」
だって、とルイは俯いた。
「恐怖には、誰も逆らえない」
そう、恐怖によって束縛されていること自体が、何よりもの問題なのだ。
それは人間の本能に刻みつけられた、逆らいようのない衝動。
狩猟の時代から継がれてきた、鮮烈な観念。
「そこは別に、否定しないわ。だけどやりようはある」
まるで動揺する素振りも見せずに、キッパリと言った。
「ゆっくり構えていればいいわ。私がどうにかしてみせるから」
すると、ルイはうんうんと唸った末に肩を落とした。
「ええ、もうわかりましたよ! ここまできたら最後まで付き合ってやりますよ!」
もはやヤケクソだ、と投げやりに言うのを見て、エルフィは楽しそうに笑っていた。
——翌日。
「はあ!? もう本番まで会議はしない!?」
「そんなに大きな声を出さないで……」
エルフィは耳を抑えながら呻いた。
「ぼ、僕たちは一刻を争う状況にいるんですよ! もっとこう、詳細な計画の打ち合わせを——」
あわあわとするルイとは裏腹に、エルフィは随分と肩の力を抜いている。
「別に、ゆっくり構えていればいいって言ったじゃない。そもそも、今の時点で話し合えることもないでしょう?」
「そ、それは……」
これについては、エルフィの言い分に賛成したいところだ。
そもそも現時点で出ている情報だけでは細かい話し合いはできないし、編成が三人しかいないため個人ごとの話も少ない。
試験まではあと五日あるわけだし、わざわざ焦る必要もないということだ。
「ど、どうして二人ともそんなに落ち着いてられるんですか……」
ルイは「わかりました」と折れると、やる気をたぎらせた目を見せた。
「そこまで言うんだったら、ボク一人で全部やりますからね……!」
「え、ええ……好きにすれば良いと思うわ……」
「本当に、調べ物とかもやっちゃいますからね……!」
「あまり成果が出るとは思えないけど……応援はしておくわ」
それ以降、彼は授業が終わるや否や本当に図書館に直行して文献を読み漁っていた。
なかなかに人の性格が出ていると、自分ごとでありながら思った。
放課後になって、エルフィは魔道具専門店に行くと言っていた。
杖を長いこと点検していなかったらしく、そのためのようだ。
当然、俺は手持ち無沙汰になる。
退屈なので、寮にでもこもっていようかと思っていたところ。
「ん……? あれは……」
視界の奥。
庭草に隠れて見えづらいが、人がいる。
何やらコソコソしているようで、仕切りに辺りを見回していた。
あの顔、どこかで見たような……
記憶を探る。
そして、思い至った人物が一人。
エルフィがアリア陣営に喧嘩を売った時にいた魔術師だ。
彼女はやがて決心したかのような表情を浮かべると、向い側の建物に入っていった。
——確か、あっちは立ち入り禁止区域だったはず……
学院の機密情報が保管されているとか何とか、みたいな場所だったか。
彼女の去った方向をしばらく見つめ、俺は動き出した。