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黒の魔女  作者: 希望無人
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21話 三人目のトモダチ

「おっと、すみません……」


 俺はぶつかってきた生徒を避けて、前方を眺めた。


 中央広場に設置された総合掲示板には、人間という人間でごった返し、我先にとその報せを目にしようとしていた。


「すごい人だかりね……」


 エルフィは人混みに慣れていないようで、今にも人酔いしそうになっていた。

 無理もない。一年生からすれば、未曾有の事態なのだ。


 『緊急試験』……頭の片隅には意識していたが、まさかこんな入学早々とも言えるタイミングで発動されるとは思いもよらなかった。

 特に巧妙と思われるのは、情報を見せる時期だ。

 入学から二週間という、生徒たちが最も油断を見せる時間帯。


 意図したかは知らないが、生徒たちからすれば寝耳に、いや寝顔に水をぶちまけられるような衝撃だろう。

 

 やがて人混みを掻き分け、掲示板の前にたどり着く。

 『第一回緊急試験のルール説明』

 そう題された報せを目にして、俺……もといエルフィは、顔を曇らせた。




「賑わっていますね、今年も」


 ——センターホールの一角。学長室。

 そこに、学園最強——ニコラス・フィールドは足を運んでいた。


 ガラスの向こう側のはるか下方を見れば、新入生たちが、さながら親の餌を欲しがる雛鳥のように群がっている。


 ニコラスは足組みをして、ソファに深く座り込んだ。

 常人であれば遠慮の一つや二つするものであるが、学長(かれ)とは長い付き合いになる。


「こんな悪趣味、少しは申し訳なさを感じてもいいのでは? 学長」


 こんな悪趣味とは、開幕の緊急試験発動である。

 しかも、ただの開幕ではない。ちょうど生徒たちが()()()()()()()()()での発動だ。


 この好々爺は、毎年これをやって新入生の反応を楽しむ。

 今やルドリンクの恒例行事だが、あえて誰もネタバラシはしない。中等生も、高等生も、そうなると知っていながら口を閉ざす。そういうお決まりだからだ。


「……ワシは、祝い事をするならサプライズをしてほしい派でな」


 ややあって、しゃがれた声が返ってくる。

 上級素材性のローブに、胸にかかっている勲章は、彼が歴戦の大魔導師であることの証明だ。


「予定調和では味気がない。予想外のスパイスが人生を豊かにすると、君は思わんかね?」


 ニコラスは肩をすくめた。

 物はいいようだ。


 学長——ルネ・クロード・クレマンは、ニコラスに白薔薇の紅茶を差し出す。

 それは彼のお気に入りだった。


「どうだね、我らが英雄は、今年の新入生に気になる子でもいたかね」


 おそらくは、単なる世間話の種に過ぎなかったのだろう。

 しかしニコラスからすれば、それは最近で最も興味を惹かれる話題だった。


「——一人だけ。いや、二人というべきか。面白そうなやつがいたんです」


「ほう、学園の英雄をして、気を引かせる奴がいるとは」


 頭に思い浮かべるのは、金髪の剣士と、黒髪の魔術師。

 ニコラスは知っている。一見細身に見える彼の体は、極限まで鍛え上げられているということを。


 武人ならば、誰しもが考えること。

 ——一度でもいい、己に匹敵する強者と打ち合ってみたい、と。


 過ぎた力は、全てを予定調和に帰する。

 ニコラスをして、予想外へ向ける期待は同じだった。

 

