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黒の魔女  作者: 希望無人
24/32

24話 決闘と契約

「どういうこと? どうしてそこにあの子が絡むの?」


 ガタン、と椅子から立ち上がるエルフィ。

 口調は冷静だが、体が制御できていない。


「ええと、それは……」


 目を泳がせるルイを見て、俺は口を挟んだ。


「落ち着け。ゆっくり話してもらおう。どうせ、最後には全部わかる」


 エルフィはハッとして眉を下げた。

 

「そう、ね……ごめんなさい、取り乱したわ」


 やがて、ルイは続きをポツポツと話し出した。


 アリア・フィグラルツが平民を相手に()()()()()()()()し言いなりにさせていることから、どうして彼が道端で気絶するに至ったのかまで。


 その間もエルフィは何か深く考え込んで、状況を飲みこもうとしているようだった。




「——以上です」


 大筋が説明された。

 なるほど、これは話が拗れるわけだ。ルイが言いたがらなかったのも、頷ける。


 気づくと、エルフィは席を立って、机に乗り出していた。


「……嘘よね」


「へ?」


 ズイっと顔を近づけられ、ルイが怯む。


「今言った話、嘘よね」


「いや、いやいやいや! 嘘じゃないですって! 今度の今度は本当の本当に!」


 弁明するも、エルフィの瞳は揺らがない。


「嘘よ。嘘だと言いなさい」


「ええ!? 横暴ですよ!?」


 ここは止めに入らないとか。


「エルフィ、さすがにこれは信じる他にないだろう。筋も通ってる」


 しかし、思い切ったことをするものだ。

 契約の指輪を脅しに、実質的な奴隷を手にいれる、か。


 発想としては十分思いつけるものだが、その非人道的な行為を行動に移せるかは、また別の話だ。


「アリアは、そんなことをする子じゃないわ」


「そう言われましても……なんだったら、今も駒集めをしてるはずです」


 ここまでくると、反論のしようがないのか、エルフィも口をつぐんだ。


「——確認よ。真偽が分からないのなら、この目で確認すればいいだけの話」


 立ち上がると、ルイの腕を掴み上げる。


「ついてきて、彼女のところに視察よ」


「ち、ちょっと!? ちょっと待ってください! 離して——」


 たちまちルイは連行されていった。


「俺も、行くか……」


 レインコートを上に着て、後を追った。


 =====


 標的は、案外簡単に見つかった。


 建物の隙間から覗いた先。

 赤髪の少女がいる。間違いなく、アリア・フィグラルツ本人だ。


 隣には何人か仲間がいるようで、徒党を組んで行動している。


「だ、ダメですって! こんな覗きなんて……!」


「あっちに行ったわ。追いかけましょう」


 憐れなルイ少年。必死の言葉もなかったことにされる。


 しばらく追跡していると、追跡対象は路地裏の方へと姿を消した。

 無論、覗きは続行。気配を気取られない位置取りをしながら、路地裏を覗き込む。


 すると、中で何か話あっているのが聞こえてきた。


「——な、なんですかあなた達は! こんな時間に呼び出して……!」


 一人は、女子生徒のようだ。

 壁際に追い込まれ、逃げ場をなくしている。


「いやね、あんたのお友達から触れ込みがあってな。確か、なんて名前だったか……ああ、そう、ナディアとか言ったか」


 あれは、ハンス……?

 彼もアリア陣営に身を置いていたのか。


「ナディアが、どうしたっていうんですか」


「——これ、なーんだ?」


 そう言ってハンスが見せたのは、赤色の輝きを放つ指輪。


「そ、それ、ナディアの指輪! っ、返してください!」


 女子生徒が手を伸ばすも、ハンスはヒョイとそれを取り上げておちょくる。


「ハッ、本気で返してもらえると思ってんのか? 頭花畑にも限度ってもんがあんだろ」


「それを、どうするつもりですか……!」


 その問いに、ハンスはニヤリと笑みを浮かべた。


「これをどうするか、一度その足りない脳みそで想像してみたらどうだ?」


 一瞬にして、女子生徒の顔が絶望に染まる。

 最初から勝ち目などなかった取引に、彼女はまんまと乗せられた。


「どうしたら、許してくれますか……」


「そこまで言ってやらねえと理解もできねえか……だがいい、教えてやる」


 ハンスは眼光を鋭くすると、指輪をまざまざと見せつけた。


「あんたも、同じもんを差し出せばいいだけの話だ」


「……っ」


()()()()を渡してくれるってんなら、俺たちだって手心を加えるくらいのことはしてやる。だが、それができないってんなら——」


「分かりました……出します、出しますから……!」


 指輪が取り出される。

 彼女の指輪は、澄んだ水色だった。


 ハンスは愉快そうに目を細めた。


「そうだ、それでいい。少しはまともな選択ができるじゃねえか」


 手が伸ばされる。

 彼女の尊厳を奪い取ろうとする、悪魔の手が。


 

