24話 決闘と契約
「どういうこと? どうしてそこにあの子が絡むの?」
ガタン、と椅子から立ち上がるエルフィ。
口調は冷静だが、体が制御できていない。
「ええと、それは……」
目を泳がせるルイを見て、俺は口を挟んだ。
「落ち着け。ゆっくり話してもらおう。どうせ、最後には全部わかる」
エルフィはハッとして眉を下げた。
「そう、ね……ごめんなさい、取り乱したわ」
やがて、ルイは続きをポツポツと話し出した。
アリア・フィグラルツが平民を相手に契約の指輪を徴収し言いなりにさせていることから、どうして彼が道端で気絶するに至ったのかまで。
その間もエルフィは何か深く考え込んで、状況を飲みこもうとしているようだった。
「——以上です」
大筋が説明された。
なるほど、これは話が拗れるわけだ。ルイが言いたがらなかったのも、頷ける。
気づくと、エルフィは席を立って、机に乗り出していた。
「……嘘よね」
「へ?」
ズイっと顔を近づけられ、ルイが怯む。
「今言った話、嘘よね」
「いや、いやいやいや! 嘘じゃないですって! 今度の今度は本当の本当に!」
弁明するも、エルフィの瞳は揺らがない。
「嘘よ。嘘だと言いなさい」
「ええ!? 横暴ですよ!?」
ここは止めに入らないとか。
「エルフィ、さすがにこれは信じる他にないだろう。筋も通ってる」
しかし、思い切ったことをするものだ。
契約の指輪を脅しに、実質的な奴隷を手にいれる、か。
発想としては十分思いつけるものだが、その非人道的な行為を行動に移せるかは、また別の話だ。
「アリアは、そんなことをする子じゃないわ」
「そう言われましても……なんだったら、今も駒集めをしてるはずです」
ここまでくると、反論のしようがないのか、エルフィも口をつぐんだ。
「——確認よ。真偽が分からないのなら、この目で確認すればいいだけの話」
立ち上がると、ルイの腕を掴み上げる。
「ついてきて、彼女のところに視察よ」
「ち、ちょっと!? ちょっと待ってください! 離して——」
たちまちルイは連行されていった。
「俺も、行くか……」
レインコートを上に着て、後を追った。
=====
標的は、案外簡単に見つかった。
建物の隙間から覗いた先。
赤髪の少女がいる。間違いなく、アリア・フィグラルツ本人だ。
隣には何人か仲間がいるようで、徒党を組んで行動している。
「だ、ダメですって! こんな覗きなんて……!」
「あっちに行ったわ。追いかけましょう」
憐れなルイ少年。必死の言葉もなかったことにされる。
しばらく追跡していると、追跡対象は路地裏の方へと姿を消した。
無論、覗きは続行。気配を気取られない位置取りをしながら、路地裏を覗き込む。
すると、中で何か話あっているのが聞こえてきた。
「——な、なんですかあなた達は! こんな時間に呼び出して……!」
一人は、女子生徒のようだ。
壁際に追い込まれ、逃げ場をなくしている。
「いやね、あんたのお友達から触れ込みがあってな。確か、なんて名前だったか……ああ、そう、ナディアとか言ったか」
あれは、ハンス……?