「ところで、私をここに呼び出したのは、こんな世間話をするためではないでしょう?」


 話を切って、本題を促す。

 ルネはもう少しだけ雑談したそうだったが、英雄の時間を取りすぎるのも良くないと思い直し、話を切り出した。


「ニコラス・フィールド、少し、注意報じゃ。今朝、地下牢からこんなものが見つかった」


「——魔物の死骸、ですか」


 ブラッド・ハウンド。犬型の魔物。

 階級はB級。ニコラスからすればそこらの有象無象と変わりないが、一般的には対処の難しい難敵だ。


「本当に、これが地下から?」


「そうじゃ、この難攻不落の魔剣学院からな」


 ルドリンク魔剣学院にはとある異名がある。

 無駄に張り巡らされた多重結界、魔鏡による無数の監視、そして、個々が国家資格レベルの実力を持つ教師の面々。

 やがてつけられたあだ名は『難攻不落の魔剣学院』


 そこからして、地下に魔物(いぶつ)が現れるなんて事態は、万に一つも起こり得ないはずだった。


「魔物保管庫から逃げ出したという線は?」


「それもすでに確認した。ここ数年、保管庫内で魔物が喪失した例は一つもない」


 ならば、残る可能性は外部からの干渉のみ。

 何者かが、学院内にこの魔物を送り込んだのである。


「おそらくは、我が学院の守りを潜り抜けるほどの黒魔術師が裏に潜んでいると、ワシはそう結論付けた」


「その輩の所在を突き止めろ、と。そういうわけですね」


 ニコラスの言葉にルネは頷きで返した。


「ひとまずは、学院の安全を確立してほしい。ブラッド・ハウンドが、どこで苗床を構えているかも分からんからな」


 ——一匹いれば十匹はいると思え。

 ブラッド・ハウンドを相手にした戦士たちが、口を揃えて言うことだ。


 ニコラスは頷いた。

 これはなかなか骨の折れる仕事になりそうだ。

 何せこの学院は、案内がなければ丸三日は彷徨える、と言われるほどに広大だ。


 ……しかし、とブラッド・ハウンドの死骸に目を向ける。


 その額には、()が取り付けられていた。

 まるで、外部から無理やりねじ込まれたかのような、違和感を醸し出す灰色の瞳。


 それはニコラスを睨みつけるかのように向けられ、機能するはずがないのに、自分をみすかそうとしてくるような不快感に襲われた。

 

 全くもって、不気味なものだ。

 そう思いながら、ニコラスはとうに冷め切った紅茶を、徐に口に入れた。


 =====

 

「——さて、まずは情報の整理からね」


 一通り事態を把握した後、俺とエルフィは試験内容を再確認することにした。

 中庭から少し離れたテラスに腰を下ろし、エルフィは手のひら大の羊皮紙に文字を書き込んでいった。


『その1、本試験は、複数人での参加を想定する』


 これが、まず一文目。つまり、前提条件。

 単独での参加を許された入学試験とは異なり、編成(パーティ)を組む事が条件に入る。

 そして——


編成(パーティ)人数に、制限は無し」


 要するに、四人だろうが、五人だろうが、同意があるかぎり無限に編成を増やす事ができる。


 これが意味することはつまり、人脈の広さが勝利に直結するということ。

 入学から二週間というこのわずかな期間で、いかに人望を示す事ができるか、というのが今試験のポイントになる。


 当然俺たちは——苦い顔をせざるを得なかった。


 人望?

 そんなものはとうの昔に置いてきた。


 それはエルフィも同じく、仲間になってくれる人間に当てなんてない。


「とりあえず……このことはあとで考えるとしましょう」


 俺は賛成の意を示した。


「次に、これね」


『その2、試験内容は『宝物探し』とする』


 この項目に書かれていたのは、具体的な試験の中身についてだった。


 簡単にまとめると、以下の通りになる。


 ・まず、受験者は開始と同時に受験地へと送還される。

 ・受験地にはキーアイテムとなる「宝石」が計十個隠されており、それを見つける事が目的。

 ・妨害行為、工作行為等、自由に行なって良し。

 ・試験終了時点で「宝石」を所持していた受験者には、大幅な加点が与えられる。


 後に条件が加えられる可能性もあるが、今のところは以上となっている。


 パッと見で分かる。この試験の大きな肝。


「問題は、四点目ね」


 『試験終了時点で「宝石」を所持していた受験者には、大幅な加点が与えられる』

 つまり、()()()「宝石」を手に入れた受験者ではなく、()()()()で「宝石」を持っていた受験者が評価対象になるということだ。


「要するに、略奪も大アリという事だな」


 むしろ推奨しているまである。

 なんとも物騒な試験内容だ。


 まだ明確なことは言えないが、試験本番は十中八九大荒れすることになるだろう。


 ……さて、ここまではいい。

 いや、()()いい、と言うべきか。


 続く三項目目。


『その3、本試験では、一組三人以上を一個体とみなし、それに満たない者は受験資格を剥奪される』


 ……|一組三人以上を一個体とみなし《、、、、、、、、、、、、、、》、|それに満たない者は受験資格を剥奪される《、、、、、、、、、、、、、、、、、、、》。

 この文面を見るだけで、絶望の波が押し寄せてくる。


「これ、本当に三って書いてあるよな。俺の読み間違いじゃないよな」


「残念ながら読み違いでも幻覚でもないわ」


 何度読み返しても、文面は変わらない。

 ——三。

 一でも二でもなく、三。


 この条件を考えた奴はきっと特大の馬鹿か阿保だ。

 二人で協力関係を結ぶならまだしも、三人目の()()()()を作ることがどれだけ困難を極めるか、まるで分かっていない。


「アルト、これは急を要する案件よ」


 深刻に、残酷に、あるいは冷淡にエルフィは告げた。


「——私たちは、三人目の仲間をスカウトしなければならないわ」


 試験は一週間後。

 無慈悲にも退学確定へのタイムリミットが今、秒読みを始めた。

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