26話 緊急試験会議
説明しよう。
緊急試験会議とは、緊急試験に際して作戦および対策を講じるための会議である。
……という前置きはさておき、
「それで、早速話し合いを始めたい、と言いたいところなのだけれど……その前に、一つ解決しておかないといけない問題がある」
徐に、深刻そうな表情で言った。
俺は腕を組んで聴きに徹し、ルイはゴクリと喉を鳴らす。
「それは、何でしょう、イリネー侯爵令嬢……」
すると、エルフィはビシッ、とルイを指さした。
「それよ、それ! そのイリネー侯爵令嬢とかいう呼び方、まどろっこしくて聞いていられないわ!」
それに対して、ルイは「いやいや」と首を振った。
「他に呼びようがないじゃないですか!」
「エルフィでいいわ。アルトも、それでいいでしょう?」
「ああ、問題ない」
アストレア伯爵子息なんて呼ばれても、ピンとこないと思うし。
何せ、ここは全てが平等になる自由の学院だ。
「そ、そんな……」
不敬な、とはルイの言葉。
しかし有無を言わせない目線が彼に向けられ、やがて折れた。
「わかりました、エルフィ、さん……」
どうやら観念したようだ。
エルフィは満足そうに頷いていた。
さて、事は本題に入る。
——アリア陣営を相手に、どうやって勝つか。
「まず、敵を知り己を知る。というわけで、現在の戦力を把握するために私たちで自己紹介をしましょう」
はいまずは自分から、とエルフィが挙手する。
「職分は魔術師。得意魔法は炎で、近接戦にも多少心得があるわ。だけど一番の武器は魔力量よ」
魔力量は、魔術師が絡む戦闘において最も重要なステータスの一つだ。
言うなれば体力。
さらに細かく言えば持続力。
魔力の無い魔術師はただの置物とまで言われる。
故に、エルフィの魔力量の多さは戦況を動かす大きな一因となるだろう。
「それじゃあ次、アルト」
指をさされたので、俺は徐に口を開いた。
「一応、剣士だ。多少剣の扱いが得意で、流派は我流。まあ、あまり期待しないでくれ」
手短に説明すると、ルイが眉を下げた。
「あの、今の紹介を聞いて心配になってきたんですけど……」
しかし、そんな声もなかったことに。
さて、次は君の番だよというエルフィの声に急かされ、ルイは慌てて口を開いた。
「えと、職分は白魔術師、です。平民の特待制度で入学しました……一番得意なのは回復魔法で、その次に魔力付与です。多少、戦闘の支援ができます……」
「白魔術師か、珍しいな」
魔術師になるためには各属性の適正が求められるというのは自明の話だが、中でも異色二元素、白魔法と黒魔法の適性を持っている人間は極めて少ない。
だからこそ、学院も重宝する。
学費すら払うのに窮困する平民が、学院に相当数入学できる理由だ。
すると、エルフィがふむ、と唸った。
「君、医師志望だね?」
「よく分かりますね……」
驚いた、といった感じでルイが肯定する。
「白魔術の中でも、回復魔法は高度な操作を要求される。大抵は楽な方の魔力付与を極めに行くからね。わざわざ回復魔法を得意になるくらいなら、それなりの理由があると思ったの」
「医師志望って、そんなに珍しいのか」
確かに、今までヒーラーに出会った事は少なかった。
「なるのが難しいの。他の魔法と違って、専門的な知識がいるから。人体の知識をつけないまま複雑骨折を治療しようとすると、進化する前の人間の姿を目にできると聞いたことがあるわ」
進化する前の人間の姿……
意味深すぎて追及できない。一体どんな光景を見ることができるのだろうか。
「魔術が普及した現代でも、非魔術師の医者がいなくならない理由ですね……」
なるほど、どうやら医者には複雑で難解な背景があるらしい。
「医師になるのは難しい。それもとてつもなく。まさしく茨の道ね」
「う、うぅ……」
ルイの声に覇気がなくなる。
