22話 奴隷
しばらくして、俺とエルフィはどう足掻いても三人目を抱き込む他に道はないということで、意見を同じくした。
しかし、いざスカウトをするとなっても、どこで、誰を、どうスカウトすればいいのか?
まるで不明点が多すぎる。
「問題点は三つあるわ」
エルフィは指を三本立てて、そう告げた。
「一つ目は、即脱落しない程度の実力を持っていること」
これは出来ればクリアしてほしい条件だ。
試験項目には、編成が三人に満たない場合、受験資格が剥奪されるとある。
つまり、三人の内一人でも離脱した瞬間、俺たちは強制退場。そこで試験が終わる。それだけは避けたい。
「二つ目は、明確に試験への参加意思があること」
こちらも、軽くは見れない条件。
今のDクラスの実態を見れば、いわゆる不埒な輩が少なからず居るというのは容易に把握できる。
万が一にもそんな奴を仲間に取り込んでしまったら、どんな事故が発生するか分からない。
最悪、試験当日に「やっぱりなしで」なんて言ってトンズラされるなんてことも考えうる。信頼と信用のおける人間を味方につけなければなるまい。
「それで、三つ目……」
エルフィは指で、自分の頭部を指した。
「黒髪の呪い子を受け入れてくれる人であること」
最大にして、最上の難点。
正直、これをクリアしてくれるなら、一つ目と二つ目を度外視してもいいくらいだ。
一体この学院に、黒髪を心の底から差別しない穏健派が何人いることやら。
軽く絶望してもいいこの状況、打開するには……
「とにかく、数を打つしかないわね」
エルフィが答えを言った。
そして、それが最善だということも、分かった。
「手分けをしよう。俺は東側を探してみる」
「それなら、私は西側ね」
もはやなりふり構っていることなどできない。
わずかな可能性を模索して手繰り寄せる他に、手はない。
俺たちは二手に分かれ、学院中を歩き回った。
空に昇っていた日は、地平線の向こうへと姿を隠しつつあった。
「——仲間に入れてほしいだあ? 却下だ、あっち行きな」
頭を下げる。
「チッ、Dクラスかよ。役立たずはいらねえ」
手を合わせて懇願する。
「ボクを勧誘したい? 君みたいな底辺には、百年早いね」
落とし所はないかと、交渉に出る。
俺は歩き回った。あるいは走り回った。
十年分の会話をこなした。反吐が出るかと思った。
しかし、そこまでの思いをしてもなお、成果は無し。
かすりもしない。まともに話を聞き入れてもくれない。
そう甘くはないと思っていたが、まさかここまでとは想像が及ばなかった。
同時に、ある傾向を肌で感じていた。
——すでに、いくつかのグループが形成を始めている。
人望のある生徒のもとに、あるいは実力のある生徒のもとに、相当数が徒党を組んで勢力を拡大させている。
まるで、付け入る隙がない。
孤立している生徒もいるにはいたが、どれも一癖二癖抱えていて、どちらにせよ取り付く島もない。そも、黒髪と組んでいることを知られている俺には、その時点で印象に減点が入る。
マズイな……
日が暮れてきた、もうじき生徒たちも寮に戻る頃合いだろう。
一旦今日は切り上げて、エルフィと合流するべきか。
話し合って、何か別の切り口を見つける必要があるかもしれない。
踵を返そうとすると、頬に雫が張り付いた。
「雨……」
ポツポツと、水滴が曇り空から落ちては跳ねる。
大雨が、降り始めた。
=====
——あと、何回だ。
ボクは、あと何回耐えればいい?