 ——瞬間。


 

『アスペリティ・スパーク』


 雷光が爆ぜた。


「——ッテエ!?」


 ハンスの掌が弾かれる。


「ちょっ、何してるんですか!?」


 ルイが咄嗟に止めようとしたが、すでに遅い。


 ——彼女は、もう魔術を使ってしまった。


 杖を持ち、呪文を詠唱し、敵を撃った。

 それはつまり敵対の意思の開示。


「エルフィ・イリネー……」


 必然、敵の視線は、全てこちら側に注がれる。


「ひぇ……っ」


 その殺意のこもった視線にルイは悲鳴を上げ、エルフィは眼光を強めた。


「黒髪の呪い子と……出来損ないのアルト」


 ハンスは、予想外の来客にフンと鼻を鳴らした。


「あなた達、誰ですか。私たちの邪魔をするというのなら、タダでは済みませんよ」


 女の魔法使いがこちらに杖を向けてくる。

 どうやら優秀な魔法使いのようだ。この事態を前にしても動じていない。


 しかし、エルフィはそんな彼女の声など聞こえないとばかりに、一点を見つめていた。

 ただ、一点、その奥に佇む少女を。


「……アリア、今あなたが何をしているか、自分でわかっているの?」


 その問いに、赤髪の少女は飄々と肩をすくめた。


「……何って、仲間集めよ。駒集めとも言えるわね」


「それがどれだけ非道なことか、わかっているの?」


「アンタに言われる筋合いは無いわね」


 エルフィの表情が陰る。

 もはやルイの証言に疑いはなくなった。


 彼女達はすでに、明確な敵となった。

 エルフィはふいに視線を外した。


「そこのあなた」


「ひゃい!?」


 女子生徒が飛び上がる。


「逃げなさい。ここは危ないから」


「で、でも……」


「心配はいらないわ。あとは私たちに任せて」


 その言葉を聞くと、女子生徒はやがて頷いて路地を出ていった。


「——それにしても、随分派手にやってくれたじゃない」


 アリアが忌々しそうに呟く。


 エルフィが放った魔術は、路地裏を文字通り焼き焦がしていた。

 壁には焼け跡が刻まれ、空中には灰が舞っている。


「おかげで傘も使い物になんなくなっちゃったし。これ、結構お気に入りだったのに」


 元は赤い傘だったのだろう。それはとうに黒ずんだ灰と化し、骨組みだけが帯電したまま憐れな姿を晒していた。


「マルクス、新しい傘」


「はっ、ここに」


 彼女が命じると、側近が素早く傘をさした。


 ザア、ザア、と雨の音が強くなる。

 傘の向こう側からこちらを睨むアリア。対してエルフィはレインコートも着ずに、全身を雨に晒し出すのも構わないで立ち尽くしていた。


「もう、あなたは変わってしまったのね」


「変わった? アタシはただ、アンタを倒すためにいかなる手段も選ばなくなったってだけ」


 もう、何を言っても無駄だと、悟ってしまった。

 それゆえに、「こうする他になかった」のだと、エルフィは呟いた。


「あなたに、これを返すわ」


 剣と杖が中心で交わる紋章——決闘紋。


 それは宙をクルクルとまわり、地面を転がると、ちょうど赤髪の少女の足元で止まった。


「……私は、アリア・フィグラルツの決闘を受け入れる」


 続けて、エルフィは言った。


「決行は緊急試験当日。勝利条件は、()()()()()()()()()()()()()。双方制限は無し、あらゆる手を尽くし、勝利のみを競う……」


 やがて、毅然として彼女はこう言った。


「——あなたのその腐り切った性根、叩き直してあげるわ」


 ニヤ、と、それに対しアリアは不敵な笑みを口元に浮かべた。


「契約成立……アンタが求める物を言いなさい」


「私が勝ったら、あなたが巻き上げた契約の指輪を全部、持ち主に返してもらう。いいわね?」


「好きにしなさい。——だけど、アタシが勝ったら、アンタもアタシの下僕になってもらうから」


「……異存はないわ」

 

 今、契約は成った。

 もう、誰にもこれを止めることはできない。


 例え天地がひっくり返ろうとも、この契約は必ず順守される。

 ただ一つ、妖しく光る決闘紋だけが、そのことを無慈悲に告げていた。

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