「——だけど、見上げた大志とも言えるわ。君、いい夢を持っているんだね」
大したものだ、と頷くエルフィ。
「あ、ありがとう、ございます……」
ルイは俯きつつも、仄かに口角を上げていた。
「——これで、手札は揃ったか」
魔術師二人、剣士一人、合わせて三人。
おまけに内一人は回復魔法が得意な白魔術師ときた。勝算に加えられる強力なカードと言えよう。
「だけど、根本的な問題が解決できていません」
ルイが心配するのも頷ける。
何せ、敵は三十人を超える大所帯。
「こちらの数が、圧倒的に足りません」
しかし、もうこれ以上引き入れられる生徒がいるとも考えづらい。
戦力を今から増やしにいくというのは現実的な手段とは言い難いだろう。
エルフィは眉を寄せて唸った。
「正直、その程度どうとでもなる——と言いたいところなのだけれど、向こうも本気だし、手を尽くさないというのは礼儀に欠けるからね」
やがて立ち上がると、続けてこう言った。
「私に、秘策があるわ」
それから、エルフィはその内容を告げると同時に、俺たちに細かな指示を出した。
対照的にルイは難色を示しているようだったが、最終的には首を縦に振った。
「……本当に、うまくいきますかね」
「そこは運次第ね。けれど、これだけは言えるわ。——あらゆる暴君は、その身勝手さ故に民衆に裏切られる」
=====
エルフィの秘策。
それを決行するのは、授業終わりの放課後。
そそくさと帰宅しようとする彼らを留めるのに幾分か苦労したが、結果的に全員連行することができた。
その数——総勢三十名。
「き、緊張する……」
しきりに汗を拭おうとするルイ。
彼の集客という仕事は完了しているため、本人が気に病む必要はないのだが、それでも落ち着けないらしい。
反対にエルフィといえば、呑気も呑気、無言で折り紙に集中していた。
「エルフィ、全員揃ったぞ」
あとは、先導者が感動的なスピーチを披露するだけだ。
「——おい、お前等、俺たちを集めて何のつもりだ!」
男子生徒が前に出て、声を震わせながら言った。
彼らが苦言を呈するのも無理はない。
何せ講堂に介した三十人。その全てがアリアの手駒——奴隷なのだから。
つまり向こう側からすればこちらは敵。
警戒をするなという方が無理な話である。
しかし、こちらの「首領」は何の弁明もしないまま。
ペリペリ、ペリペリと紙を折る音が講堂に響くばかりだ。
「ねえアルト、折り紙って意外と難しいのね」
『これで完璧、初心者のための折紙』
一体どこから持ち出してきたのだろう、一生懸命にその教本と睨めっこしながら手元の作品をこねくりまわしている。
しばらくすると、ようやく完成したのか手をかかげて立ち上がった。
「うん、悪くない」
それは冠だった。
不格好だが彼女の器用さを感じる作品だ。
「——さて、此度はお集まりいただき幸甚の至り。まずはこの通り、感謝の意を示したいと存じます」
出た。
お貴族様の方の彼女だ。
流麗な所作から感じ取れる高貴さは、見る人を全て彼女の世界に引き込む。
それで、と貴族モードを解いたエルフィは、観衆を見渡した。
「君たちを呼んだのは他でもない——私たちに、協力してもらうためよ」
早速とばかりに、本題を切り出した。
時は緊急試験会議に戻る。
エルフィが俺たちに告げた秘策とは、このようなものだった。
「アリアの取り巻き……駒たちは、契約の指輪を脅しに言うことを聞かされている。それはつまり、当人は別に自分から進んで協力したいと思っているわけではないということよ」
「それは……そうでしょうね」
当事者のルイが認める。
「そう、だから、突破口はそこにある。彼らのため込んだ反発心を利用してやるの」
すなわち——敵の抱き込んでる兵士たちを全員買収する。
「君たちは集客だけしてくれればいいわ。あとは私が、口説き落とす」