指輪は奪われた。この身にもはや人としての権利はない。
奴隷、家畜、手駒、隷属。利用され、使われ、捨てられる存在。
それが、ボク。
「奴隷、もう一回だ」
ボクにつけられたあだ名は、奴隷。
我ながらお似合いだと思った。だって、主人に尻尾を振ることしかできないこのザマは、まさしく犬そのものだったから。
腕が震える。身体中が発汗して、視界が霞む。
魔力切れの前兆だった。
「おい奴隷! もう一回だっつってんだろ!」
主人——ハンスが剣の腹で殴りつけてくる。
ボクは……ルイは尻餅をついた。
ルイ・ベルナールは絶望した。
絶望しながらも、魔杖を振り上げた。
『魔力付与……!』
数少ない白魔術師の適性を持つ彼に与えられた、特異能力。
それがハンスの身を包み、強化を施す。
「ハッ、悪くねえ……」
一閃。
ハンスが剣を振るうと、訓練場の薪が一瞬にして二分された。
さらに、二閃三閃と立て続けに剣撃の雨を降らせる。
その動きは、通常の彼を遥かに凌駕していた。
魔力付与には主に二つの効果がある。
一つが筋力増加。そしてもう一つが魔力強化。
その他複数の副次効果によって、魔力付与が施された人間には劇的な恩恵が与えられる。
ハンスは全能感に支配されていた。
見えなかったものが見え、動かせなかったものが動かせる。
ともすれば、この感覚にやみつきになってしまいそうなほどだった。
「——ハンス、その辺にしなさい」
制止の声を聞いて、ようやく手が止まる。
この勢力の頭、アリア・フィグラルツだ。
「アリア……その、もう少しだけいいだろ?」
「ダメ、本番前に駒を壊す気? それと、仕事よ」
ハンスは渋々と剣を収めた。
(解放、された……)
ルイはヘロヘロとその場にへたり込んだ。
同時に、本番はもっと酷使されるかもしれないと思うと、いっそのことここで壊れてしまった方が良かったのかもしれないとすら思った。
——緊急試験が発表された。
それからと言うもの、この陣営……アリア陣営ではその話で持ちきりだった。
今や彼女の奴隷は三十人に至り、試験本番に向けてさらに駒集めが加速している。
これほどの勢力拡大を実現しているのには、アリアをはじめとする四人の上級貴族の存在が大きかった。
Dクラス剣術最強、ハンス・エルンスト。クラス階級自体は低いが、それは性格的な問題であって、純粋な剣の腕はBクラスにすら匹敵する。
Bクラスの魔術師、リゼ・シェーラー。魔力量、魔術制度、知識量、全てが高水準に位置する智者。アリアがこの陣営の心臓だとすれば、彼女は頭脳だ。
Bクラスのオールラウンダー、マルクス・ライザー。本業が魔術師でありながら、剣術にも精通する万能型。何よりアリアの側近であることが大きい。彼が陣営の手となり足となる、核を担うバランサー。
ルイは、正直なところこの錚々たる面々で負けはあり得ないと思っていた。
そう、負けは、あり得ない。
でも、本当にこれが正しいと言えるのか、ルイにとっては甚だ疑問だった。
「本番、よろしく頼むぜー、奴隷」
ハンスはそう言い残すと、アリアと共に訓練場を去っていった。
きっと、駒集めだ。
自分と同じように、これから立場の弱い生徒たちが、脅され、彼女らの言いなりに成り下がっていく。
そんなのは、きっと正しいやり方じゃない。
だから、止めないといけない。
……頭では、分かっている。
でも、なかった。
彼にはそれを止める勇気も、力もなかった。
魔力切れスレスレの体を起こす。
足だけでは立てないから、魔法のステッキを支えにして。
「お腹、すいたな……」
訓練場を出ると、雨が降っていた。
最近じゃ見ないほどの、特大の大雨だ。
体が雨粒にさらされ、一瞬でずぶ濡れになる。
傘はささない。さす余裕もなかった。
——寒い。
身体がフラフラする。頭がクラクラする。
空腹と疲労で、どうにかなってしまいそうだった。
「——ッあ」
不意に、足元から力が抜けた。
バランスが取れなくなった身体は、そのまま地面に倒れ動かなくなる。
ルイは泥水を啜った。
まるで、体に力が入らない。
起き上がることすら、ままならない。
(これ、マズイやつだ……)
意識が薄れていく。
瞼が閉じようとして、視界が暗くなっていく。
「誰、か……」
「——! ……して! しっかり——!」
誰だろう……
誰かが、自分を呼んでいる。
朦朧と消えゆく感覚の中、ルイは最後に黒髪を見た。