18話 授業
昼下がりの食堂は、人だかりで埋め尽くされていた。
さすがはお貴族様御用達の学園。昼食のメニューも全て目を見張るものばかりだ。
俺は高級ストランド牛のステーキを選んで、席についた。
同時に、正面側にエルフィが座る。
エルフィの昼食は、ジャコットのサラダと白身魚の塩焼き。
個人的に食には人によって個性が大きく出ると考えている。彼女は、なかなかのセンスの持ち主のようだ。
「……ところで、俺となんかでよかったのか?」
「何が?」
他の何でもない、今まさに執り行われようとしている昼食のことだ。
「こういうのって普通、女子同士で慎ましく楽しむものだろ」
視線を食堂の中央に動かす。
そこでは、煌びやかな雰囲気の女子たちがキャッキャウフフと食事を楽しんでいた。
エルフィはそんな俺を見ると、サラダをフォークで刺しモサモサと頬張った。
「じゃあ、逆に聞くけど、私にあんな友達がいると思った?」
「いない、な……」
「分かっているなら最初から聞かないでちょうだい。一周回って失礼よ」
「すまない。いらないことを聞いた」
俺は両手をあげて謝罪した。
食事に関しては一人でコソコソ食べているのが性に合うのだが、この際仕方がない。
ステーキを丁寧に切り刻んで、口に放り込む。
うん、美味い。
「……結局、全員署名したな」
話は、先刻の授業のことへと移る。
最終的に、Dクラスは全員が契約書に名前を書いた。
他のクラスのことは知らないが、そちらもおそらく同じだ。
「引くにひけなかったのだと思うわ。いくら命を脅されたとしても、ここに入学できるほどの実力者ならそれだけの矜持があるものだからね」
なるほどな。おそらくは家のプライドを背負っている生徒もいるのだろう。
「エルフィは、本当に退学者が出ると思うか?」
「それはまだなんとも言えないところね……少なくとも下手を打てば容赦無く切り捨てられる。これだけは確実に言えるでしょうけど」
それほど甘くはないか。
この学園も、本気で英雄を作り出そうとしているみたいだし。
「アルトは……特段焦っているようには見えないわね」
「まさか。今すぐにでも裸足で逃げ出したいくらいだ」
軽く冗談を言ってやると、エルフィにジトっとした目を向けられた。
しかし、なんにせよ今は自発的な動きのしようがない。
少なくとも、緊急試験とやらの正体が明らかになるまでは対策も立てられない。
故に、焦っても無駄。
今はただ天命を待つのみだ。
それまで英気でも養うことにしよう、と俺はステーキをもう一切れ頬張った。
=====
この学院では、一日に五コマの授業を受けることを義務付けられている。
一コマ70分。内容は魔術から剣術まで多岐に渡り、文字通り世界最高峰の講義を受けることができる。
Dクラスの一コマ目は魔術概論と決まっているため、俺はあらかじめ教室で小説を片手に待っていた。
「Dクラスの皆様、こんにちは!」
一際元気な声が響いたと思ったら、壇上に茶色髪の老婆が現れた。
「私はカリナ・クラウディア。この授業を担当することになりました。どうぞよろしくね!」
陽気と溌剌を体現したような挨拶に、何か返事が返されるということもなく。
しん、とした静けさと、開始早々に居眠りを決め込んでいる生徒のいびきだけが虚しくこだました。
「では、早速授業を始めます!」
なんと素早い切り替え。彼女はただならない精神力の持ち主のようだ。
俺はざっと教室を見渡した。
……大体、四十とちょっとか。
後の生徒は、遅刻か欠席……
教師も指摘してこないあたり、例年のお決まりみたいなものなのだろう。
「——魔術とは、魔力を変換し別の事象を起こす行為の総称です」
早速、魔術の説明から始まった。
俺は剣士志望だが、魔術の事情もある程度は聞き及んでいた。
特に生活魔法なんかは、俺もよく使っている。それこそ、そこら中の平民だって同じだ。
魔術に必要なのは、詠唱と魔力。そしてイメージ。
場合によっては魔法陣なんかも使うことがあるが、そのレベルに関しては魔術師の専門領域だ。
魔術の種類は大きく分けて八つ。
火、水、風、土、雷、氷の基本六元素に加えて、黒魔術と白魔術が異色二元素に位置する。
どれにおいても総じて言えることは、ある程度なら凡人でも使いこなせるが、それ以上となると『適性』に目覚めなければならないということだ。
残念ながら俺はどの属性にも適性はないが、初級魔法を搦め手で使うことくらいはある。
「そういうわけですから、剣士志望の皆さんも、ちゃんと耳を傾けて聞いてくださいね!」
そう前置きして、授業は本題に入っていった。
『——ウィンド』
唱えると、風が吹いて羊皮紙が宙に浮かんだ。
「アルトさん、お見事です! 精度も剣士志望にしては上出来です!」
「どうも……」
授業は実践の段階に入っていた。
まずは初級魔法の中でも難易度の低いとされている風の呪文。
しかしこれについては師匠から最低限の技能として叩き込まれていたため、なんなくこなせる。
「アルトって、結構器用なのね……」
エルフィが心底残念そうな顔で呟いた。
「褒めるならもっと心の底から褒めてくれないか」
「あーあ、出来ないアルトに手取り足取り教えてあげたかったのに」
本当に残念そうにしているので困る。
「そう言うエルフィさんは、どうなんだ」
「もう、やっているわ」
気づけば、エルフィの周りに風が吹いていた。
それも、一つだけではない。三、四、五と、果てには六枚の羊皮紙が、さながらジャグリングのように浮き沈みしているという、奇妙な光景を見せつけられることとなった。
無詠唱でノールック、しかも多重発動。おまけに化け物じみた精度。
そういえば、彼女は黒の魔法使いだった。どうしようもなく圧倒的な才能を持って生まれた異端児だった、ということを思い出した。
やがて六枚の紙は大きく飛翔して、俺の顔に一気に被さってきた。
「おみそれしました……」
羊皮紙を顔から剥がしながら、俺は得意げな顔をするエルフィに感服した。
さて、魔法の授業が終われば、次は剣術の授業になる。
満を持しての俺の本業となるわけだが、特段スタンスはいつもと変わらない。静かに、おとなしく、波風立てず、だ。
「お前ら、揃ったようだな!」
剣術の教師は、恰幅の良い大柄な男だった。
顎に無精髭を生やしている、絵に描いたような剣士だ。
「俺の名はアルバート・レイマンだ。これでも、国家剣士をやらせてもらっている」
すると、生徒の間から「おお」と歓声が上がった。
国家剣士……
確か、国家に認められた限られた能力を持つ剣士だったか。
実際にその立ち姿を見るだけでもわかる。おそらくは、相当数の鍛錬を積んでその地位に上り詰めたのだろう。
「早速だが、実戦に移ってもらおう」
ややあって、俺たちは魔術師と剣士に分かれていわゆる模擬戦をやることになった。
剣は魔術と違って、理論的な強化が難しい。詰まるところ、実戦あるのみということだ。
問題は、その相手である。
「——アルトォ、どうだ、一戦?」
案の定、というべきか。
我先にと絡んできたのは、ハンスだった。