彼もアリア陣営に身を置いていたのか。
「ナディアが、どうしたっていうんですか」
「——これ、なーんだ?」
そう言ってハンスが見せたのは、赤色の輝きを放つ指輪。
「そ、それ、ナディアの指輪! っ、返してください!」
女子生徒が手を伸ばすも、ハンスはヒョイとそれを取り上げておちょくる。
「ハッ、本気で返してもらえると思ってんのか? 頭花畑にも限度ってもんがあんだろ」
「それを、どうするつもりですか……!」
その問いに、ハンスはニヤリと笑みを浮かべた。
「これをどうするか、一度その足りない脳みそで想像してみたらどうだ?」
一瞬にして、女子生徒の顔が絶望に染まる。
最初から勝ち目などなかった取引に、彼女はまんまと乗せられた。
「どうしたら、許してくれますか……」
「そこまで言ってやらねえと理解もできねえか……だがいい、教えてやる」
ハンスは眼光を鋭くすると、指輪をまざまざと見せつけた。
「あんたも、同じもんを差し出せばいいだけの話だ」
「……っ」
「仲間の印を渡してくれるってんなら、俺たちだって手心を加えるくらいのことはしてやる。だが、それができないってんなら——」
「分かりました……出します、出しますから……!」
指輪が取り出される。
彼女の指輪は、澄んだ水色だった。
ハンスは愉快そうに目を細めた。
「そうだ、それでいい。少しはまともな選択ができるじゃねえか」
手が伸ばされる。
彼女の尊厳を奪い取ろうとする、悪魔の手が。
——瞬間。
『アスペリティ・スパーク』
雷光が爆ぜた。
「——ッテエ!?」
ハンスの掌が弾かれる。
「ちょっ、何してるんですか!?」
ルイが咄嗟に止めようとしたが、すでに遅い。
——彼女は、もう魔術を使ってしまった。
杖を持ち、呪文を詠唱し、敵を撃った。
それはつまり敵対の意思の開示。
「エルフィ・イリネー……」
必然、敵の視線は、全てこちら側に注がれる。
「ひぇ……っ」
その殺意のこもった視線にルイは悲鳴を上げ、エルフィは眼光を強めた。
「黒髪の呪い子と……出来損ないのアルト」
ハンスは、予想外の来客にフンと鼻を鳴らした。
「あなた達、誰ですか。私たちの邪魔をするというのなら、タダでは済みませんよ」
女の魔法使いがこちらに杖を向けてくる。
どうやら優秀な魔法使いのようだ。この事態を前にしても動じていない。
しかし、エルフィはそんな彼女の声など聞こえないとばかりに、一点を見つめていた。
ただ、一点、その奥に佇む少女を。
「……アリア、今あなたが何をしているか、自分でわかっているの?」
その問いに、赤髪の少女は飄々と肩をすくめた。
「……何って、仲間集めよ。駒集めとも言えるわね」
「それがどれだけ非道なことか、わかっているの?」
「アンタに言われる筋合いは無いわね」
エルフィの表情が陰る。
もはやルイの証言に疑いはなくなった。
彼女達はすでに、明確な敵となった。
エルフィはふいに視線を外した。
「そこのあなた」
「ひゃい!?」
女子生徒が飛び上がる。
「逃げなさい。ここは危ないから」
「で、でも……」
「心配はいらないわ。あとは私たちに任せて」
その言葉を聞くと、女子生徒はやがて頷いて路地を出ていった。
「——それにしても、随分派手にやってくれたじゃない」
アリアが忌々しそうに呟く。
エルフィが放った魔術は、路地裏を文字通り焼き焦がしていた。
壁には焼け跡が刻まれ、空中には灰が舞っている。
「おかげで傘も使い物になんなくなっちゃったし。これ、結構お気に入りだったのに」
元は赤い傘だったのだろう。それはとうに黒ずんだ灰と化し、骨組みだけが帯電したまま憐れな姿を晒していた。
「マルクス、新しい傘」
「はっ、ここに」
彼女が命じると、側近が素早く傘をさした。
ザア、ザア、と雨の音が強くなる。
傘の向こう側からこちらを睨むアリア。対してエルフィはレインコートも着ずに、全身を雨に晒し出すのも構わないで立ち尽くしていた。
「もう、あなたは変わってしまったのね」
「変わった? アタシはただ、アンタを倒すためにいかなる手段も選ばなくなったってだけ」
もう、何を言っても無駄だと、悟ってしまった。
それゆえに、「こうする他になかった」のだと、エルフィは呟いた。
「あなたに、これを返すわ」
剣と杖が中心で交わる紋章——決闘紋。
それは宙をクルクルとまわり、地面を転がると、ちょうど赤髪の少女の足元で止まった。
「……私は、アリア・フィグラルツの決闘を受け入れる」
続けて、エルフィは言った。
「決行は緊急試験当日。勝利条件は、最後に宝石を手に入れること。双方制限は無し、あらゆる手を尽くし、勝利のみを競う……」
やがて、毅然として彼女はこう言った。
「——あなたのその腐り切った性根、叩き直してあげるわ」
ニヤ、と、それに対しアリアは不敵な笑みを口元に浮かべた。
「契約成立……アンタが求める物を言いなさい」
「私が勝ったら、あなたが巻き上げた契約の指輪を全部、持ち主に返してもらう。いいわね?」
「好きにしなさい。——だけど、アタシが勝ったら、アンタもアタシの下僕になってもらうから」
「……異存はないわ」
今、契約は成った。
もう、誰にもこれを止めることはできない。
例え天地がひっくり返ろうとも、この契約は必ず順守される。
ただ一つ、妖しく光る決闘紋だけが、そのことを無慈悲に告げていた。